56.二人の課題
「ふむ、説明しよう。あれは…。」
そう言ってガンドルフさんは僕らに向き直った。
「あの柄の端についた太めの紐のような物がミソだ。」
会場の歓声が大きくなる。チラリと見るとバルトロメオがその歓声に応えて手を振っていた。逆の手に持つ銛の柄に黒い紐が輪の形に括り付けられているのがよく分かる。
「あの紐はよく伸び縮みする物でな、噂によると彼ら一族郎党の女性の髪の毛をより束ね、特殊な製法で編み込んで作られた物らしい。」
ひえっ…!と小さく悲鳴を上げ、エレンとティアが互いの手を握りあわせる。
『…髪は女の命、なんて言葉があるくらいだからな。』
クロがその様子を見て呟く。そんなものか…。
「例えば船の上から海中の魚目掛けて銛を打ち込んで、その魚を引き揚げる為に使う。そうそう、刃先の形状も変わっているだろう?あれは打ち込んだ後に引っかかって簡単に抜けないように工夫されていて、確か、返し、と呼ばれていたはずだ。」
「なるほど、それであんな変わった形をしていたのか。」
とパズが感心している。
「そして先ほどの技術だが、あれは紐の輪になった部分に手や肘、肩など、体の一部を引っ掛け、そして刃先に近い部分を握る事でテンション、緊張をかける。弓の弦を引き絞った状態を考えてもらうと分かりやすいだろう。」
僕の頭の中に、女性の髪で作られた紐がギリギリと引き絞られ、銛の柄を握る手の中でその力の解放の時を待っている様子が描かれる。
「そして、その握っている手を離せば、引き絞られた紐が縮む力で何もしなくても銛が手から飛び出す。結果、我々の目には銛が勝手に手の中から飛び出したように見えるわけだ。」
「凄い事を思い付くわね…。」
エレンが腕を組んで感嘆している。
「元々は水中で魚を突くために生み出された技法だと聞く。それを地上で行うのは才覚とそれに見合った鍛錬が必要だ。しかもあの体勢からだ。間違いなく今回の優勝候補の一人だな。」
そう言われて慌てて僕は対戦表を覗き込んだ。
「アルと当たるとすると…決勝戦ですね…。」
「これはこれは…我が愚弟には是非勝ち上がってああいった強者と戦って欲しいものだ。世界は広いということを知ってもらわねばな。負けたらあの男に弟子入りでもさせようかな。」
そう言ってガンドルフさんが意地の悪い笑みを浮かべている。実の弟なのに…。そういえばこんな家風だって言ってたな…。
「ガンドルフ様、お次がアーノルド様の出番のようですよ。」
そうこうしているうちに試合は進んでいたらしく、僕らはメイドさんに呼ばれて、慌ててテラスへと駆けつけた。
「さあ、お手並み拝見。」
ガンドルフさんが腕を組んで仁王立ちしている。アルは僕らに気づき、小さく手を挙げた。なぜか無関係な所から黄色い声援が上がる。
「あいつ…女にモテるのか…?」
ガンドルフさんが少しだけ顔をしかめ、それを見て僕らは小さく笑った。
相手も剣士だ。お互いに一礼を交わすと、一定の距離で向かい合う。
《両者構え…始め!》
拡声魔法による声が響き渡る。場内が静まり返る。
相手の剣士は落ち着かなく前後、左右へと細かく動くが、対照的にアルは剣を中段に構えてほとんど動かない。動く相手に合わせて小さく切っ先の向きを変えるだけだ。
「…ほう。」
あれ、本当に隙が見えなくて嫌になるんだよなあ、と僕が考えているとガンドルフさんが小さく感嘆の声を上げた。
合宿が終わった後からこのひと月と少し、僕は毎朝アルの剣の稽古の相手をしていたのだ。
いっぽうで、一向に打ち合う様子のない試合に観客が痺れを切らしだす。あちこちから野次が飛び出すがアルの顔はどこ吹く風だ。反対に相手は焦りを見せ出した。
『…動くな。』
クロが呟いた瞬間、相手の剣士が声を大きく上げてアルに上段から打ちかかった。
アルはほんの少し剣先を傾けた。振り下ろした相手の剣がそのままアルの剣の腹を滑り落ちる。
そのままアルは一歩踏み込み、相手の胴を横一文字に薙ぐ。
《一本!アーノルド!》
会場から歓声が上がったが、バルトロメオの時ほどではなかった。
そのまますぐに二勝負目に突入する。今度は最初から果敢に打ち掛かっていく相手の剣士。だが三手目、横に薙いだ剣士がアルによってそのまま上に逸らされ、がら空きの胴に静かにアルの剣先が触れた。
《一本!勝者、アーノルド!》
まばらな拍手と歓声。黄色い声援だけやけに大きい。
そんなのもどこ吹く風でアルは相手に向かって礼儀正しい折り目で一礼した。
「見事な返し技だな。」
会場の反応は微妙だが、ガンドルフさんは満足げだ。
「…しかしあいつ、どこであんな技を覚えたんだ?今は学校でも教えるのか?」
その後、思案顔をするガンドルフさん。
「あの〜…実は…犯人はうちの父です。」
と僕はおずおずと声を出す。驚くみんなに夏休みの話をし始めた。
「アーノルド、君の剣は確かに強い。豪剣と言っても差し支えないだろうな。」
そんなアルの豪剣を全て躱し、流して、息一つ乱さずに僕の父、ベルナードがこう言っていた。
対してアーノルドは膝に片手を置き、肩で息をしている。全身汗でびしょ濡れだ。
ちなみにアルの前に父さんに稽古をつけてもらっていた僕は大の字で転がっている。まだ息が荒い。
「素振りの成果だろうな。一撃一撃が強くしっかりしている。だがまだまだ太刀筋が粗い。そして固い。」
僕からしたらアルの太刀筋はとても綺麗なのだけど、と空を眺めながら思う。
「…す、素振では…駄目と…言うことですか?」
アルは顔を上げ、息を切らしながらこう問いかける。
僕もゆっくりと上半身を起こした。父さんは首を横に振る。
「素振りは基本だ。基本が無ければ何も成らない。土をきちんと耕し、整えなければ、何を植えても良いものは実らない。」
アルはゆっくり頷く。それに頷き返しながら父さんは続けた。
「逆に言えばお前たち二人は日々鍛錬を怠らないからこそ、その歳でここまで出来ている。」
嬉しい反面、父さんとの実力の格差に目眩がしそうだ。それはアルも同じらしく微妙な表情をしている。
「二人の課題を言い渡そう。まずはアーノルド、《明鏡止水》の鍛錬。」
「「え??」」
アルと僕はまったく耳慣れない言葉に思わず驚きの声を上げる。
「そ、それは…一体…。」
アルがしどろもどろに問いかける。
「《明鏡止水》遠い東の異国の言葉でな。曇りのない鏡の如く、止まった水の如き、静かな心の状態を指す。」
アルはまだうまく意味が汲み取れないのか、押し黙っている。僕にしてもそれは同じだった。
「今のお前はとにかく前に、前に、そして手数で押し切ろうとしている。そして私は静かにお前を観察し、最小限の力でそれをいなした。それが今の結果だ。」
「…なるほど。」
アルが大きく頷いた。僕にもだんだん意味が分かってくる。
「どんな状況に置かれても、冷静な頭で思考し、的確に判断を下せるようになれ。この夏にその鍛錬方法をみっちり仕込んでやろう。そうすればお前のその豪剣は更に高みへ達するだろう。」
アルは踵をぶつけ騎士が上官に向かうような最敬礼を取る。
「よろしくお願いします!」
アルの大きな声が響いた。
「…なんと…そんな事があったのか…。ありがとう。アーノルドの代わりに礼を言わせてくれ。」
ガンドルフさんは僕に向かって深く頭を下げる。
「いやいや!僕の父の仕業です!僕のやったことじゃありませんので!頭を、頭を上げて下さい!」
僕は大慌てでガンドルフさんに頭を上げてもらった。恥ずかしくて死にそうだ。
「しかしレオナード君のお父上は中々の強者のようだな。一度お手合わせ願いたいものだ。」
顔を上げ、そう言うガンドルフさんに、まぁ機会があれば…と返しておく。
ちなみに父と母が元々西方公様、つまりガンドルフさんとアルのお父様に仕えていた事は内緒にして欲しいと言われている。理由はよく分からないが…。
そのあと、バルトロメオとアルは共に勝ち進み、無事に準決勝進出を決めた。
ちなみに夏休みの話の時、僕の課題については誰にも触れられなかったので割愛した。別に誰も聞かなかった事だし…。
クロだけがもの言いたげに僕の事を見上げていた。




