50.クロの講義②
「ええと、それじゃあ僕が考えたのは…」
そう言ってレオナードが口を開いた。
さあ、どんな言葉がでてくるかな?
俺はレオナードとアーノルドがどれくらい成長しているのか?その期待に少し、ほんの少しだけワクワクしていた。
「まず、困った時どうするかなって考えたんだ。例えば、僕の家が、ブランシュ領が攻め込まれたら、あるいは野党や魔物の大きな被害にあったら、どうするかって。」
おそらく考えをまとめながら話しているのだろう。ゆっくり言葉を選んでいる。
「きっと助けを求めると思うんだ。例えばうちだと北方公様とか、場合によっては王宮に。魔物の場合も同じだったんじゃないかな?」
そこで一度、言葉を切るレオナード。俺とアーノルドは黙って目で続きを促した。
「魔物の場合、困った事があっても人間の軍や領主に助けを求める訳にはいかない。だから困った事があったら、少し遠いけど、北の魔王軍に助けを求めた。だけど今はその駆け込み先が無い。だから問題を起こす魔物たちがそのまま放置されてしまっているんじゃないかな。」
「なるほどなぁ…。」
と感心したように頷くアーノルド。この様子だとこいつの考えはレオナードとは違いそうだな…。
「アルも同じ考え…?」
「いや、ちょっと違う。」
やはりか。レオナードは少し驚いてはいるが、次のアーノルドの話を黙って待っている。
「俺はこう考えたのさ。無駄に戦をしない、衝突を避けるためにはどうするかって。例えばこの王国もいくつかの国に囲まれているのはレオナードも知ってるだろ?」
レオナードが頷く。この王国は山脈によって遮られた北方を除いて、東西と南でそれぞれ別の国と接している。
「仲のいい国もあれば、それほどでもない国もある。だけど年がら年中、戦争をしているわけじゃない。俺は夏休みの一件で魔物の世界も一枚岩じゃないって学んだ。北以外にもきっと大小様々な魔物の派閥や共同体があると思うんだ。」
「…そうだね、うちみたいな特殊な例もあるし…。」
複雑な表情をするレオナードにアーノルドが大きく頷いた。
「例えば人間の国同士なら、無用な争いを避けるために外交を行ったり、同盟を結んだり、条約を締結したり…政治的に色んなことをする。戦争は最終手段だ。そして、大きな国や共同体が倒れた時、大抵の場合、世の中は混乱に巻き込まれる。それが今起きてる事の正体じゃないかなってね。」
「…いや、やっぱりアルは凄いや…。」
レオナードがしきりに感心している。二人の意見が出揃ったところで俺は口を開いた。
『二人とも正解だ。単に視点というか、視線の高さの違いだな。』
「視点?」「視線の高さ?」
二人はまたもやキツネにつままれたような顔になった。まぁこの場合つまんでいるのは俺、すなわち猫なのだが。
『まずアーノルドの場合は為政者の視点で物事を考えている。国や共同体、人間の集団としての考え方だな。視線が高く、広い範囲で物事を捉えている。』
アーノルドが少し照れたように頬をぽりぽりとかいている。
『レオナードの場合はより平民寄りの視点だな。要は視線が低いわけだ。これは別に悪い意味じゃないぞ。』
視線が低いと言われレオナードががっくりと肩を落とした。
『低い視点でないと気づけないことも多い。例えばレオナードが為政者になったのなら、民に寄り添った、平和で穏やかな政治を取るかもな。ただし場合によっては国力が弱くなる場合もある。』
褒められたのか貶されたのか分からず、レオナードが微妙な顔をしている。
『逆にアーノルドが為政者になった場合、国力は強くなりやすいかも知れない。だが、それは同時に圧政や民の不満を招きやすい政治に偏ることもある。』
アーノルドは深々と頷いた。
『大切なのは両方のバランス、均衡だよ。いずれ何かを成し遂げたいと考えているのなら、この二つの視点を同時に持つことは重要だぞ。』
二人は満足げに頷いている。今回の二人の答えはそれぞれの生まれや、育った環境を反映しているに過ぎない。だが、だからこそ、この二人はお互いにかけている部分を相手から学び合うことができる。理想的な好敵手関係だ。
「それでクロはどう考えているの?」
レオナードとアーノルドが二人揃って俺の顔を覗き込む。
『大方、二人の考えている事と同じだ。だが少し気になることがあってな…。』
「気になること?」
レオナードの怪訝な顔に短くああ。と相槌を打つ。
『まず、増えてるのが魔物による被害だけじゃないってことだな。盗賊、野党といった人為的な被害も増えているという話だが…。この原因がよく分からない。』
「…そういえば、あまり気にしてなかったけど、僕ら北に向かう途中で盗賊に襲われたっけ…。」
「笑い話になっていたが、エレンたちも旅の途中で盗賊に襲われているな…。」
二人は眉をひそめて顔を見合わせている。
『こうした人為的な犯罪が増えるのはどういう時だと思う?』
こうしてレオナードとアーノルドの二人は、顎に指を当てて考え込み始めた。
どうやら今夜の講義はまだまだ続きそうだ。




