43.再、喋る猫
「猫が!クロが喋った!!!」
俺は何度目かの既視感を覚えた。まぁ猫が喋ったら普通は驚くよな。
『やあ、アーノルド。それにオッツォ。改めて今はレオナードの使い魔をやっている、クロだ。よろしく頼むよ。』
アーノルドは引き続き目を白黒させている。オッツォの方は予想外の事には慣れがあるのか、目を丸くしながらも、ある程度、落ち着いている。
「レオはクロが喋れる事、知ってた?」
アーノルドが呆然としながらレオナードに問いかけている。
「一応は…。ただ僕以外の人と話せるなんて事は初めて知ったよ。猫が喋るなんて普通は誰も信じてくれないよ。」
「確かに…。」
『エトワールには一発で見抜かれたがな。』
レオナード、アーノルド、オッツォの三人は目をまあるくし、ミラはさもありなんという風に頷いている。
『さて、先程の質問の答えだが、ミラは俺の元同僚だ。』
これは俺の本音だった。俺は魔王になった、つまり魔物達の上に立った、なんて事は思ってもいなかったのだから。成り行き、というやつだ。
ミラは少し微妙な表情をしたが、さっき二人きりになった時に色々と言い含めてあるので、特に何も言わなかった。
「どうしてミラさんはすぐにクロに気づかなかったの?」
レオナードが首を傾げている。
『一年前の戦争のあと、すぐにお前に召喚されたからな。それ以来、会うのは初めてだ。前とは姿かたちも違うしな。』
なぜかレオナードがうっ…と小さくうめく。
使い魔の姿は主人の魔力に比例すると思っているからな。俺の今の小さな姿が、自分の魔力が足りないせいだとでも思い込んだのだろう。
勝手に思い込んだのだから放っておこう。
「ではクロ…殿も魔王に仕えていたのですか?」
『いや、俺は魔王には仕えていないよ。魔物の世界にも色々あるからな。』
律儀なオッツォに、殿は要らないよ、と付け加えてこう答えた。
『俺はどちらかというと昼行灯だったからな。ん?ぼけっとして役に立たない奴のことさ。要は怠け者だったんだよ。戦とか嫌いだったしな。』
昼行灯って何?と聞いてくるレオナードにつっけんどんに答える。
「ですが!私はクロ様に育てて頂いたと思っております!このご恩は一生忘れません!」
ミラはこれだけは譲れないと声を大にする。こいつ、昔から俺に懐いてたからなぁ…。
『まぁ、俺は教育や育成に力を入れていたしな。』
確かに当時、俺は魔物達の育成や教育に精を出していた。結果、王と呼ばれるようになってしまったのだが…。
「え?じゃあクロが昔、鍛えた軍隊ってもしかして…。」
『ああ、お前達で言う所の魔王軍ってやつだな。』
レオナードが大きな口を開けたまま、顔を青ざめさせている。
疑問顔のオッツォとアーノルドに、鍛錬を始める事になった経緯、鍛錬方法を実は俺が教えていた事などをかいつまんで説明した。
ずるい!ずるい!を連発するアーノルド。
「…またレオはとんでもない先生を見つけたものだな…。」
オッツォの嘆息混じりの言葉に、レオナードは乾いた笑いを返した。
『さて、これで大体の疑問は解消出来たと思うがどうかな?』
俺はオッツォ、アーノルド、レオナードの順に首を巡らせる。
三人は微妙な表情をし、黙って見返して来た。おそらくまだ聞きたい事はあるのだが、それが何なのかすら自分たちでも分かっていないのだ。
『さて、ではこれから先、どうするかの話に移ろうか。』
だからといってそれが何か分かるまで待つ義理は無いし、それよりも話を先に進めないと終わりが来ないのだ。
『まず、ベルナードとエトワールはどうしてる?』
「はい、森の住人達と一緒に《夢幻の森》辺りまで避難しているはずです。あそこならまず人が入り込む事はないでしょう。」
ミラが答えてくれる。レオナードとオッツォは安心したように息を吐き、《夢幻の森》ってなんだ?どこだと聞いてくるアーノルドをひとまず無視した。
『森の方はひとまず安心だろう。調査兵団の奴らにとって森は危険という意識があるはずだから川に沿って森を抜けていくはずだ。軽率な行動をする奴がいなければな。』
ちらりとミラに一瞥をくれてやると、しゅんと小さくなった。
『ミラは奴らが居なくなって安全が確保できるまで絶対この家から出るなよ。窓にもできるだけ近づくな。いいな?逆に奴らが居なくなったら《夢幻の森》まで知らせに走ってもらうからそのつもりで。』
ミラは背筋を伸ばし直すと、ハイっ!と返事を返した。
「俺たちは何をすれば良いんだ?」
『何もしない。いつも通りの生活を送る。』
鼻息を荒くしていたアーノルドが肩透かしを食らったような顔をした。
『この場合、何もしないのが一番だ。逆に何が出来る?調査兵団を倒すか?奴らはただ単に「魔王が生存しているかどうか?」を調べに来ただけだ。魔王が滅んでいると分かったらさっさと引き揚げるさ。』
クロの言う通りです。とオッツォが相槌を打ってくれる。
『兵士の多くは何事も無く、無事に家族の所に帰りたいだけだよ。無用な争いは無いに越した事はない。一年前の酒場での出来事、忘れたのか?』
レオナードとアーノルドが雷に撃たれたようにビクリと肩を震わせて硬直した。オッツォとミラは一瞬怪訝な顔をしたが二人とも何かを察してくれたのか、特に何も言わないでくれた。
『いいか、力を振るう時、振るう場所をきちんと考えろ。何も考えずに振るわれる力はただ暴力だ。そんなものは強さでも何でもない。』
四人はそれぞれに思うところがあるのか、ただ黙って頷いていた。
『さて、それじゃあ明日もみっちり朝の鍛錬だ。ベルナードがいない分、オッツォにも付き合って貰うからそのつもりで頼む。ん?ミラは留守番だ!』
レオナードとアーノルド、そしてミラはえー!?とそれぞれ不満を漏らす。オッツォはそれを見て楽しそうに笑っていた。
さぁ、明日からまた新しい日々の始まりだ。




