70.南の市
「バルトロメオ!久しぶり!」
パズと共に食堂に現れたのはパズよりも頭一つ背の高い大柄な少年。日に焼けた浅黒い肌に、こちらも黒に近い茶髪。瞳の色も同じような色合いだからこちらは生まれつきだろう。片頬だけ上げて笑う癖が特徴的だ。
「前も言ったかもしれないけどロメオでいいぜ。うちの男子は全員名前の頭にバルトってつくんだ。昔の苗字みたいなもんさ。」
「そうなんだ?ポルティージョってのは?」
「ありゃ俺のじいちゃんが貴族になった時に貰った苗字だって話だな。うちは元は海賊だし、ご大層に苗字なんでものは無かったわけだ。」
僕の質問に答えてロメオがわははは!と大口開けて笑う。ぶっきらぼうな話し方をするが根は良いやつだ。
「さ!ロメオの分も持ってきてもらったから朝ごはんにしよう!お腹ぺこぺこだよ!」
パズがそういうと、一人増えた賑やかな朝食会が始まった。
「そういやお前ら今朝走ってなかったか?」
様々な香辛料を練り込んで作られたという豚の腸詰めを豪快に齧りながらロメオが僕とアルに聞いてきた。
「こいつら鍛錬馬鹿だがら、旅の間も毎朝毎朝走り込みと素振りしてんのよ。」
僕らの代わりにエレンが呆れたように応えた。
「今朝はパズも走ったぞ?」
な?とアルがパズに話を振る。
「全然ついて行けなかったけどね。死ぬかと思ったよ。でも朝ごはんがこんなに美味しく感じるなら明日も走ってもいいかな!」
パズはパンも腸詰めも、目玉焼きもすでにお代わりしている。食卓が明るい笑いに包まれた。
「でもエレンだって輝光石の鍛錬にハマってるじゃないか?ティアも巻き込んで。」
アルのこの言葉にだってー…と口を尖らせるエレンと苦笑いのティア。
輝光石って何だ?というロメオの問いに、僕は鍛錬の説明と共に答えた。
「へ〜、そんな鍛錬方法があるのか…。俺がやっても効果あるかな?」
と思案顔のロメオを今夜の鍛錬においでよ!と誘っておく。
「しかし、そんな簡単に人に教えちまって良いのか?そういうのって秘伝とかの類じゃねえの?」
輝光石を使った鍛錬は僕の母、エトワールから教わった事になっている。
僕は輝光石を使った鍛錬方法を教えてくれた張本人をちらりと見た。彼は毛繕いをしながら尻尾をゆらゆら揺らしている。
「…うん、特に問題ないよ。走り込みや素振りと一緒で、方法が分かった所で日々繰り返さないと意味が無いものだから。それに理論自体は大した事じゃないし。」
と僕はクロが言っていた事をそのままロメオに伝えた。
『俺からしたらどうして皆んなこうした地道な鍛錬をしないのかが不思議だ。自分の事を天才か何かだとでも思っているのだろうか?』
その後にこんな辛辣な事も言っていたが、それは伝える必要が無いので割愛しておく。
「そんなもんか…。しかしこの腸詰め本当に美味いな。俺にもお代わり貰えないか?」
ロメオは納得してくれたようだ。
そしてこの腸詰めは本当においしい。齧るとパリっと皮が破れ、中から肉汁が溢れ出す。程よい塩味がついていて、噛むごとに異なる香辛料の香りや味が鼻や舌を刺激する。
「これは西方で仕入れた黒豚と、南方で仕入れた各種のスパイス、香辛料を使って作ったうちの、というかうちの母のオリジナル、謹製の商品だよ!日持ちするし、焼くか茹でるだけで調理も楽だから旅行にもうってつけ。ぜひぜひ広めてね!」
さすがパズ。商魂の逞しさに僕らは笑うしかなかった。
朝食の後、一息つくといよいよ街の観光に繰り出す事になった。四人乗りの馬車でなんと御者はロメオ、隣にアルが座り、僕らは後ろの座席に腰掛ける。この馬と馬車自体がロメオの物らしい。
「田舎は馬が無いと生活大変だからな。」
というロメオに僕は大いに賛同した。
「え!?レオって馬に乗れるの!?」
「案外上手かったぞ。」
驚くエレンにアルが答える。去年の夏休みに北に旅した時、僕とアルは馬にも乗ってるからな。
えー!意外!と皆んな口を揃える。
「みんな酷くない?」
そう言って僕は口を尖らせた。
そんなこんなで僕らは街の中心に近い市場にやってきた。
「完全に別の国だわ!ティア!これ似合いそう!」
「エレンはこっちなんかどう?この髪飾りも良いかも!」
女の子達は色鮮やかな衣服に夢中だ。普段学校では黒と白を基調とした制服だし、旅行中も二人の服は意外にシンプルだった。そんな二人でもやはり色鮮やかな衣装には目を奪われるのだろう。
その他にも様々な魚や魚介類、香辛料に生活雑貨と雑多な商品が並んでいる。匂いも空気も人も色合いも、全てが驚きの連続だった。
『しかしこれだけの氷を用意しているのはすごいな。』
クロが魚の並ぶ軒先を見て驚嘆している。陳列された魚の下には大量の氷が敷き詰められていた。店主はなぜかクロに向かって身構えている。
「確かにすごい量の氷だね。魔法かな?」
ああ、とロメオが反応を示した。クロの声は僕とあとアルにしか聞こえていないはずなのでこれは僕の呟きが聞こえたのだろう。
「専門の氷屋がいてな、魔法士が氷を作って卸してくれるんだが…。」
そこでなぜか言い澱むロメオ。僕が訝しく思っていると…
「ふざけんじゃねぇ!!!」
あたりに怒声が響いた。何事かと周りの人達が顔を上げる中、ロメオは険しい顔をして人混みを押しのけ、声のする方へとずんずん歩いて行く。僕も仕方無しにそれについてってみた。
「また値上がりすんのか!?この前だって税金が上がったばっかだぞ!?」
怒鳴り声を上げているのは魚店の店主らしい男。それにおろおろと狼狽えているのは小姓らしき痩せた男だ。ロバなのか小さな馬に荷馬車を引かせている。まくり上げられた不思議な光沢の被せ布の下に見えるのは大きな氷の塊だ。
「だ、旦那、あっしだって物を運んでるだけで、値段はブラッドー商会さんから言われてるだけでして…。」
小姓の男はただの運び屋らしい。
「どうした?」
そこにロメオが声を掛けた。
「「ロメオの旦那!」」
店主と男、二人が声を揃える。ロメオはこの街ではそれなりに顔がきくみたいだ。
「氷がまた値上がりするってんでさ!冬でこれじゃあ夏には商売上がったりだよ!」
憤る店主に再びおろおろしだす痩せた男。落ち着けよ。とロメオは店主を宥めている。
「ブラッドー商会にはうちから話してみるから少し落ち着けって。こいつにがなりたててもらちがあかないのはわかってんだろ?」
とロメオは肩越しに痩せた男を指差す。
「そりゃそうだけどよ…ホント、頼むぜ旦那…。おい!さっき言った半分で良いから氷置いて帰んな!」
男はヒィと小さく悲鳴を上げると荷馬車から幾ばくかの氷を出して店主が指差した桶に入れ、お金を受け取ると逃げるようにその場を去って行った。
その後、ロメオは店主と一言二言交わすと、僕と一緒に皆んなが待っている場所へと戻ってきた。
「どこ行ってたのよ!」
と頰を膨らませているのはもちろんエレンだ。ごめんごめん。と軽く謝りつつ、僕はロメオを見る。僕と目が合うとロメオは、彼にしては珍しく一つため息をつくと、
「まあ、飯でもくいながら話そうや。」
そう言って先頭に立って歩き出した。




