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45.変わるもの、変わらないもの

街道をそれて暫く行くと、周りは鬱蒼とした森になっていく。北の辺境とはまた少し違った木々と下草だ。窓の向こう側に、四つの尖塔を持つ古城が見えてきた。ベルツ合宿所。王立学園所有の建物で僕らがここを訪れるのは二回目だ。

基本は一年に一回、下半期が始まってすぐに学科ごとの合宿で訪れる。上級生と下級生の交流も含め、城の裏手にある植物園で魔法植物についての講義や、野外研修が行われたりする。薬学や魔法植物に関する授業、研究を選択した場合は更に頻繁にここを訪れる事になるらしい。


そうこうしているうちに僕らは合宿所の馬車寄せまでたどり着いた。

「「「ん〜〜〜〜〜!」」」

僕は馬車を降りて大きな伸びをした。隣では後から降りてきた僕より一回り大きな体の男の子と黒猫が、それぞれ体を大きく伸ばしている。

「やっと着いたね〜!!」

男の子の名前はパズ。黒髪黒目で元は色白なのだが、夏休み明けの今回は少し日焼けをしている。そのせいか少し痩せてみえないこともない。王都の大きな商人の跡取り息子だがそれを鼻にかけたところもなく、気さくで人当たりのいいやつだ。


『相変わらず立派な城だ。やはり合宿所という響きは似合わないな。』

(去年も似たような事、言ってなかったっけ?)

黒猫の方は僕の使い魔のクロ。短毛の艶やかな黒毛、光の加減によっては濃い紫色に見える。虹彩は鮮やかな金色。猫の彼と僕は魔法の念話によって会話ができる。

『まったく、詠唱は覚えないのに余計な事ばかり覚えている。』

ふんと鼻を鳴らしながら皮肉を返された。見た目はただの猫だが、百歳以上生きているらしく、過去には魔王軍を育成した経験もあるとか…。頼もしい相棒なのだが皮肉屋で手厳しいのが玉に瑕だ。


古城の立派な門を潜り、玄関ホールに辿り着く。そこにはすでに多くの生徒の姿があった。

そしてその正面に立つ初老の男性、白髪で執事服を隙なく着こなして、まるで彫像のように佇んでいる。この城の管理者にして、魔法植物学の権威、ダラス先生だ。

僕は去年と同じ光景に既視感を覚えた。いや、恐らく毎年これが慣例で、出迎えの風景なのだろう。

ただ去年と一つだけ違うことがあった。それは合宿所を使用する上での注意の時にダラス先生の口から述べられた。

「…あと最後に一つ、今回、さる高貴なお方がここに療養のため滞在しておられます。皆さんが気にされないように、と植物園の奥の離れにてご滞在中です。例年通り、植物園は出入り自由ですが、奥の離れには近づかないようにして下さい。良いですね?」

は〜い。と間延びした返事が生徒達から返る。ダラス先生の隣に立つ、引率のハウゼル先生は苦虫を噛み潰したような顔をしたが、当のダラス先生は特に気にした様子はなかった。




「さる高貴な方って誰なんだろうね?」

夕食の席でパズが、皆んなが思っているであろう疑問を口にした。

ちなみに今日の夕飯は鶏肉を煮込んだスープとサラダにパン。これだけ聞くと質素な料理だと思われそうだが、鳥は裏山にある広い草原地帯で放し飼いにしてあり、鮮度が抜群。餌が良いのか肉質が良く、噛めば噛むほど味が滲み出る。

サラダに使われている野菜はこれまた城の菜園で採れたもので新鮮そのものだ。ポモドーロ(トマト)が甘いという事を僕は初めて知った。


午後の実習で一年生が植物園を見学している間に、鳥を三年生が、野菜を二年生が収穫してくるのが習わしだ。

ちなみに味付けに使われるミックスハーブはダラス先生秘伝のレシピらしい。こんな美味しいご飯が作れるなら魔法植物学も悪くないな。なんて思い始めている。


「確かに気になるわよね。畑から見えたあの植物園の奥の建物が離れでしょ?」

向かいに座る、鮮やかな赤髪の少女がパズに続く。彼女の名前はエレンフィール。赤みがかった薄茶色の勝気な瞳が印象的だ。

「もうエレンったら、今年は問題起こさないって約束したでしょ?」

エレンに釘を刺して来たのはその隣に座る眼鏡を掛けた黒い瞳の少女、ティアラだ。シスター(女性聖職者)が被るような白のベールで頭を覆っている。実際に彼女の家は神官の家系という話だ。

「ティアってば…分かってるわよ。もう逆さ吊りはごめんだわ。」

エレンが辟易とした顔をした。去年エレンは、とある問題を起こしてダラス先生の植物魔法によって逆さ吊りにされてしまったのだ。

その後のお説教に、なぜか僕まで巻き込まれ、とばっちりを食らったことがある。


「あぁ…ほら、噂をすれば影がさす、よ…。」

向かいのエレンが輪をかけて辟易とした顔になった。僕は後ろを振り返る。向こうから金髪碧眼の青白い肌をした男子生徒が、後ろに取り巻きをぞろぞろと引き連れて歩いてくる。去年、エレンと諍いを起こして一緒に逆さ吊りにされたマルゴワールだ。大貴族の跡取り息子でエレンとティアとは従兄妹同士らしい。事あるごとに僕らに因縁をふっかけてくる。

「や、やぁマルコ…。」

「みんな、ご飯は済んだ?さっさと親睦会の準備に行きましょ。」

形ばかりの僕のマルコへの挨拶は、エレンによって遮られた。エレンは食器を持ってさっさと立ち上がる。僕とパズ、ティアの三人は戸惑いつつもそれに従う。実際に食事はとっくに済んでいて、次の予定まで時間を潰していただけなのだ。

「おやおや?お急ぎかな?人気の無い専攻授業の生徒は大変だな。」

「ええ、私たち、それぞれ親睦会の準備を任されているの。一人じゃ何も出来ないあなたと違ってね。分かったらそこをどいて下さる?そんな大勢で突っ立ってられると邪魔なの。」

マルコの顔が歪む。だがそんな事はお構い無しにエレンは道を塞ぐマルコの取り巻きどもを睨みつけ道を作らせると、スタスタと歩き去っていった。僕らは慌ててそれに付いていく。


「もうエレンてば…喧嘩しなかったのは偉いけど…。」

「あんな奴に時間を使うなんて勿体無くてしょうがないわ。私にはまだまだ学びたい事、やりたい事がたくさんあるのよ。」

ため息をつくティアにエレンがそう答えた。だがその言い分はティアもパズも、もちろん僕も大賛成だ。

『…エレンのやつ、少し大人になったな。』

僕の隣を歩くクロが感心したように呟いている。確かに以前だと一触即発、すぐ喧嘩だったのだが、今回のエレンは違った。

ここに向かう道中、馬車の中でパズに聞いたのだが、パズ、エレン、ティアと三人で出掛けた夏休みの旅の途中に、色々な事があったらしい…。もしかしたらそれが彼女の中の何かを変えたのかもしれない。


ちなみに後ろでマルコが何事かを叫んでいるがよく聞こえなかった。

エレンはちらっとマルコを振り返って言った。

「あんな奴よりあんたらの方がよっぽと好敵手(ライバル)だわ。」

そして再び僕らに向き直る。

「新入生はがっつり生産系魔法(うち)が頂きますからね!」



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