41.その時
「今度は何事ですか?」
兄さん、アル、そして僕の三人は家の外へと出て来ていた。馬を降りた中隊長とセミラミス、それにお供の兵士が二人、家の外で待っていた。
中隊長の目が真っ赤に腫れ、充血している。
「何、村の安全の確認に来たのだが、中に入れて貰っても?」
セミラミスがしれっと答えた。僕は内心ヒヤリとする。今、家の中に入られてはまずいと直感が告げている。
「お断りします。」
「…は?」
兄さんが即答した答えに、中隊長は間抜けな声を出し、セミラミスは顔を歪めた。さすがに兄さんのこの即答ぶりには、僕もアルも驚いた。
「今、何と?」
「お断りします、と申し上げました。」
セミラミスの問いに兄さんがもう一度、正面からハッキリと答える。
「何故かね?我々は別に長居をしようというわけではないのだが…。」
あまりの突っ撥ね具合にしどろもどろになる中隊長。
「先ほど我が弟に殺気を向けたような人物を、例えそれが聖騎士様といえども、家長として我が家に入れるわけには参りません。」
「貴様!それはあまりにも失礼じゃないかね!」
兄さんの言葉に激昂する中隊長。そんな彼を無視して、セミラミスと兄さんは睨み合う。
「…残念ですが私もオッツォ殿と同意見です、中隊長殿、セミラミス殿。それとも貴公らは、西方公家も敵に回されるおつもりかな?」
最後の一刺しは意外な所から飛んできた。アルだ。
この言葉に流石の中隊長は顔を青くする。
しばらくの間、あたりを沈黙が支配する。緊張感をはらんだ沈黙だ。虫の声一つ聞こえなかった。
「…まぁいいさ。だがしばらく村の防壁周りを兵で固めさせて貰おう。何が侵入してくるか分からないからな…。」
「…どうぞご自由に。」
くるりと背を向け、馬の背に登るセミラミスに、兄さんは短くそう答えた。
そうして僕たちは家の外で、彼らの背中が完全に見えなくなるまで見届けた。
「アル、ありがとう。助かったよ。」
僕はふうと、ため息を一つついてアルに礼を言った。
「いや、なんて事はないさ。実際に俺もオッツォさんと同意見だったし。ただ、色々と整理して説明してもらいたい事がいくつもあるのだが…。」
そう言ってアルは兄さんと僕を交互に見やった。
周りに十分注意しつつ、家の中に入ると、フォクシーを引き連れたクロが待っていた。玄関では何だからと家の一番奥まったところ、すなわち食堂へと場所を移す。
「かたじけない。私はフォクシーのミランダ。ミラと呼んでくれ。この借りはいつか必ずお返しする。」
彼女…ミラさんは席に着くなりこう言って深々と頭を下げた。
ついで僕達は、兄さん、アル、僕の順に名前を述べて言った。クロはいつもの食卓の隅、僕の隣にちょこんと腰掛けている。
「そうか…、オッツォ殿、レオナード殿、あなた方の父上、母上には感謝してもしきれない。我が一族を代表してお礼を言わせてくれ。本当にありがとう。」
そう言ってミラさんは再び深々と頭を下げた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!師匠とエトさんがあなたの一族とどう言う繋がりがあるんだ?」
とアルが混乱している。
ちなみに師匠とは父さんの事だ。朝の鍛錬を見てもらっているうちにアルが勝手にそう呼び出した。
これに訝しげな顔をしたのはミラさんの方だった。
「アル殿は何もご存知ないのか?」
「…えーと、アル君、実はだな…。」
「兄さん!ちょっと待って!」
僕は思わず兄さんの言葉を遮った。兄さんがアルに話そうとしている事は、どうしても僕の口から直接伝えたいことだったからだ。
「どうしたレオ?」
僕の勢いに戸惑い顔のアル。視線が僕に集まっているのを感じる中、僕は静かにアルに向き直った。
「実は…ずっと秘密にしていたんだけど…僕は…僕は…。」
心臓が早鐘のように鳴っているのが聞こえる。喉がカラカラだった。
「…。」
何も言わずにじっと見つめてくるアルと目が合った。僕はぐっと拳を握ると口を開いた。
「僕はエルフの血を引いているんだ。クォーターエルフなんだよ。」
「………は?」
たっぷり時間を開けて、アルが間の抜けた返事を返した。
「ちょっと待て。エルフってあの人が立ち入れない深い森に住むっていう伝説の?実在するのか?」
僕は大きく頷いた。
「じゃあオッツォさんも?」
「そうだ。もちろんステラもだ。」
「ええ!?」
あまりのことにアルの目が大きく見開かれている。
「母さんが、ハーフエルフなんだ。それで…。」
「なんか、もう、色々、凄いな、今日は…。」
衝撃が大きかったのかアルの喋り方がおかしい。
「黙っててごめんよ…。さすがに魔物の血を引いているなんて言えなくて…。僕のこと嫌いになるよね…。」
僕はぐっと顔を伏せた。アルの顔をまともに見れない。
「え?なんでだ?」
僕が顔を上げるとアルが虚を突かれた顔をしている。
「だって魔物の血をひいているんだよ?純粋な人間じゃない。」
僕は椅子から腰を浮かせる。
「でもレオはレオじゃないか。俺はレオが魔物の血をひいているくらいで嫌いになんてならないぞ?」
今度はこちらが虚を突かれる番だった。呆然とアルを見返してしまう。
「そりゃ、秘密にされてたのは、何というか、ちょっと腹立つけど、でもそりゃあ簡単に話せる秘密じゃないしな。でも今、言った通りだよ。レオはレオだ。前に俺に言ってくれたの覚えてるか?お前は、俺がラングラン家の人間だから、大貴族だから友人になりたいと思った事は一度もないよって言ってくれた事。」
「…初めて喧嘩した時の…。」
「それと一緒だよ。」
アルがいつものように笑顔でそう言ってくれた事で、心に刺さって小さな棘が、するりと抜けた気がした。
僕はどっと力が抜けて椅子へと座り込む。
「…ふふふ…。」
小さな笑い声が聞こえる。見ると兄さんとミラさんが笑いを堪えていた。
クロがまたか、というような表情をしている、気がする。
「な、なんだよ!」
僕は口を尖らせた。顔が赤くなっているのが分かる。
「…いや、何でもないんだ。良い友を持ったな、レオナード。俺はお前がちょっと羨ましいよ。」
そう言って兄さんが優しい顔で僕の頭を撫でてきた。こんな子供扱いされたのはしばらくぶりだった。余計に顔が赤くなったのが自分でもよく分かった。
「…私と私の兄も、お二人のように仲の良い兄妹でしたわ…。」
ミラさんがそう言って、寂しげに微笑んでいた。




