51.クロの講義③
「…飢饉、旱魃、とか食べ物に困る時かな?」
「…重税や圧政が続いている時とかもそうだろうな。」
二人はしばし考え込むとそう時間をおかずにそれぞれの答えを出してきた。前者はレオナード、後者はアーノルドだ。
『そうだな、おおかたその辺で間違いない。では今、この国の状況はどうだ?』
「特にそういった事は聞いてないかな?北も今年は豊作だって喜んでたし…。」
「俺の方にもそういった情報は入ってないな。むしろ現王の政治は比較的穏やかで民の不満もあまり聞かない…。」
『そして、悪の元凶とされていた魔王は倒されたはずだ。むしろこの国は今、平和なはずなんだ。』
そして相変わらず眉をひそめたまま二人は黙り込んだ。
『…考えうる原因はいくつかある。一番単純なのは前回の魔王討伐で軍が疲弊している可能性。』
「ありえなくもないが…腑に落ちないな。」
というのはアーノルド。
「もし軍が疲弊しているなら、倒したはずの魔王の生存確認にあれだけの兵団を送り込むかな?」
『その通りだ。兵団を動かすのもタダじゃない。しかも遠くなればなるほど費用はかさむ。お前たち二人が今回北に旅するのにかかった費用の数十倍、下手したら数百倍の金がかかっているだろうな。』
げっ…とレオナードが青い顔をしている。
『それに大して脅威でもない魔物の集落まで討伐隊が派遣されている。まぁこちらは推測の域を出ていないのだが…。』
「あぁ、そんなことあったね。」
俺とレオナードはちょうど去年の今頃に起こった事件を思い出していた。
「ん?なのん話だ?」
「そうか!アルには詳しく話してなかったっけ。去年の合宿の帰りに街道で小鬼たちと遭遇した話はしたよね?」
「ん〜、そういえばそんな事聞いたような…。」
「実はクロによれば、その小鬼たちは学園を襲撃してきた奴らとはまったく無関係で、山奥で大人しく暮らしていた部族だったらしいんだ。」
「…は?」
驚きのあまりかアーノルドが口をポカンと開けている。
「じゃあレオたちが遭遇した小鬼たちはとばっちりを食らっただけって事か?」
『そういう事だ。信じる信じないは別だが、俺はこうしてお前達と会話ができるように、この念話の魔法で知性ある魔物とならある程度、意思疎通を図れる。』
「は〜…。凄いな…。でもあくまで討伐隊が出ているのは推測なんだろ?」
『そうだ。だが可能性は高いと考えている。まずあの小鬼達は『人間の軍隊』と言っていた。例えば村や組合から依頼を受けた冒険者であれば、軍隊とは表現しないはずだ。』
なるほど…と、アーノルド。
「盗賊や野党の可能性は?」
これはレオナードだ。
『可能性がなくはないが、恐らく低いだろうな。勘違いしている人間が多いが、一部を除いて、魔物の多くは財や富というものには無頓着だ。共通の通貨も無いからな。小鬼の村から財宝が見つかる、なんて事はまずない。冒険者や盗賊など、その手の稼業では常識だよ。』
「えー!じゃあ伝説とか神話によくある、魔神の住処にある財宝とか、竜が守る宝剣ってのは嘘なのかー!」
さも残念という声を上げながらアーノルドが椅子の背もたれに寄りかかった。
『いや、さっきも言ったが一部を除いてだ。伝説や神話が完全に嘘かというとそうでもない。』
「「本当!?」」
アーノルドとレオナードが二人して身を乗り出す。現金なやつらだ…。
『まったく…。宝石や金、銀といった貴金属を集める魔物も存在するにはする。単にそれが彼らの信仰の対象なんだ。祀って拝む事もあるし、死者への捧げ物にすることもある。人間とは違う価値基準で集めているのさ。』
ほぉ〜…と二人同時に感嘆の声を漏らす。
『竜種に関しては正直言ってよく分からん。というよりも奴らは長命で個体差が異常に激しい。一括りにして考えるのは危険だ。』
「クロは竜に会ったことがあるのか!?」
アーノルドが目を輝かせて聞いてくる。向かいでレオナードも身を乗り出して目を輝かせている。
『…数体、だがな…。』
「「おおお!!!」」
周りに人がいない事を良いことに二人は大声で大興奮だ。
「それこそ竜なんて伝説の生き物だと思ってたよ…。」
自分がエルフの血を引いている事を棚に上げてレオナードが感動しているが…まぁ水は差さずにいよう。
『奴らは知性が相当高くてな、おまけに見た目に反して学者肌の奴が多い。永い寿命を利用して己の興味がある事を極めようとする奴がほとんどだ。その過程でとんでもない武器や財宝を生み出す事が稀にある。』
「なるほど。それに尾ひれ背びれがついて伝説や神話になったわけか…。」
アーノルドに同意の頷きを送りながら俺は言葉を続けた。
『そしてこれがまた見た目に反して争いを好まず、そしてナワバリ意識がかなり強い。結果、自分の巣に閉じこもって出てこない。俺が昔会った連中も今も生きてるかどうか…。』
これを聞いて、そっか…と、レオナードとアーノルドの興奮が少しだけ冷める。
まぁ、まず間違いなく生きているだろうけどな…。
俺が会った奴らは竜種の中でも規格外の奴らだった。退治されるとかそんな次元の問題じゃない。
だからといってわざわざそれを教える義理もないから俺は放っておくことにした。教えた方が絶対面倒になるに決まっている…。
『…さて、話を戻すぞ。小鬼に関してはその信仰の対象が自然界のものであることが多い。例えば森の古木だったり、大岩だったりだな。よって奴らの村に金目の物があった可能性は、非常に低い。個体では非力で、人間の基準にしたら、見た目も良くないから、奴隷や見世物として捕らえる事も無いだろう。盗賊や野党からしたら人間の村や行商人を襲った方が遥かにうまみがあるわけだ。』
「え?ちょっと待って。」
そこで声を上げたのはレオナードだ。
「じゃあ討伐隊にとっても何の得もないんじゃない?」
そこに答えをくれたのはアーノルドだった。
「いや、討伐、という名目がある。王都の治安の管理だとか、色々な。だが、これだとまたなおさら軍の疲弊は考え辛くなる…。」
「軍は疲弊していない。なのに魔物の被害と人為的な被害は増加している…。これじゃどうどう巡りだね…。」
二人は今日何度目かの思考の檻に囚われている。
さて…、そろそろ今夜の講義は終わりだな…。
俺はわざとらしく咳払いを一つした。
『まあ、まだ判断材料が少な過ぎる。今いろいろと決めつけるのは良くないな。』
納得はしていないようだが、二人は同意の言葉を口にして顔を上げた。
『いろいろ考えるいい機会になったんじゃないか、二人とも?』
レオナードがはっとした顔をした。
「…クロもしかして、わざと?」
ややあって、ああとアーノルドも小さく声を出した。
「なるほどな。これはクロ先生の講義だったわけか。」
俺は一度目を閉じて鼻で小さく笑った。そして目を開くと、
『さ、二人ともそろそろ就寝の時間だ。明日の朝練も手抜きはさせないぞ。』
は〜い。二人の間延びした声が食堂に響いた。




