62.反則
会場は大歓声に包まれている。
今日は競技大会九日目。三年生の総合部門以外、全ての競技の決勝が行われる。
その関係でエレン、アル、そして僕の三人は競技場横の控え室に降りてきていた。
観戦席でみる景色と控え室で見る景色は大違いだ。
今、目の前のガラス窓の向こうでは、三年生による剣術部門の決勝戦が行われている。
控え室は広い。それぞれの選手が距離を置いて座ったり、体をほぐしたりしている。
僕の右斜め前ではアルが床に座って目を閉じ、周りのざわめきに反して、微動だにしない。精神統一、父のベルナードが言う所の《明鏡止水》の鍛錬なのだろうか…??
反対の左斜め前では、なぜかエレンが側屈と屈伸を繰り返している。魔法射撃に体の準備運動はいるのか…??
僕はというと、ベンチに腰掛け小さくなっている。
ちなみに両隣にはしつこくこの前の魔法の原理を聞いてくるバルトロメオと、ただただ黙って僕を横目で睨みつけるイネスさんに挟まれている。
(なんだこれ…?新手の精神攻撃か?反則じゃない…?)
僕の精神状態は結構ギリギリだ…。鳩尾の辺りがキリキリ痛む…。
一際大きな歓声が聞こえた。拡声魔法の声によると今年の三年生剣術部門の優勝は西校の生徒のようだ。アルがピクリと反応した。
「…さて、私の出番ね!」
そう言ってエレンが額の汗を拭う。
袖のない軽そうな白い上着にこれもまた動きやすそうなズボンとブーツ。トレードマークの赤髪は後ろで一つに束ねている。肘の辺りまで覆う頑丈そうな職人の手袋を両手にはめている。
魔法士というよりは鍛冶屋の娘みたいだ。
と僕は思うが、隣の坑夫のような見た目のイネスさんを見て何も言えなくなる。
今年の妙な話題になっている、らしい、僕ら5人に、近づいてくる人は誰も居なかった。むしろ距離を置かれている気がする。
まあ、この後対戦する人間同士がこんな近くにいること自体がおかしいのだ。しかも二組も…。
その二組から唯一もれているエレンが、お先!と短く言って競技場へ駆け出していく。
僕らは、アルも含めて、競技場がよく見えるガラス窓の近くまで近寄った。
《両者構え…始めっ!》
拡声魔法の合図とともにエレンが猛然とした勢いで火球を撃ち出す。
「…あれは反則ね…。」
珍しくイネスさんが口を開いた。まあ僕も完全に同意だが。
エレンの射撃はそれくらい圧倒的だった。相手も曲がりなりにも決勝まで上がって来た選手だ。射撃魔法が弱いとは全く思えなかった。その証拠に、この大会無失点で抑えていたエレンから数点もぎ取っている。
ただし、あくまで数点だ。それでさえ凄いと思う。何故なら…
「…おいおい、ありゃなんだ?両手撃ちか?始めてみたぜ…。」
バルトロメオが感嘆の声を声を上げる。
そう、エレンは決勝に来て初めて、両手で火球を撃ちだした。いや、今までも両方の手から撃っていたのだが、要は両手から同時に火球を打ち出すのだ。しかもその速さに驚愕する。
結局、そのままエレンは魔法射撃部門で優勝を果たした。会場が揺れるほどの大歓声に包まれる。
観衆に向かって大きく手を振った後、手袋を取ったエレンは相手と固く握手を交わした。
「…さてと、そろそろ俺らの出番か…。」
競技場を見たまんま、そうバルトロメオが呟く。アルが小さく頷いた。
名前を呼ばれるまでもなく、二人は競技場へと向かう。代わりにエレンが控え室に戻ってきた。そのままイネスの横に並ぶ。
「イネちゃんみた?私の勇姿!」
「ええ…本当に化け物だわ…。」
えへ!と小さく言って微笑むエレン。しらっとした視線を向け続けるイネス。なんだ?仲良いのか?悪いのか?
僕は少し混乱しつつ、競技場から目を離せない。
バルトロメオとアル、二人が向かい合っている。会場は野太いバルトコールと、アルへの黄色い声援で真っ二つだ。
そんなものも本人たちはどこ吹く風。折り目正しく挨拶を交わすと静かに獲物を構える。
しばしの沈黙が流れる。
《…両者構え…始めっ!》
開始の合図と同時にバルトロメオが一歩踏み込むと、手にした銛を撃ち込んだ。
その銛は恐ろしい勢いでアルへと向かう。アルは最小限の動きでその銛を躱す。
その間にバルトロメオは一気にアルとの距離を詰める。
アルが避けた銛は一瞬、空中で止まると、まるで生きているかのように引き戻された。
アルは間近に迫るバルトロメオに向かって小さく剣を振り上げると、上段から打ち込みを図る。
その上段をバルトロメオは手元に引き戻した銛で受け止め、蹴りを放って来た。
その蹴りを剣を握ったまま、片肘で受けるアル。その肘を支点にバルトロメオはクルリと後方宙返りをしつつ空中から銛による一撃を繰り出した。
その一撃を剣の腹で滑らせ、そのまま繰り出したアルの突きが、バルトロメオの胸を捉えた。
一瞬遅れてバルトロメオの鎧に有効打を示す魔法の灯りがともる。
《い、一本!アーノルド!》
会場が歓声に湧いた。
バルトロメオが不敵な顔でアルに何かを言っているが歓声が大き過ぎて良く聞こえない。
アルは片頬だけ上げてそれに応えていた。
「…す、すげえ…。」
控室の選手達がざわついている。開始早々数秒の出来事だ。
「…俺、やっぱり無差別武術に出場しなくて良かった…。」
そんな呟きも聞こえてくる。
そんな観衆に見向きもせずに、アルとバルトロメオは所定の位置に戻って再び向かい合う。
《…両者構え…始めっ!》
二勝負目が始まった。
今回もバルトロメオは初手で銛をひと投げすると、アルとの距離を詰めるために駆け出す。
銛は恐ろしい勢いで真っ直ぐアルに向かって飛んで行くが、アルはまたもや難なく半身を捻って躱すと向かってくるバルトロメオを迎え討つ形で軽く剣を振り上げる。
ここまではさっきと同じ展開なのだが、何かがおかしい。
「…銛が戻って来てない…!」
僕はポツリと呟いた。
アルが躱した銛はそのまま地面に突き刺さった。
バルトロメオは銛と反対側面へ飛び込みの要領でアルの剣を躱す。
そしてその手元でぐいと引かれた黒紐は銛と繋がっている
「!?」
時間差で黒紐が正面からアルに襲いかかった。
とっさに剣の腹で紐の一撃を受けるが鈍い音がする。鞭を思いっきり叩きつけたような音だ。アルの上体が崩れる。
そこへ完全に死角になっている足元にバルトロメオの足払いが入った。
アルは足払いを受けつつも紐の勢いを借りてそのままでんぐり返しの要領で後方へにげる。
急いで起き上がろうとしたその首筋にナイフが当てられていた。
アルは剣から手を離し、降参を宣言する。
またもや会場から大歓声が巻き起こった。
「え〜!あれズルくない?なんで武器二つ持ってるの?!」
エレンが憤っている。
「これが剣術部門なら反則だけどね。無差別武術だから反則にはならないわよ。」
イネスが冷静に説明する。そうなの!?とエレン。
僕はじっと競技場を見つめた。
「バルトロメオはずっと銛一本で戦ってきた。ナイフは初めから腰裏に挿していたが使ったのはこれが初めてだ。恐らく奥の手の一つだと思う。これで一対一だ。次の勝負で決まるよ…。」
僕は誰ともなく呟く。握る拳に汗が溜まる。
エレンとイネスも真剣な表情で競技場へ向き直った。そして…
《最終勝負!両者構え…始め!》
最後の一勝負が幕を開けた。




