69.エメラルドグリーン
ここからできるだけ毎日更新、がんばります。更新時間は朝の8時ごろです。
「うわ〜〜〜!!!凄い!!!」
僕は窓の外を眺めて思わず大きな声を出してしまった。
小さな丘を越えて景色が開けると、目に飛び込んできたのは果てしなく広がる水の世界。
遠く空との境目は、まるで定規で線を引いたように真っ直ぐ横一文字だ。その遠くの海は黒に近い濃紺。美しさもあるがどことなく怖さもはらんでいる。
陸に近づくにつれて明るい青の部分が増えてくる。所々に色鮮やかな赤い色が見え隠れするのは、きっと話に聞く珊瑚礁だろう。
更に陸地に近づくにつれて青から緑の美しい色合いへと変化する。僕は見たことがないが、エメラルドという宝石の色に良く似ている事からエメラルドグリーンと呼ばれているらしい。
白く美しい稜線を描く陸との境目に、白く波となって打ち付ける様子を見ていると、まるで生命を持った一つの大きな生き物のようだ。
「レオは海見るの初めてだっけ?」
黒炭を溶かしたような黒髪黒目の、柔和な顔をした少年がこう問いかけてきた。血色がよく育ちの良さが伺える。それもそのはずだ。彼はこの国の王都に拠点を構える大商人の御曹司、パズール・アクセルマン。僕の親友の一人だ。
「初めてじゃなくても驚くわよ!」
「ね!本当に綺麗な景色!」
燃えるようでいて、風にふわりと揺れている鮮やかな赤い髪の女の子が、僕の代わりにパズに答えた。エレンフィール・ルメール。勝気な薄茶色の瞳が印象的だ。
そのエレンの隣で一緒に歓声を上げたのはティアラ・ルクブルール。光の加減で青くも見える綺麗な黒髪を緩く編んで流している。いつもはベールで隠しているのだが今は旅行中という事もあり、ベールはしていなかった。
眼鏡の奥の瞳も青みを感じさせる黒。同じ、黒髪黒目のパズとも少し違う。僕はこの二人に出会って黒にも色々と種類があることを知った。
黒と言えば…
『確かにこれは絶景だな!』
羽のような身軽さで、僕の肩に黒猫が乗ってくる。僕の使い魔、クロだ。短毛だが、クロの毛色は光の加減で濃い紫色に見えたりする。高級な天鵞絨のようだ。
金色の虹彩が僕と一緒に遠くの海を見つめていた。
「ちょっと!アル!起きなさいよ!絶景よ!ぜっけい!」
エレンがその向かいに座る男の子の膝をぺしぺしと叩いている。気持ち良さげに居眠りをしていた男の子がむにゃむにゃ言いながら目を覚ました。
短く刈った金髪に眠たげに細められた瞳は碧眼。俗に《王家の色》と呼ばれる組み合わせだ。肌は南の人に負けないくらい日焼けしているが…。
アーノルド・ラングラン。この国の貴族社会の頂点の一つ、西方公ラングラン家の三男だ。
僕ら五人(あとクロとエレンの使い魔ルビィ、パズの使い魔アスールも)は長い冬休みを利用して、南方へと旅行に来ていた。去年は寮で寂しく過ごしていたのが嘘のようだ。
きっかけはひと月と少し前、秋の競技大会が終わった次の日だ。僕ら五人は、競技大会を通じて仲良くなったイネス、バルトロメオというそれぞれ王立学園東校と南校の代表生と共に王都観光をしていた。その時に長い冬休みをどう過ごすか?という話題になったのだ。
冬になると僕の実家のある北の辺境は雪に閉ざされる。帰省が大変なので僕は例年通り寮に残るつもりだったのだが…
「それならみんなで南方旅行に出ないかい?」
パズのこの一言で場が大いに盛り上がった。
寒さを避ける意味合いもあるが、パズのご両親が買い付けに出る。と言うことでそこに便乗させて貰えるらしい。
「南方には保養地も多いし、他国と交易する港もあるから、道の整備が進んでるんだ。大型の馬車も走れる街道が多いから大人数でも平気だよ!」
パズがどん、と胸を叩く。こういうことに関してパズは本当に頼りになる。
問題はイネスだった。
「…みんなずるいわ…。私だって南方に遊びにいってみたいのに!」
王都に住んでいる僕らと違って、東方に住むイネスはこの南方旅行に参加するのは日程の関係でかなり難しい。かと言って僕らにどうすることも出来ず、なだめすかししながら何とかその日を乗り切ったのだ。
そういうわけで僕らは今、馬車に乗ってこの国でも最南端に近い所まで来ていた。大きな港町、ポートランドだ。馬車の窓からその様子が見てとれる。街の中心部は王都と同じく城壁に囲まれているが、その更に外側に幾重にも建物が建ち並び、大きな街が形成されている。
「南ではあの街が一番栄えているんだよね?」
僕の問いにパズが頷いた。
「でも不思議よね。南方公のいるハバラじゃなくてあのポートランドが一番栄えているなんて…。」
エレンの疑問も最もだろう。ハバラはポートランドから二日ほど離れた場所にある街だ。比較的新しい街らしく、街の区画は綺麗に整備され、どちらかというと、王都と似たような雰囲気だった。しかも長である南方公様が体調を崩し、ここしばらくの間、床に伏せていらっしゃるらしく、街の雰囲気はどことなく暗くどんよりしていた。
一応、ご挨拶だけ…ということでアルだけ南方公様の館に向かったのだが、代理のご子息だけにしか会えなかったと帰って来た。なぜかクロが、アルの周りで鼻をひくひくさせていた。
「なんか…旅に来た!って感じがしないな。」
というのがアルの率直な感想だったし、僕もそう思う。
対してポートランドは、まるで模細工のような街だ。建物の屋根や壁は色とりどりに塗られ、市らしき所にはこれまた色とりどりの上り旗が翻っている。まるで色の洪水だ。
馬車は街の外縁に近づきつつある。街の活気や喧騒が風に乗って伝わってきた。
長距離移動用の大型馬車では街の中に入れない、という事でまず僕らは郊外にある、パズの実家、アクセルマン商会の所有だという屋敷に向かった。
「小さな屋敷なんだ。でも立地は良いから期待してね!」
とパズは言っていたが…。まぁ確かに王都のパズの家に比べれば小さいのだけど、僕の実家よりは大きいんだよな…。
「凄いわ!海が目の前!」
エレンが大はしゃぎだ。馬車を降りた僕らはパズに連れられて屋敷をグルリと回る。裏庭はそのまま海へと繋がっていた。
「確かに立地は最高だな!」
アルがそう言って大きく背伸びをしている。僕らはみんなつられて大きな伸びをした。
色々寄り道しつつ、何だかんだで王都から十日以上かかっている。体のあちこちがボキボキと音を立てた。冬だというのに初夏のような爽やかな風が吹いていた。
一日か二日、早く着いているはずのパズのご両親はすでに仕入れや取引に出かけているようでお会いすることが出来なかった。
「なかなかお会い出来ないね。ちゃんとお礼を言いたいんだけどな…。」
「あの二人はじっとしてるのが苦手だからね。捕まえる方が大変だよ。」
僕の言葉にパズがため息をつきながら答えてくれた。
その日僕らは、長旅の疲れを取るために屋敷でのんびり過ごした。ベットに入っても外から波の音が聞こえてくる。海に包まれているような不思議な気分で眠りに落ちた。
そして、翌朝僕らが朝食を食べていると
「よお!久し振り!」
彼が屋敷を訪ねてきたのだ。




