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42.森の隣人たち

「さて、というわけでブランシュ家には魔物の、エルフの血が流れていてね。それで魔物の皆さんと少しばかり交流があるのさ。」

少しばかり空気が和んだ後、口を開いたのは兄さんだった。そこへ、

「…あぁっ!小鬼(ゴブリン)の行商!」

立ち上がらんばかりの突然のアルの反応に僕を含めてみんなが怪訝な顔をする。

「ちょうど一年くらい前に、寮でゴブリンの襲撃を受けた時、レオがゴブリンの行商を見た事があるって口走ったんだ!今の今まですっかり忘れてたよ!」

「…あ、そんな事、あったかも…。僕もすっかり忘れてた。」

何となく朧げに記憶が蘇る。あの夜も今夜のように色んな事が次から次へと起きた夜だった。もう一年も経つのか…。

「初対面でなんだけど、あなた達って結構抜けてるわよね?」

ミラさんが軽い呆れ顔をしている。僕とアルは顔を見合わせて苦笑いを交わした。

「こほん…それでだ、オスクーロの隣人たち、魔物たちのことを我々はそう呼んでいるのだが、実は彼らを助けるために今、父さんと母さんは動いている。」

小さな咳払いを一つして、兄さんが話を進める。

なるほど。と小さく呟いて、アルが合点がいった、というような顔をした。

「アル君ももう気づいていると思うが、魔物の世界も一枚岩ではない。人間の世界と同じ様に様々な派閥や種族、考え方を持った『人たち』がいる。我々に害意を持つ者も居れば、隣人として親しくしてくれる者たちもいるのさ。」

魔物を『人たち』と表現した兄さんに、アルは神妙な顔で頷いた。


「前回も今回も、非常に助かりました。ブランシュ家の皆さんが危機を先に知らせてくれたおかげで、オスクーロの住人達の避難はほぼ済んでおります。改めて感謝申し上げます。」

「いえいえ。あなた方が森を管理し、治安の維持に努めてくれているお陰で、この村も森の恵みを受け、安全に暮らせているのです。持ちつ持たれつですよ。」

ちらりとアルを見ると、さすがに免疫がついてきたのか、兄さんとミラさんのこの会話にもそんなに驚いた様子は無かった。無かったが、だんだんワクワクと興奮したような表情になっているのは気のせいだろうか。悪い予感がする…。

「もしかしてオスクーロには魔物の国があるのですか?」

アルが身を乗り出して聞いてくる。

「国…というほどのものではないですが…各部族で集落を作って暮らしていたりします。部族間でも比較的、仲が良いので連合というか、森全体で一つの協同体を形成している事は確かですね。」

その質問にミラさんはきちんと、丁寧に答えてくれる。結果…

「行ってみたいなぁ…。レオは行ったことあるの?」

「え?うん、まぁ。一番近い集落までだけど…。」

「今度連れてってくれ!」

やはり悪い予感は的中したようだ。

「う〜ん…今は難しいと思うよ。さっきミラさんが言った通り、森の住人の皆さんは避難しているだろうし、村の外は調査兵団だらけだからね。」

「そうだった…そのことをすっかり忘れてた…。」

がっくりとうなだれて椅子に座り直すアル。可哀想だけど現実問題仕方がない。


「それに伴ってだが、ミラさんはしばらく、具体的には調査兵団が去るまではうちに隠れていると良い。」

「そんな!ご迷惑では?」

「それがですね、どうやら我が家は疑われているらしいのですよ…。」

と言って兄さんは先程のセミラミスと中隊長とのやり取りを説明する。


「おそらくこの家は監視されているでしょう。それに村の防壁の外は兵士がわんさかいるはずです。ほとぼりが冷めるまでは不自由かもしれませんがこの家の中でじっとしていて頂きたい。」

「…それが一番ご迷惑を掛けない方法なのですね。私の軽率な行動のせいで…。大変申し訳ない。」

兄さんの言葉に今度はミラさんがうなだれる。


「そういえば、ミラさんはなぜ避難しなかったのですが?そしてなぜあのような、暗殺紛いの行動に?」

アルが当然の疑問を投げかける。

「私は、出身はオスクーロの森なのですが、十を過ぎた頃、兄と共に当時の魔王様に仕え始めました。」

そこでミラさんはちらりとクロに視線を送る。

「昨年、あの勇者どもが攻め入ってきた時、私は避難する非戦闘員の警護と先導の任務を与えられました。全ての避難が終わり、城に戻った時にはもう…。」

そう言って目を伏せるミラさん。しばし沈黙がその場を支配した。

「…それで今回、居ても立っても居られずに、この命に代えてでも一矢報いようと思ったのですが…。」

ミラさんは相変わらずちらちらとクロを見ている。これ以上、言葉を続けていいのか迷っている様子だった。


「…話の途中ですいません。ミラさんとクロの関係は一体…?」

「それは僕も気になってた所なんだ。」

アルの質問は僕の疑問でもあった。

クロは一体何者なんだ?どうしてあの時、ミラさんに念話で撤退を指示できたんだ?

「それは…。」

やはり言い淀むミラさん。すると僕の隣で寝そべっていたクロがのそりと起き上がって、顔を上げた。そして…。


『…仕方がない。ここからは俺が説明しよう。』


「………は?」

今日二度目のアルの間の抜けた返事だ。

『だから、ここからは俺が説明すると言っている。』

「!!!!猫が!クロが喋った!!!」

アルは仰け反りすぎて今にも椅子から倒れ落ちそうだ。流石の兄さんも目を見開いて驚いた顔をしている。

僕は妙な既視感を覚えて思わず苦笑いをこぼした。



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