55.槍というより
「まったく、あの愚弟め…。勝っても負けてもお説教だな…。」
僕らは競技会場の内廊下を通って貴賓室へと案内された。そこは半個室になっていて、入った扉の反対側がテラスになっている。そこから競技場が一望できるようになっていた。
「へぇ…こんな作りになってたんだ…。」
貴賓室が有るのは知っていたが、もちろん中へ入ったのは初めてだ。
「ここはラングラン家の関係者しか入れないから自由に寛いでくれ。おーい、皆さんにお飲み物をお出ししてくれないか?」
肩が凝ったというように首をゴリゴリ回しながらガンドルフさんが控えていたメイド達へ告げる。
僕らは恐る恐る、並べてあった椅子に腰かけた。程よい柔らかさのクッションが敷かれ、石造りの一般席のベンチとは大違いだ。
やがて、ガラス製のグラスに氷と共に注がれた濃い黄色の飲み物が供された。僕たちの座る椅子の間に置かれたテーブルの上で、涼しげな音を立てている。
氷を持ち込んだのだろうか?専用の保存容器など必要になるからそれだけでもかなりの財力が伺える。
「ナランハ(オレンジ)の実を絞って蜂蜜と混ぜ、飲みやすいように薄めたものだ。お代わりはいくらでもあるから遠慮しないでくれ。今日は暑いからな。倒れると大変だ。」
僕らはそうでもないのだがきっと鎧を着ているガンドルフさんは大変なのだろう。グラスを掴むとぐいっと一気に飲み干してお代わりを頼んでいる。
「ナランハって何…?」
僕はパズに小声で訪ねた。
「西方から南方の温暖な場所に実る果実だよ。まあるい黄色の果実で甘酸っぱい果肉が特徴なんだ。リモーネ(レモン)の親戚みたいなもんかな?」
頭の中に酸っぱい黄色の果実が思い浮かぶが、目の前の飲み物とは結びつかない。恐る恐る口をつけてみると…。
「美味しい!!」
思わず声が出た。この手の物には慣れているはずのパズも目を丸くしている。
「だろう?こいつの原料になっているナランハはうちで品種改良したやつでね。普通の物より甘みが強くて癖が少ない。この飲み物はアーノルドの大好物なんだ。」
ガンドルフさんは満面の笑みを浮かべている。なんか、色々と嬉しそうだ。
「…すいません。私、お代わり頂いても良いですか?おいしくてつい…。」
エレンがペロっと舌を出した。
「エレンたらずるい!あの…私もお代わり頂いても良いですか…?」
ティアがおずおずと申し出る。やはり女子は甘味に目がないようだ。
「もちろんだとも!」
ガンドルフさんは大きな口を開けてワハハと笑った。
賑やかに談笑をしつつ、試合を眺める。
「あ!次はあいつの試合みたいよ!」
「あいつ?もしかしてバルトロメオさん?」
入り口で配られていた対戦表を見て、エレンが声を上げた。
きょとんとした顔のパズとティア、そしてガンドルフさんに交流会での経緯を話す。
「…なるほど、ポルティージョ家か…。」
ガンドルフさんが思案顔だ。
「そんなに強いんですか…?」
その顔に僕は不安げになる。
「うむ。強いぞ。まぁ見てみるのが一番だろうな。」
ガンドルフさんがそういうと会場がにわかにざわめき立つ。僕らは何事かと立ち上がってテラスから競技場を覗き込んだ。
「…何あれ?あれが槍なの?」
エレンが思わず呟く。それは、大柄なバルトロメオが持っていると考えても、通常の槍よりも短く細かった。飾り気も少なく唯一、刃先にの横にもう二つ、飛び出した小さな刃が付いている。そして刃先の逆、柄の端には輪になった黒い紐のような物がついていた。
『…あれは槍、というより銛だな。』
「銛?」
クロの言葉に僕は思わず反応してしまう。ほう…とガンドルフさんが目を細めた。
「君は物知りだな。北の辺境の出身とアーノルドから聞いていたのだが…。」
「た、たまたま図鑑で見ただけです!」
ははは…と僕は引き攣った笑いをガンドルフさんへ返した。クロが呆れた顔をしている、と思う。
「銛って何ですか?」
エレンがガンドルフさんに聞いている。僕じゃなくて良かった…。
「銛とは魚を捕える時に使う道具の一つさ。色々な種類があるがな。彼が持っているのは手銛の一種だな。その名の通り、手で持って投げて使う。」
「え!?投げるんですか?!その後どうするんですか?一発勝負?」
エレンが驚いている。そりゃそうだ。僕だって驚いている。
「まぁ見てみるといい。さぁ試合が始まるぞ。」
僕らは再び、テラスから競技場を見つめる。奇しくも相手も槍使いだった。ただし相手の槍はいわゆる長槍でバルトロメオの持つ銛の倍の長さはありそうだ。潰されているだろうが、先端部の刃は大きく、当たれば怪我を負いそうな凶悪な光を放っている。
拡声魔法による大きな声の試合開始の合図がかかった。
『…とんでもない技量だな。』
クロが珍しく感嘆の声を漏らしている。僕らは何も言えずに目を奪われていた。
試合開始早々にバルトロメオは一足踏み込むと、手にした銛を相手に投げつけた。
それこそ虚を突かれた相手の槍使いは何とかそれを払いのけるが、槍の長さの分大きく体勢が崩れる。そこにすでにバルトロメオが迫っていた。片手に投げたはずの銛を持って。
そのまま相手の心臓の位置へ軽く一突き。一本を示す魔法の明かりが灯る。
彼らの纏う防具には魔法がかけられていて、致命傷となりうると判断される攻撃を受けると、その部分が発光するようになっている。
《一本!バルトロメオ!》
拡声魔法の声がかかり、場内が歓声に包まれた。
相手の槍使いは訳が分からないというような顔をしている。
それもそうだろう。僕らは上から見ていたから一部始終が理解できたが目の前であれをやられたら絶対理解が追いつかない。
詳細はこんな感じだ。バルトロメオは銛を投げると、その勢いを殺さずに一気に相手に向かって駆け出した。投げた銛は弾かれた瞬間、その柄に付いている紐のようなものによって手繰り寄せられ、吸い付くように彼の手に収まる。そのあと一瞬で決着がついた。
彼はその動作を開始して数秒でやってのけたのだ。早業と言う他なかった。
「さあ二勝負目だ。相手はどう出るかな?」
誰ともなくガンドルフさんが呟く。やはり戦士の血が騒ぐのか、口元には笑みが浮かんでいる。
「あの…ガンドルフさんもやはり代表選手だったんですか?」
僕は邪魔しないように恐る恐る尋ねてみた。
「ああ…一応、二年次は無差別、三年次は総合部門でそれぞれ優勝したよ。」
そう言ってチラリと僕を見ると、ニヤリと大きく笑った。
「…す、凄いですね…。」
やはりあのアルのお兄さんだ…。
『兄弟揃って強者というわけか。』
クロが嘆息している。
そうこうしているうちに二勝負目も終わった。やはりこちらもバルトロメオの圧勝だった。
今度は試合開始早々に相手の槍使いが距離を詰めた。
鋭い槍の一突き。たがバルトロメオは半身を捻って躱す。
そのままの槍使いの鋭い連続突きが続く。相手も決して技量が低いわけではないのだが、その大きな体格に似合わず軽い身のこなしでバルトロメオは突きを避けていく。細く軽そうな銛も影響しているのだろう。その時、
「…あ!よろけた!」
バルトロメオが後ろに踏んだ足がたたらを踏んだ。足を滑らせたか?
これを好機とみた槍使いが長く強い一撃を突き込む。
バルトロメオが大きく後ろに仰け反ってこれを躱す。
次の瞬間、かぁん!と金属と金属がぶつかる甲高い音が響いた。
《一本!勝者、バルトロメオ!》
場内は歓声に包まれた。唯一、呆然としていたのは相手の槍使い。信じられないという顔をしている。たが、確かに彼の鎧の心臓の位置が煌々と光っている。そこに一撃を受けたという証拠なのだ。
「…何が起きたの?今、銛が勝手に飛んでいったようにみえたのだけど…。」
ポツリと呟くティア。実際、僕にもそう見えた。隣でエレンが魔法かしら…?と思案顔だ。
「ふむ、説明しよう。あれは…。」
そう言ってガンドルフさんは僕らに向き直った。




