6.喋る猫その2
「鍛える、ってどうやって?」
レオナードが至極当然の質問をしてくる。
そりゃそうだよな。俺の今の姿は子猫だもんな。
『さっき話した通り、俺は実際は結構長く生きている。今は、こんな姿だけどな。』
これは本当の事だ。魔王の時の実年齢は100を少し超えていたし、今は子猫の姿だし…。
「今は?」
『そう、今は。使い魔の力は主人の力にある程度比例する。授業で習わなかったか?』
これは半分本当。ある程度だから完全に比例するわけでは無い。レオナードは、そうなんだ…。と訝しがりながらも一応納得しているみたいだ。
『つまりお前の今の実力の度合いが俺の見た目って事だな!』
「うっ…つまり僕は子猫レベルの力しかないって事か…。」
レオナードががっくりと肩を落とす。まぁこれは半分嘘だけど。
『まぁまぁ、お前が強くなると俺も助かるんだよ。この姿じゃ本来の力の十分の一も出せないし。』
これも本当の事だ。人を説得したり、交渉をする時は適度に本当の事を織り交ぜ、そして双方に利益がある事を伝える事が大切だ。
「でも魔力って生まれた時に強さとか量って決まってるんじゃないの?」
『そりゃただの迷信だ。生まれた時から決まってるって事にしといた方が傷つかずに済む奴が多いから、皆んなそういう風に信じたいわけだ。生まれた家がどうとかいう考え方と同じだな。』
「うっ…。もう虐めないでよ…。」
俺はニヤニヤと笑う…笑っているつもりだがどう見えているかは知らないが…。レオナードの顔が少し引きつっているからある程度の雰囲気は出せてるのだろう。
『概して大人の方が子供よりも強い魔法を使えるだろう?それに赤ん坊の体にとんでもない魔力なんか宿ってたら体の方が持たないさ。普通に考えれば分かることだろ。』
これにはレオナードもしっかり納得してくれたらしい。目の色が少しだけ変わる。
『生まれた時に決まっている事があるとすればどの魔法が向いているかっていう資質くらいだな。』
「資質?」
『まぁ性格とか気性とかもあるし、血筋も無いとは言えない。』
「性格と気性か…。だから俺は攻撃魔法がからっきしなのかなぁ…。」
途端に俯いてしまう頼りないご主人様。
『またうじうじと…しっかりしろ!』
はい。と小さく返事が返って来るがレオナードは俯いたまんまだ。
『ったく…。俺から言わせればお前は十分に攻撃魔法の素質を持ってるよ。』
「…え?」
パッと顔を上げるレオナード。
『多勢に無勢なのに女の子を助けたんだろ?十分勇気のある行動じゃねぇか。それに昼間だって身を挺して俺を守ってくれただろ。』
まぁ簡単に避けれたけどな。と付け加えておく。
『俺が気に入ったのはお前のそういうとこなんだよ。自分の事になるとうじうじしてるが、誰かを助ける時には本気を出す。それはお前の立派な強さで資質だよ。』
レオナードが湯気が出そうなほど真っ赤になっている。耳の先まで赤い。まぁ実際にこれが俺の本音だから仕方ない。《魂の繋がり》がある分、本気の嘘や建前は通用しない。逆に言えばだからこそ俺はこいつを信用する気にもなったのだけれども。
『今のところお前は防御や生産、補助の魔法はある程度使えるだろう?』
「まぁ攻撃よりは得意、くらいだけど…。」
『…またしゅんとなりだす…。直すのはそこからだな。自分に自信をつけなきゃ駄目だ。』
「自信って…。」
まさに自信が無いという顔をするレオナード。
『お前…本当に下手れているなぁ…。ここまでくると感慨深いよ…。』
今までで一番しゅんとした顔をするレオナード。持ち上げられた分、落差も大きいのだろう。
『…まぁ…、決めるのはお前自身だ。俺は強制はしないぜ。人に決められたことは、絶対に、続かないからな。』
俺はそういって俯き加減のレオナードに一瞥をくれると丸くなった。レオナードは動かない。本人なりに色んな葛藤があるのだろう。
(当たり前か…。一日足らずしか付き合いのない使い魔にいきなりこんな話をされてもな…。)
よくある物語や神話では、英雄と言われる主人公は、強い心でどんどん決断を下していく。自分が常に正しいと疑わない。だが実際はそうじゃない。迷う事、間違う事、疑う事、そんな事が間断なく押し寄せて、その中から自分が信じるものを選び取っていく。それが本当に生きていくという事だ。
長い沈黙が続いた。いい加減、寝たふりも疲れたなと思い出した頃、レオナードがポツリと呟いた。
「…かな。?」
ん?と俺は顔を上げる。
「…僕も…変われるかな…?」
今にも涙が溢れて溢れ出しそうな瞳が、それでも真っ直ぐに俺を見ている。
勇気や覚悟や不安や…その他の色んなものがないまぜになった、でも自分を信じようという強い気持ちが感じられる、そんな透き通った綺麗な…本当に、綺麗な瞳だった。
『…あぁ…変われるさ。いや…俺が変えてみせるさ…。』
俺はじっとその透き通った瞳を見つめ返して答えた…。