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61.勝者は…

《両者構え…始め!》


試合開始の合図と共に、レオナードが小さく呟く。するとその周りに小さな水の球がいくつも浮かび上がった。


「え!?水生成魔法?!」

エレンが驚きの声を上げる。まさに今、レオナードが使った魔法は、空気中の水の素を集める水生成魔法だ。

「あれで攻撃するの?」

まさかそんなという顔でパズが呟く。

一般的に考えて、水生成魔法は攻撃には向かない。普通に想像すればわかることだ。同じ大きさの火の球と水の球、当てられたらどちらが危険かを。


観客席の一部から失笑が漏れる。見ればマルコも大笑いしている。


「あの水の球はそんなに威力がないのか?」

王子殿が訝しげだ。

「はい…恐れながら…あれをぶつけられた所で衣服が濡れる程度かと…。」

エレンの畏まった説明に王子殿はむむう…、とうめく。

それくらいレオナードのとった行動は不可解なものなのだ。


ちなみに水生成の魔法はごく一般的な生活応用魔法の一つだ。

空気中には水の素が漂っていて、それを魔力によって集めるだけ。球の形にして浮かせておくのに多少の魔力はいるがそう大した話ではない。

長旅をする上では欠かせない魔法の一つだし、王都であれば、大きな飲食店の調理場でも使われる日常的な魔法の一つだ。


そんなんじゃ俺の魔法は消せないぜ?と風に乗って何となくマルコの声が聞こえてくる。そのまま嘲笑しながら魔法の詠唱に入ったようだ。


「これは…火の壁の魔法ね…。」

マルコの目の前に名前の如く、火の壁が立ち上がる。あまり大きくない競技場内の端から端を捉えて横一直線に伸びている。

「…まさか、あいつがこれほどの魔法を使えるなんで…。」

エレンがほぞを噛んだ。それはそうだろう。中々に強い魔法の一つだ。毎度の事だが、マルコは、性格はあれだが、実力はそれなりにあるのだ。

嘲笑するマルコ。炎の壁はレオナードへ向かってゆっくり前進し始める。

観客席はド派手な魔法に大喝采だ。


「…しかし、どうしてレオはあんなに落ち着いていられるの…?」

エレンが腕を組んで呟く。

「確かに…。」

パズも同意を示した。

言葉通り、レオナードは落ち着いている。じっと炎越しにマルコを睨みつけている。

やがてレオナードは目の前に来た小さな水の球を


パン


と左右から両手で叩き潰した。


「…いったい何をするつもりだ?」

王子殿は訝しげな顔だ。それは周りのみんなも、それどころかレオナードを見る事のできる側の観客も同じらしい。戸惑いが空気に満ちる。

反対にマルコの後ろ側の観客は大熱狂だ。遠目から見ると会場の空気が完全に二分されている。


そのままレオナードは水球を叩き潰した時に合わせた両の手を、じっとマルコに向ける。レオナードには途切れ途切れの炎の壁の向こうにマルコが見えているのだろう。


ひゅう…


どこかから強い隙間風のような音がした。そして…、


パリィィイン…


ガラスが割れたような鋭い音が響いた。制御を失った炎の壁が消失する。貴賓室を含めた会場は、ただただ沈黙に包まれた。何が起こったのか…、状況を理解している者は誰も居なかった。俺を除いて。程なくして


《…し、勝負あり?勝者、レオナード!?》


自信無さげな拡声魔法の声が響く。会場はどよめきに包まれた。


「なんだ…?何が起きた…!?誰か説明出来るものはおらんのか?!」

珍しく王子殿が狼狽えている。どんな人間でも理解不能な場面を目前にするとこうなるのだろう。


競技場では呆然とした顔のマルコと同じく両手を合わせて呆然としているレオナード。

やがてマルコが顔を真っ赤にしてがなりだした。風に乗って声が聞こえてくる。イカサマだ、何の手違いだと怒りまくっている。


《え〜…ただいまより、大会実行委員によります、事情の聴取に入ります。》


拡声魔法の声がそう告げる。余りに異例の事態なのだろう。声の主も戸惑いを隠せていない。


競技場に現れたのはハウゼルともう一人、見知らぬ銀髪の初老の女性だ。まずハウゼルがマルコの所へ、女性がレオナードの所へと歩み寄る。

「学園長先生だわ…。」

ティアが口元を押さえた。恐らく今レオナードと話している女性のことだろう。

レオナードはしどろもどろでその女性と会話している。

一方マルコは顔を真っ赤にしてハウゼルに何かを訴えかけている。風に乗ってその声が聞こえるが、とても上流貴族の子息の言葉とは思えなかった。王子殿が気難しい表情をしている。


やがて女性とハウゼルは交代してそれぞれ、レオナードとマルコの方へと向かった。

相変わらずレオナードはしどろもどろだがマルコは少し落ち着いたようだ。必死に女性に何事かを訴えかけている。


しばらくして女性とハウゼルは二人から離れ、その中間、ちょうど競技場の真ん中に集まって、一言二言交わした。そして、


《…皆様、初めまして。私、王立学園北校の学園長を務めさせて頂いております。ウラリー・ヴォルペと申します。》


拡声魔法が響き渡る。

「彼女があの有名な《白銀の狐》か…。」

王子殿が硬い声で呟いた。

俺も過去に名前を聞いた事があるが実物を見るのは初めてだった。


《たった今の勝負ですが、様々な要因を検証した結果…》


誰かがゴクリと唾を飲み込んだ。


《…レオナード選手の勝利に間違いないと大会運営は判断いたします。》


会場から歓声ともざわめきともつかない声が漏れる。

マルコは顔を蒼白にし、レオナードは頬を紅潮させている。


《レオナード選手が使った魔法は非常に画期的、かつ革新的なものであり、今ここでその原理を詳らか(つまびらか)にするのは、公平でないと考えます。》


会場のざわめきが大きくなる。


《彼はこの魔法の原理を、大会終了後に公表しても構わない。と申し出ております。》


そこで銀髪の彼女、ウラリーは芝居掛かった動作でレオナードを指差す。レオナードが更に赤面して俯いた。


《この勝負の公平性は運営委員会が…いえ、この私が保証いたします。なにとぞこれも一つの楽しみとお考えいただき、残りの大会日程をお過ごし下さいますよう、お願い申し上げます。》


そう言って銀髪の淑女は恭しくお辞儀をした。

小さな拍手を皮切りにその波が広がっていき、最後には会場を包む大きな拍手へと変わっていく。


「さすがのお手並みだな…。」

王子殿がそう呟いた…。



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