68.昨日の、と明日
僕の頭の中には、夏の日のあの光景が思い出されていた。アルと父、そしてクロと過ごした夏の鍛錬の日々。
アルに言い渡された課題は《明鏡止水》。冷静に物事を捉えて判断する力。その課題は結果、アルから無駄な動きや力みを取り去り、彼を優勝へと導いた。
そして僕に下された課題は…
「レオは…。」
僕はゴクリと唾を飲み込む。心なしかアルも緊張しているようだ。
「…もっとずる賢く、そしてもっとしつこくなれ。」
「「…へ?」」
僕とアルの間の抜けた声が重なった。
父さんは小さく咳払いをすると、へ?じゃなくてはい、だろ。と言っている。
「…でも、ずる賢くしつこく、って…。こうアルのみたいにもっと格好いい言葉は無いの?!」
実の父親が息子に送るアドバイスが《ずる賢くしつこく》だなんて格好がつかな過ぎる。
「…ないな。別に格好良い言葉にまとめる必要はないだろう?」
んー…と少し考えてから父さんがこう答えた。確かにそうだけど…。
「事実、レオに足りないのはこの二つだ。剣筋が素直過ぎる。そして諦めも早い。」
僕はうっ…言葉を詰まらせた。
「魔法や勉学にもそれが出ているんじゃないか?自分に才能が無い。あいつに勝てない、こいつに勝てない、と。」
「…。」
もはやぐうの音も出ない。
「素直なことは良いことだが戦いに勝つために、何より生き残るためには、時に、強かさも必要になる。」
今度こそ僕は、はい。と答えた。隣ではなぜかアルが神妙な面持ちで聞いている。
「安心しろ。二人ともまだまだ強くなる。俺たちが付いてるからな。」
「…なるほど、そう言われれば今回のレオの戦い方は、ずる賢くて、しつこかったわ。」
エレンが腕組みをしながらうんうんと頷いている。なんか人に言われると微妙な気分…。
「しかし、お前の親父さん、凄いな。うちの脳筋親父もまぁたいがいだけど…。」
バルトロメオが渋い顔でうめく。
「あら?うちもよ。私よりゴーレム馬鹿。とにかくゴーレム、ゴーレムうるさいの。研究熱心なのは良いんだけど…。」
イネスも微妙な表情を作る。
「イネスのゴーレム馬鹿は親譲りか?」
バルトロメオが余計な事を言って睨まれている。
「うちのダメ親父もよ。今年も背中に隠れて大変だったって母様が嘆いていたわ。」
エレンは大きなため息をついた。
「それを言ったらうちの狸親父もだな。裏でコソコソと悪巧みばっかりしやがって…。」
アルも苦虫を噛み潰したような顔をしている。夏休みに一本取られてるからなあ。
みんなそろってはあ…と大きなため息をつく。
あれ?この人達のお父さんて、南の元海賊に東方公、王都の高級官僚貴族、そして西方公だよね…??
その事実に行き当たり、僕はひとりははは…と乾いた笑いを漏らした。
「ずる賢いといえば、アーノルド、決勝の時のあれ、もしかして誘いか?」
バルトロメオが訝しい顔をしてアルに尋ねる。アルは人の悪い顔でニヤリと笑った。
「あれ?」
イネスが尋ねる。僕もエレンもよく分かっていない。
「ああ、決勝の時、俺とこいつがぐるぐる回ってただろ?」
「そういやそんな場面があったね。あのあと勝負が決まったんだよね?」
僕の返答に苦い顔をして頷くバルトロメオ。
「こいつが一瞬、顔をしかめて目を閉じたように見えたのさ。俺は砂かなんかが目に入ったと思ったんだ。絶好の機会だと思ったんだがなあ…。」
ひとりごちるバルトロメオ。
「なに、俺もレオのずる賢さに倣ってみただけさ。素直なことは良いことだけど、勝つためには強かさも必要、だろ?」
このやろう!と言ってバルトロメオが上からアルの首を絞めにかかる。要は戯れてるだけ。それをみて僕らは笑った。
クロ曰く、昨日の敵は今日の友、らしい。
「…そういや、あんたたち、いつ帰るの?」
宴もたけなわ。交流会の終わりを告げる賓客挨拶が終わるとエレンがイネスとバルトロメオに尋ねた。
ちなみに賓客はよく知らない貴族の偉い人だった。ひょっとしたらフォルテウス様が出てくるんじゃ、と思ったがさすがに考え過ぎだったらしい。
「明後日よ。」「明後日だ。」
異口同音に答える二人。
「じゃあ明日は何してる?暇?」
エレンが目を輝かせている。僕とアルは顔を見合わせた。嫌な予感がする…。
「暇というか…王都を見て回るつもりだったけど…。」
「もちろん俺は暇してるぜ!美味いもんでも食いに行くつもりだった!」
若干構え気味のイネスと能天気なバルトロメオ。
「じゃあ、みんなで王都観光しましょう!ティアとパズも連れて!」
やっぱり…という風にため息をつくイネス。ティアとパズって?と聞くバルトロメオに私たちの友達!北校の生徒よ!と簡単に説明しているエレン。
「もちろん!あんた達もよ!」
そういってエレンは僕とアルに向かってビシッと指をさす。
「しょうがないなあ…。」
「かしこまりました、お嬢様。」
僕とアルがそれぞれ答えた。こうなったらどうあってもエレンが止まらないことを僕らはよく知っていたからだ。
「それでよろしい!」
なぜか腰に手を添えて胸をそらすエレン。イネスが諦めた様にもう一度深いため息をつく。バルトロメオは楽しみだ!と言ってウキウキと歩いていく。
もちろん翌日の王都観光は大騒ぎだった。
パズはいつもの様に素晴らしいホストぶりを見せてくれた。流行に詳しく、隠れた美味しいお店や出店をどんどん回っていく。さすが大商人の息子だ。
なぜかギクシャクするイネスとティアをからかうエレン。
バルトロメオが迷子になって大騒ぎしていたのをクロ達使い魔が見つけてきてくれたり。
最後に合流したガンドルフさんに連れられて着いた場所は…とんでもない所だった。
翌日、イネスとバルトロメオがそれぞれの故郷へと帰って行くのを僕らは見送りに行った。
それぞれの馬車に乗り込み、窓から顔を出している二人。馬車を引く馬が頭を向けるのはもちろん
東と南だ。
「みんなだけ…ズルいわ。」
頰を膨らませるイネス。
「もう、また夏に遊びに行くから!」
エレンが必死に宥めている。
「まぁ冬はやっぱりあったけぇみな…ふがっ…。」
余計な事を言いそうになるバルトロメオの口を僕とアルが塞ぐ。
「…あなたには負けないからね!」
そう言うとイネスが握手を求めたのは、なぜかティアだった。ティアがええ…、と短く答えてその手を握り返す。え?僕じゃないの?エレンがニヤニヤと僕を横目で見てくる…。女の子はよく分からないや…。
「それじゃあまたな!」「元気でね!また来年!」
二人は手を振りながらそれぞれの馬車を走らせ出した。その姿が見えなくなるまで、僕らは交互に両方に手を振る。
『…さて、やっと祭りは終わったな。』
クロが小さく呟いた。
今日もよく晴れた秋の空だ。南へ向かって群れをなして飛んでいく渡り鳥たちが見える。風は少しづつだが、確実に、冬の匂いを運んできていた。
ここまでお読み頂き、誠にありがとうございます。校外合宿〜秋の競技大会編、これにて終了となります。バトルシーン、うなされました…。次に書く時はもう少しスッキリまとめようと思います…。
新しいキャラも目白押しにしてしまいました。フォルテウス、クリストファー、バルトロメオ、イネス、ガンドルフ…
個人的にはクロ、ルビィ、アスール(あとフクロウ)のやり取りが一番好きです。
次回からは冬休み編に突入します。もちろん舞台となるのは南の地です。
それでは今後とも、「シャ・ノワールのプレリュード 〜猫になった魔王様〜」をよろしくお願いします。かしこ




