72.ノクティルカ
夕食の後に、僕らは屋敷の裏手の浜辺へと降りて来た。目的は輝光石を使った鍛錬のためだ。
「結構寒いわね。」
エレンが首をすくめる。いくら南の地と言えどもこの時期だとさすがに夜は冷える。鍛錬は部屋の中でも良かったのだが、この時期だともしかしたら珍しいものが見られるかもしれない。とロメオが言うので僕らはわざわざ外へと出て来ていた。
月の無い夜、だが空には無数の星が瞬いている。
「なんだか、王都で見える星空とちょっと違う感じね。」
とティアが空を見上げて呟いた。
鍛錬のやり方自体は実に簡単なのでロメオへの説明もすぐ終わり、僕らはそれぞれの鍛錬を開始した。
「おいおい、足だと全然光らねえな…。」
大きな流木に並んで腰掛けたロメオとアル。アルの足元からは煌々と光が漏れてるのに対しロメオの足元からは幾分弱い光が漏れている。
「いや、最初の頃の俺より遥かにマシだな。俺の場合、光ってるのかすら分からなかったからな。」
アルが苦笑している。そうか?といいながら幾分嬉しそうなロメオ。
「いやあ、エレンとティア、凄いね。」
両手に輝光石を持ちながらパズが感嘆の声を漏らす。
二人は少し離れた砂浜に置いてある輝光石に手をかざしている。誰も手を触れていないはずの輝光石が煌々と輝いている。
クロ曰く、体から離れた場所に魔力を飛ばす練習らしい。二人の魔法系統や資質を考えればこちらが適切な練習方法とのことだが…。しかし、たった十日と少しで出来るようになるんだから…、才能というものはよくよく不公平に分配されるようだ。
ちなみに僕は、体の外へ魔力を放出するのがどうも苦手なようで、
『内向的なお前らしい傾向だな。』
とクロに言われ、ぐうの音も出なかった。
しばらく鍛錬をした後、僕らは流木を拾い集めて火を点け、囲んで暖を取った。なんと火を点けたのは僕だ。エレンだと全部吹っ飛ばしちゃうから、とみんなに止められたのだ。エレンは最初、口を尖らせていたがしばらく静かに火を見つめていると
「…私も、レオみたいに強さを調整できるように練習しようかしら…。」
とポツリと呟いた。
「…僕の場合はただ臆病なだけだよ。全力でやって失敗したらどうしよう?とか、全力がその程度か?って笑われるのが怖くて…、いつもどこかで言い訳をしながら力を抜く事を覚えたのさ…。」
僕は自嘲気味に呟き返した。しばらくの間、みんな黙って火を見つめる。
「…でも、私はレオくんは、本当は勇気のある人だと思うわ。だって馬車が魔物に襲われそうになった時だって真っ先に飛び出して行った。あんなに大きなイネスのゴーレムとだって諦めずに戦ってたし、それにフォルテウス様に面と向かって自分の意見を言えるなんて…私、本当にびっくりさせられっぱなしだもの。」
ティアが両膝に顔を埋めている。顔が赤く見えるのは焚き火のせいだろうか?
フォルテウスって?と訝しげな顔をするロメオを、まあまあとパズが誤魔化している。
「レオは他人の事に関しては人が変わるからなぁ。自分に自信は無いのに。」
「それを言う?アルだって人の事となったら性格変わるくせに。」
アルの言葉に僕は口を尖らせた。僕らは顔を見合わせて小さく笑い合う。
「…レオ、さっきの話だけどな、俺らが今、学園で学んでる事って何だろうって話。」
アルが小さく微笑んだままそう言った。周りのみんなはきょとんとした顔になる。
「こうして色んな奴に会って、話して、仲良くなって、時には喧嘩もして…、そしてお互い成長し合えるのが、俺らが学んでる事なんじゃ無いかな?」
そうだね…。と僕は小さく返した。周りのみんなは、何かを察してくれているのか、何も言わない。
「そして、こうしてあちこち旅して、自分も知らなかった大きくて色んな世界が見れた。もちろん、まだまだ足りないけど…。だからそんなきっかけをくれたみんなに、僕は本当に感謝してるよ。ありがとう。」
なぜかパズがぐすりと鼻をすすった。
「まったく、お前らは本当に良い仲間だな。」
「何言ってんの。もうロメオもその一人だよ。」
照れ隠しなのか、パズがロメオの背中をばちんと叩いた。けっこう派手な音がしてロメオが仰け反る。僕らはそれを見て大笑いした。その笑い声は高く、星空へと吸い込まれていった。
「…え?何あれ?」
ひとしきり笑った後、エレンが海を指差して驚いた声を上げた。僕らは振り返り、驚愕に声を上げる。
「海が…光ってる…。」
僕は誰ともなく呟く。一人また一人と立ち上がって波打ち際まで歩き出す。
それは幻想的な光景だった。海が波打つのに合わせて、青白い光が揺れている。やがてその光の帯は砂浜の稜線に合わせて長く、青白く広がっていった。まるで光の道だ。
「ノクティルカ《夜の光》と呼ばれている。死者の魂とも、見た者に幸運を与える光の道とも言われている。」
ロメオが教えてくれた。彼が言っていた珍しいものとはこれのことか…。
僕らは並んで、しばし呆然とその光景に見とれていた。
やがて、小さな歌声が響き始めた。隣を見るとティアが片手を胸に当てて歌っている。
最初は小さかったその声が、徐々に熱を帯び、高らかに響き始めた。
相変わらず僕の知らない言葉だが、その声は胸に深く響き渡る。
「…うわぁぁ…。」
誰かの驚嘆の声が小さく聞こえた。
ティアの歌声に合わせて、柔らかく暖かい風が吹き始めると、ノクティルカ《夜の光》から大小様々な光の球が浮かび上がり歌と風と共に舞い踊り始めた。
「…綺麗…。」
エレンがポツリと呟く。光の球はティアだけでなく僕らの周りをも飛び回っている。怖さは微塵も無かった。まるでノクティルカ《夜の光》の中に自分が入り込んだようだ。
やがて歌の最後の高鳴りと共に、光の球は寄り集まり一つになって、光の粒を振り撒きながら、海の彼方へと消え去って行った。
僕らはしばし無言で、その光の球が消え去った方向を見つめていた。聞こえてくる音は、足元の小さな波の音だけだった。




