74.ポルティージョ家
次の日、僕らが朝の鍛錬のために屋敷を出ると、庭先で準備体操をしているロメオが居た。
「俺も混ぜてくれや!」
朝から元気だねぇ。と憂鬱げに苦笑するパズ。
かくして僕らは朝靄の中を走り出した。去年の冬の鍛錬は寒さとの戦いだったが、今年は涼しいくらいでちょうどいい。これなら毎年冬は南でも良いな。なんて思ってしまう。贅沢だけど…。
「しっかしレオ、お前すげぇな。騎士科に転属した方がいいんじゃねぇの?」
一通り朝の鍛錬を終えて、ロメオが僕にこう言ってきた。なぜかアルが得意げだ。
「無理無理!騎士科の厳格な授業になんかついていけないよ。」
「大丈夫!なんせ俺がついていけてるんだからな!」
そう言ってロメオがわはははと大口を開けて笑う。
「朝から五月蝿いわよ〜。」
いつからそこに居たのか、バルコニーの椅子にエレンが腰掛けていた。隣にはティアが座っている。
「そろそろ朝ごはんにしよう!僕、もう腹ペコだよ!」
その一言で僕らは動き出した。もちろん全員のお腹の虫が鳴っている。
「今日の昼飯は俺の家で用意してるからよ、午前中はうちでのんびりしようぜ。んで飯食った後は昔の海賊時代の遺跡でも見に行かねぇか?」
「なんだそれは!?心躍るな!!」
ロメオの提案にがっつり食いついたのはアルだ。エレンやティアは若干不安げな表情をしている。
「大丈夫だよ。ちゃんと観光地として整備されてるから。危険なんかない。」
それに気づいたロメオが言葉を付け足した。それに安心した顔になる二人。相変わらずアルは一人盛り上がっている。あれ?パズは?と思ったらまだもりもりご飯を食べていた…。
前の日と同じように僕らはロメオの馬車に乗り込むと、街の市場へと繰り出した。
「今朝はどうやら魚が大漁だったらしいからな!きっといつもより飯も豪華なはずだ!漁れたての魚や魚介を油と酢でさっと締めたものがあるんだが、これが絶品なんだよ!こういう日にしか食べられない。」
「なにそれ!美味しそう!僕、もうお腹空いてきちゃった!」
ロメオとパズのやり取りに馬車に笑いが溢れる。こんな時間がずっと続けばいいのにと思えるくらい楽しい時間だった。
ロメオの実家は街の中心にあった。大きさでいけば王都のラングラン家の屋敷くらいはありそうだ。ただ南の土地の作りらしく、石造りで窓が大きく、あちこちが吹き抜けになっていて風通しが良い。
「雪が降らないし、夏の暑さの方がきついからな。こういう作りになるんだよ。」
とロメオが説明してくれた。
まずはロメオのお父さん、つまりポルティージョ家の当主にご挨拶を、ということで僕たちは屋敷の奥へ向かった。ちなみにお母さんは早くに亡くなったらしい。
「あの競技大会で使ってた銛あるだろ?あれが形見なんだよ。正確にはあの銛に着いた黒紐がな。」
事も無げにそう言った。
「じゃああの紐はお母さんの…その…髪の毛、って事?」
僕が恐る恐る聞いてみる。
「おお!よく知ってるな!その通りだよ!」
ロメオが驚いた顔をしている。ん?なんの話だ?と訝しげな顔のアル。そうか、アルのお兄さん、ガンドルフさんが貴賓室でこの話をしてくれた時、アルは控え室にいてその場に居なかったのか。
「ええとね…、」
と僕はあの黒紐が彼ら一族の女性の髪の毛から作られている事をかいつまんで説明した。
「…ほお、それじゃあ俺はロメオとロメオの母君と二人を相手にしてたって事か。それは手こずるわけだ。」
「抜かせ。来年はボコボコにしてやるよ。」
そう言って火花を散らす二人。エレンは呆れた顔で、パズ、ティア、僕の三人は苦笑を漏らした。
『ふむ…その黒紐、いや銛も含めて、聖遺物や特級魔法具になっている可能性があるな。一度近くで見てみたいものだ。』
クロが耳慣れない言葉を呟いた。僕が何それ?と念話を飛ばそうとしたその時、
「もういい!親父の言う事は聞き飽きた!俺は俺のやりたいようにやる!」
少し先の扉がバァン!と音を立てて開かれ、一人の男が出てきた。僕らに気づかずにそのまま廊下の反対側に歩いていく。明らかにその肩と背中から怒りを滲ませて。しかしその背中、ロメオにそっくりだ。
「もしかしてあれって…。」
「すまん、俺の兄貴、バルトゲイルだ…。」
僕の問いにロメオが顔に手を当ててため息をついた。
「皆さん、ようこそおいで下さった。ロメオの父、バルトザインと言います。息子をよろしく頼みます。」
部屋の中にいたのは頭も髭も全て白くなっていたが、目や表情には未だ精気が漲る初老の男だった。よく日焼けをしていて、服の上からでも盛り上がった筋肉が分かる。笑顔じゃなかったら結構怖いかもしれない。
「親父、さっき兄貴が部屋から飛び出していったが…またか?」
僕らの自己紹介を終えるとロメオが苦虫を噛み潰したような顔をして口を開いた。
「おお、これは…見苦しい所をお見せした。不肖の息子で申し訳ない。」
ザインさんは僕らに向かって謝罪する。僕らは手と首を横に振って一生懸命に否定した。
「ゲイルはあれはあれなりに、街の為に一生懸命なのですよ…。」
「親父…。」
ザインさんが遠くを見つめる。そんな様子にロメオも何も言えなくなっていた。
それから少しの間、ザインさんと言葉を交わすと、来客があるということで僕らは部屋を後にした。
「どうしてお兄さんはあんなに荒れていたんだ?」
昼食の席でアルがロメオに尋ねる。
「ああ…、恐らく税金の件だな。」
「そういや、昨日の騒動の時も、魚屋の店主が税がどうとかって言ってたね。」
僕の言葉に頷くロメオ。
「この街にかける税金を上げるって話でよ。自慢じゃないが南方じゃ一番活気がある街だ。当然、人も物も多い。それだけ動く金も大きくなる。」
「この街だけなの?普通は領地全体を上げるもんじゃない?不満が出ないように。」
パズが不思議そうな顔をする。僕もそう思うのだが…。
「ああ、この街だけだ。平等に税を取るのではなく、儲けている所から多く取り、貧しい所に分け与える、とかなんとかでよ。難しい名前は忘れちまったがな。ただその理論自体は俺も悪いとは思わねえ。」
『累進課税、富の再分配だな。』
僕は思わずクロを振り返る。なんでそんな事知ってんだ?クロは素知らぬ顔で尻尾を振っている。
「ただな、確かにやり過ぎだと思うんだ。俺らは元々高い税金払って暮らしてたんだがな、南方公様が倒れられてその息子が代理になってから、すでに一回税が上げられているんだよ。そして…。」
「また上げる話が出ている、と。」
アルが腕組みをしてロメオの代わりに呟いた。頷くロメオ。
「今、親父が会ってるのもおそらくハバラからの使者だな。今んとこ親父がのらりくらりとかわしちゃいるがよ、氷の件もあって住民の感情は最悪だ。兄貴は街の警ら隊隊長やってるからより身近に感じるんだろうな。それでここんとこ、毎日親父と喧嘩してる。」
そこでロメオが大きなため息をついた。
「ねえ、私にはその南方公の息子が全部悪いように思えるんだけど、そいつ何とかならないの?」
エレンの言葉にティアが苦笑いしている。
「例えば?」
ロメオが少し苛立った声を出した。
「…こう、スカッとぶっ飛ばす。とか…。」
「バカ!おめぇそんなことしたら内乱だぞ?下手したら反逆罪で国軍を差し向けられちまう。」
ロメオの強い口調に、エレンはごめん…と呟き、しゅんとした顔で俯く。
「いや!なんだ!すまん!今のは言葉の綾だ!俺が悪かった!本当にすまん!」
そう言ってロメオが両手を机について頭を下げる。
「まあまあ、ロメオもエレンも顔を上げて。」
「そうよ。いったんおちつきましょう。」
ティアとパズがそれぞれの肩に手を置いて声をかけるたその時、
「ハバラからの使者!出て来い!!」
屋敷中に大音声が響き渡った。




