67.交流会
長かった競技大会も10日目、つまり最終日を迎えた。
最終日の午前中は三年生総合部門の決勝戦。それを僕らは王族の貴賓室から全員で観戦していた。
あまりに狭くなり過ぎるから、と最初は全員で丁重にお断りしてしていたのだが。
「いやじゃ!我が願いは聞いてもらえぬのか!?」
と珍しく我を通されたのはクリストファー様だった。
これにはさすがのフォルテウス様もお困りで、僕らは承諾せざるを得なかったのだ。
予想通り、窮屈な観戦となったがクリストファー様はご満悦だ。
「来年は誰がこの舞台に立っているのだろうな?」
そう言ってフォルテウス様がチラチラとエレンとアル、そして僕に視線を送ってくる。
「ら、来年の事はなってみないとなんとも言えませんね…。」
ははは…と乾いた笑いと共にそう返すのが精一杯だった。
午後の閉会式も初日と同じように、雲一つない秋晴れの青空だった。
そんな空を見上げて僕はふと、ふた月と少し前に見た故郷の空を思い出した。もう少ししたら雪に閉ざされてしまう。その前に手紙を書かなければ。
一瞬、クロにお願いして…なんて事を考えたがすぐに頭を振ってその考えを追い出した。こういうことは自分で伝えなければきっと意味がない。クロならきっとこう言うだろう。
エレンがツンツンと僕の肩をつついた。訝しげな顔で振り返ると斜め前の騎士科の列を指差している。器用にもアルが立ったままで寝そうになっている。僕らは声を殺して笑った。
さて、このまま無事に大会日程が終わってくれるのか…と思っていたがそうは問屋が卸さなかった。開会式同様、夜に各校との交流会が待っていたのだ…。
「「「水弾きと同じ原理!?」」」
大声を上げたのはバルトロメオとイネス、それにエレンだ。何事かと周りの耳目が集まる。
ちなみにアルは僕の隣で手に持った皿からむしゃむしゃオードブルを食べている。交流会は晩餐会を合わせた立食の形だった。
ただでさえ目立つ集団なのに…、勘弁してよ…。
僕は口に人差し指を当てて静かにするように三人に訴えかける。
「…水弾きってあの、夏に子供が遊ぶやつ、だよな?水がぴゅーって飛び出す…。」
幾分声を落としてバルトロメオが聞いてきた。
「そう。あとお風呂なんかでもやったりするだろ?」
そう言って僕は手でその動作をしてみる。両手を合わせ、あえて掌の中央に隙間を作り、空気を押し出すような動作を。
「…ふいごも同じ原理ね…。」
ふいご?ってなんだ?と聞くバルトロメオをエレンはさらりと無視した。
「確かに種明かしをされれば理論は単純だけど…よく思いついたわね。」
イネスは半分呆れ顔だ。何故だか相変わらず僕には少しつっけんどんな態度なのだ…。
「実は、生活応用魔法の一つを更に応用したんだ…。」
「「「は?」」」
再び三人の声が重なる。
アルは相変わらずもぐもぐと何かを咀嚼している。まぁアルの場合、最初から全部知ってたから今更驚かないか…。
「消火の為の魔法の応用だよ。水を作って大筒からそれを風魔法で押し出し続けるだろう?まぁ火消しの場合は大掛かりだからそれなりの人手がいるけどね。あれの圧縮版だよ。」
「圧縮版?」
イネスが訝しげな顔をした。
「そう、水と空気に圧縮魔法をかけて噴射の圧力を上げるんだ。圧縮魔法も割と日常的な生活応用魔法の一つだしね。」
「ゴミや土を圧縮したり、それこそうちの地方じゃ葡萄を絞るのによく使うわ…。」
もはや理解が追いつかない、という顔をしたバルトロメオにイネスが説明した。
「…あんたね、簡単そうに言うけど結構繊細な魔力操作が必要じゃない?」
エレンが、こちらは全面的に呆れている。
「それが、圧縮魔法と振動魔法って原理が似ているからそう難しくなかったんだよね。狙いをつける練習が一番大変だった。」
「ちなみに威力はどれくらいあるんだ?ゆっても水なんだろ?」
原理の理解は諦めたらしいバルトロメオが、そこだけはしっかり聞いてきた。やはり気になるのはそこなのだろう。
えーと…と僕が言い淀んでいると…
「1インチの鉄板を撃ち抜く。」
「「「はぁっ!?」」」
僕の隣でもぐもぐと食べ物を食べながらアルがあっさりそう告げると、みたび三人の声が重なった。
「ちょっ!アル!いや、至近距離での話だよ!それも小さな穴だから!」
そんなものを女子に向かって撃つなんて信じられない。とエレンとイネスが肩を抱き合って冷たい視線を僕に向けてくる。エレンは半分冗談だろうが、イネスの目は本気で冷たい気がする…。
ちなみにあの魔法は、試合以外で人に使うのは厳禁と学園長から言い渡されている。僕だって使うつもりは毛頭ないが…。
「でもそんな凄い魔法ならどうしてゴーレムに撃たなかったんだ?」
「土の塊に水を撃って効くわけないでしょ。」
はてな顔のバルトロメオにエレンが当たり前の突っ込みを入れる。まさにその通りだ。
「でもどうしてゴーレムを壊そうとは思わなかったの?水は効かなくても例の振動魔法があるでしょう?」
イネスが訝しげに俺に問いかけてきた。
「い、いや、あんなに暴れるゴーレムに近づけるわけないよ!」
僕は慌てて言い訳をする。
「でも最後はゴーレムを踏み台にしたじゃない?」
イネスの疑問は晴れないようだ。
「あら?イネちゃん分からない?」
そこにエレンがニヤニヤしながら口を挟んできた。何?と更に額によったしわを深くするイネス。
「ゴーレムを壊すとイネちゃんに嫌われるからよ。ね?レオナード?」
「「な、何を…!?」」
今度は僕とイネスの声が重なる番だった。
「だってレオ言ってたじゃない?イネスが僕に冷たいのはきっと僕が無駄にゴーレムを壊したからだ、って。あれ、多分、正解よ。」
そんなことまったく言った覚えがないのだが…エレンが片目をつぶって合図をしてくる。これは…エレンの作り話?
最初は唇をわなわなと震わせていたイネスだが、小さいため息を一つつくと、観念したような表情になった。
「まったく…エレンには敵わないわ。その通りよ。みんなも知っての通り、東は葡萄畑と鉱山の土地なの。」
そこで一度言葉を切ると顔を上げるイネス。
「重たい樽を、石を、鉱石を運ぶ、時には危険な仕事を代わりに行ってくれる。ゴーレムは私たちの生活になくてはならないものなの。」
だんだんと熱を帯びてきた…。なんだか嫌な予感がするぞ…。
「ゴーレムは大きくて、硬くて、強い!そしてカッコいい!そんなゴーレムが負けるはずないわ!」
今や握りこぶしを作って力説するイネス。僕たちは、話を振ったエレンでさえ、若干引き気味だ。
「…そう、ゴーレムは負けてない。負けたのは私よ…。」
そこから急に意気消沈しだすイネス。
「まぁまぁ、俺らにゃ来年もあるんだ。お互い頑張ろうぜ。」
バルトロメオが軽い調子で慰めている。
「そうよ!来年はもっと強くて、美しいゴーレムを作って勝って見せるんだからっ!」
がばっと顔を上げたイネスはそう言うと、僕をビシッと指差した。
「なんだが大変な事になってきたなぁ。」
一人能天気にアルが言った。
「そういやさ、俺、もう一個だけ疑問があるんだけど。」
バルトロメオが再び僕に向き直った。
「どうしてあの水弾きの魔法、最初から使わなかったんだ?」
「それ、私も思ったわ。」
少し落ち着いたイネスが賛同してくる。
「ぶっちゃけあなた、火球の魔法、不得手でしょ?」
イネスの言葉に僕はうっ、と息を詰まらせた。
「あの水弾きの魔法、決まれば一撃なんだしな。もったいぶってたか?」
けけけと笑うバルトロメオ。
「えーと…実はそれ、僕に言い渡された課題だったんだ。」
アルを除く全員が首を傾げた。逆にアルだけは大きく頷いている。
「少し長い話になるかもしれないけど…。」
全員が、何故かアルまで、聞きたそうな顔をしていたので、僕は小さくため息を一つつくと話始めた。




