48.朝食会
「そしたらその盗人たちが一斉にこう言ったんです、あっしらはエレンの姉御についていくでやんす!って!」
テラスが笑いの渦に包まれた。当のエレンを除いて。ちなみにエレンは顔を真っ赤にさせてパズを睨んでいる。が本当に怒っているわけではなく、それが格好だけということが笑いを必死に堪える口元で分かった。
「しかし、凄い活躍だったね三人とも。褒美を取らせたいくらいだよ。」
「「「とんでもありません!!!」」」
王子殿の言葉にパズ、エレン、ティアの声が見事な三重奏を奏でる。それについにエレンが耐えきれず笑い出し、もう一度、テラスは笑いに包まれた。気持ちよく晴れた夏の朝だった。
「しかしパズ、あなたって凄いわ。商売が失敗しても吟遊詩人で食べていけるわよ。」
そう言うエレンに芝居掛かったお辞儀を返すパズ。
「同感だ。万が一そうなった場合は王宮に召し上げよう。まぁそこまで口が上手ければ商売で失敗する事もありえないだろうな。」
「アクセルマン商会を、なにとぞ、ご贔屓にお願いします。」
そういって今度は王子殿にも丁寧にお辞儀する。この胆力!本当に恐れ入る。
『…まったく、我が主人は本当に口だけは達者なのだから…。クロ殿、そなたのご主人と共に鍛え直してはくれまいか?』
そう小さなため息をついたのは俺の隣に座るパズの使い魔、鳩のアスールだ。
『あなたも苦労するわね。うちのお姫様もお転婆が過ぎて大変なのよ。今、パズ様がお話したのはまだ内容を優しくして下さってますわ!あの後、そのしつこく付き纏う盗人一味に怒って魔法を打ち込みましたの!』
そう俺に向かって物語の補足をしてくれたのはエレンの使い魔、ペルシャ猫のルビィだ。
『それはそれは…。』
俺はため息を一つ漏らした。
主人たちが賑やかに話の花を咲かせている足元で、その使い魔たちが同じように話の花を咲かせているとは誰も思いはしないだろう。
「…しかし、私は少し君達が羨ましいよ。」
ひとしきり笑いが収まった後、王子殿がポツリとこんな言葉を漏らした。
レオナードの戸惑いの感情が伝わってくる。それはアスールもルビィも同じだったようだ。俺たちもレオナード達と同様に王子殿を見つめた。
「いや、なに…私は学校に通った事がないからね。勉学は全て王宮内の家庭教師に習ったし、誰かと机を並べたり、仲間と共に旅をして寝食を共にする、などという経験が無い。そして恐らくこれからもその願いは叶うまい…。」
給仕をしていた者たち、そして俺たち使い魔も含めて、全員動きを止め、押し黙る。
その真ん中で王子殿が少し悲しげな微笑みを浮かべていた。
「…みな、そのような顔をするな。私とて自分の立場はよく分かっているし、こんな恵まれた立場で言うことではないのも分かっているさ。世の中には今日食べる物に、寝る場所に困っている者もいるのだから。」
ああなるほどな。レオナードの親友のあいつと同じ、いや、それ以上に身分の高さに苦しんでいるのだろうな。
と俺などは冷静に考えてしまうのだが、どうやら俺の主人で生徒のレオナードは違うらしい。
「…フォルテウス様、僕には、いえ僕たちには、アーノルド、という友人が居ます。彼は騎士科の生徒なので今日この場にはありませんが…。」
しばしの沈黙のあと、ゆっくり言葉を選ぶように喋りだすレオナードに、周りの者は何の話をし出すのかと当惑していた。
ただ一人、王子殿だけが黙って目で続きを促している。
「彼は、西方公ラングラン家の人間で、ええと、確か三男で、でも、それでも、人知れずその家名の大きさに悩んでいました。その、なかなか学校で友人が出来なかったらしいのです…。」
ふむ…。と小さく頷く王子殿。
パズや他の皆は気持ち居住まいを正し、レオナードの言葉に耳を傾けている。
「彼と初めて大きな喧嘩をした時、彼はこう言っていました、家名のラングランでなく、アル、と名前で呼んでくれた同級生は、僕以外に居なかった。と。あ!今はここにいるみんながアルと呼んで仲良くしてます!」
そんなこといいから。とエレンが苦笑して話を促す。
「ええと、それで、僕は地方の小貴族の次男で、アルの気持ちは正直分かってあげられないけど、別に大貴族の息子だからって友達になったわけじゃないって、そう答えたんです。」
(レオナードの奴…聞く人間が聞いたら不敬罪に問われるぞ…。)
俺は内心ヒヤヒヤしていたが、幸運な事に王子殿の周りにはそういう人間はいないようだ。
「すいません、出会ってまだ二日で、とても失礼な事を申し上げているかもしれないのですが…、僕、めいいっぱい勉強して、学園を卒業したら、必ずまたフォルテウス様にお会い出来るように…お会い出来る人間になれるように、頑張ります。なので、この朝食会の出来事をどうか忘れないで下さい。必ずまた、お会いしに参りますから!」
昨日も今日もほとんど王子殿と目を合わせられなかったレオナードが、今はじっと正面から視線を合わせている。緊張からか、テーブルの下の膝が小刻みに震えていた。
「君は…本当に不器用だな。」
ふっと王子殿が笑った。そこで緊張していた空気が一気に緩む。
「だからこそ、こんなにも面白い人間が周りに集まるのかな?」
周りに座るパズ、エレン、ティアを見渡し、そしてレオナードへ向き直る。そこで王子殿はにやりと笑った。
「ところでレオナード君、私の事はフォルテウスと呼び捨てにしてくれないのかな?フォルでも良いぞ?」
「と、と、とんでもありません!!」
意地の悪い王子殿の冗談にレオナードの声が裏返った。そこでまたどっと笑いが巻き起こる。これはレオナードが一本取られたな。
「もちろん冗談だ。そうだ、秋の競技大会、私も見物に行こうかと思うが、どう思う?爺?」
笑いの名残を残しながら王子殿はダラス先生に問いかける。
ダラス先生は王子殿のカップに新しい紅茶を注ぎながら、お心のままに。と短く答えた。
「みなはどうかな…?私が来たら迷惑か…?」
レオナード達は一斉に首を振った。
「迷惑だなんてとんでもないです!きっとアルも喜びます!」
「ああ、確かアーノルド君は無差別武術に代表として出場予定でしたね。確か昨年の新人戦は一本も落とさずに完全優勝を果たした剣の強者とか?」
レオナードにダラス先生が口添えする。このご老体、あちこちに耳があるようだ。
「フォルテウス様が応援に来て頂けるのであれば負けられないですわ!」
「姉御が張り切っていてあっしは怖いでやんすよ。」
「こらパズ!」
エレンは柳眉を逆立てた。それを見て、アスールとルビィがため息をつく。テラスは再び笑いに包まれている。
俺はそっとレオナードの足下に近づいた。気づいたレオナードと目が合う。
『これで、お前も負けられないな。』
その言葉にレオナードが力強く頷いた。




