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5.喋る猫

いててっと後頭部をさすりながらレオナードがゆっくりと起き上がってきて椅子を起こした。

『それにしても派手に転けたものだ。大丈夫か?』

「だ、大丈夫。でも本当にクロなのかい?」

『何度も言わせるな。俺が魔法を使って…しっ、誰か来た。』

コンコンと部屋の扉がノックされた。レオナードがはぁいと応じると小さく扉が開かれ、レオナードよりは少し大人びた感じの男の子が顔を覗かせる。

「すっごい大きな音がしたけど、大丈夫かい?」

「あ、クレマン先輩。お騒がせしました。実は猫が急にしゃべ…」

『俺の事は話するな!』

「…じゃれてきて思わず椅子から転げ落ちただけなので…大丈夫です…。」

うるさくしちゃってすいません。としどろもどろで謝るレオナードに、そう、怪我してないなら良かった。とにっこりと笑ってクレマン先輩はドアを閉めて行ってしまった。

ほっとした様子で椅子に座り直したレオナードが再び訪ねてくる。

「まさか猫が、クロが喋るなんて…。でもどうやって?さっき魔法が何とかって言いかけてたけど…。」

『そう、魔法を使って俺がお前に話しかけているのさ。伝声管と似たようなもんだよ。』

伝声管とは金属などの管を使って離れた所の相手と会話する手段だ。実際の原理は全く違うが説明がいちいち面倒だ。

理解したのか、してないのか、微妙な表情のレオナード。

「みんなこうやって使い魔と会話してるのかな…?」

『…いや、それはどうか知らない。使い魔になったのは初めてだし…。』

実際知らないし、この魔法は俺のオリジナルだ。人の言語が通じない魔物の部下と意思疎通を図る為に作り出したものだ。

「見た目は子猫なのに…。そういやハウゼル先生も長く生きたシャ・ノワールは強力な魔物になるって言ってたけど…。」

『そ、そうだ。実際、お前よりも随分と長く生きている。』

元魔王と知られるのは危険が伴う気がして誤魔化しにかかった。封印やあまつさえ抹消などされてしまったら二度と蘇れないかもしれないし…。

『それで、お前は本当にそのままで良いのか?』

「そ、そのままって…?」

『今の現状さ。』

「それは…。」

狼狽するレオナード。上手く話をそらすことにも成功したようだ。

『これから卒業まであの嫌な奴に虐められて、卒業後は実家の親にでも泣きつくか?』

「泣きつくってそんな…。」

『侯爵家の人間に目の敵にされて良い就職先なんて見つかるはずない。それくらい分かっているだろう?』

図星だったのか眉を顰めるレオナード。それでも何も言い返しては来ない。

『悔しくはないのか?産まれた家が違う、それだけで勝ち負けが決まってしまう事に。』

「勝ち負けってそんな…。別に本当の喧嘩にはなったことはないし…。」

『喧嘩の勝ち負けじゃないさ。人生の勝ち負けだよ。』

「…人生の勝ち負け…。」

更に顔を険しくしていくレオナード。だが俺は構わず畳み掛けた。

『そうさ。人生の勝ち負けさ。そのままいくとお前、ただの負け犬だぞ?』

さすがにこの言葉には思う所があったのか、レオナードの顔にパッと赤みが差す。

『自分の魔法が弱いのも、マルコに歯向かえないのも、自分の家が格下だから、地方の小さい貴族だから、って言い訳して生きていくんだろ?』

「っつ!そんな事はしない!」

バンと机を叩いてレオナードが立ち上がる。

こいつは自分の家族が大好きだからなぁ。煽れば乗ってくると思ったよ。

『でも現にそうなってるよな?あいつの家は強大な大貴族でうちは弱っちい田舎の小貴族。力で敵うわけないって思ってる。違うか?』

俺は更に畳み掛けてみた。

「弱いのは僕だけで家は!家族は関係ない!僕の家族を馬鹿にするなっ!」

相手が子猫だと言うことも忘れて大声を張り上げるレオナード。いい感じだ。ますます乗ってきた。


『じゃあ』


一瞬の睨み合い。


『お前が強くなればいいんじゃないか?』


「…へっ…?」


ポカンと間の抜けた顔のレオナード。毒気を一気に抜かれたようだ。


『簡単な話だろう。誰にも馬鹿にされないくらいお前が強くなればいい。学校を首席で卒業するくらいになれば家柄だとかなんだとかそんなもん些細な問題になる。』

「…そりゃ…そうだけど…。」

現実の世界はそこまで甘くはないだろう。しかしそこはあえて黙っておく。そんな事、考えもしなかったのか、それともまだ社会を知らないせいか、戸惑った顔のレオナード。その時、再び扉をノックする音が聞こえた。

「ブランシュ君、本当に大丈夫?」

「わ!わ!す、すいません!む、虫が!虫が出ただけです!本当にすいません!」

クレマン先輩だ。

「そう。今日は忙しい日だね。」

あははと軽い笑い声を残して扉の向こうの気配が消える。

ふぅ。と一つため息をついてレオナードがゆっくりと椅子に座り直した。少し頭が冷えたか?なかなか良いタイミングで横槍が入ってくれたもんだ。


『…俺は、間違った事を言っているかな?』

少しの間を取って俺はレオナードに問いかけてみる。

「…何も…何も間違っちゃいないさ…。だけど、どうやって僕なんかが強くなれるのさ?昼間見ただろう?僕って…いわゆる落ちこぼれ、ってやつなんだ…。」

背もたれに寄りかかるようにして天井を仰ぐレオナード。本当にこいつは肝心な所で気持ちが足りないやつだ。

『俺が鍛えてやるよ、ご主人様。』

へ?と顔を上げるレオナード。

俺はニヤリと笑ってみせた。まぁ顔は子猫なのだけれど…。


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