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39.招かれざる客

きっちり2日後に、それらはやって来た。


「はい、父と母は引退し、今は私が村の管理をしています。」

兵団の使者に対するオッツォのこの言葉に、アーノルドは一瞬訝しげな顔をしたが、特に何も言わなかった。

「ええ、では前回と同じ場所をお使い下さい。もちろん、川の水はご自由にどうぞ。」

使者の目的は野営地の使用許可だ。どうやら前回も使った場所があるらしく、再びそこを使う事で話が付いた。

「出来る限り、村への立ち入りはご遠慮ください。前回の事がありますので…。はい、後ほどこちらからアーノルド殿と共にお伺いしますので。」

前回、つまり一年前の魔王討伐遠征の時に、村人との間に小さな諍いがあったらしい。のどかな村には珍しく、ピリピリとした緊張感がある。


「ふぅ…。やっと帰ったな。」

使者が帰った後、オッツォが大きなため息をつく。

「すいません、俺のせいで面倒な事になって…。」

「いやいや、そんな意味じゃないよ。」

恐縮するアーノルドにオッツォは慌てて首を振った。

アーノルドが自己紹介をした時、ラングラン家の人間だと知るやいなや、使者たちは慇懃無礼な態度を一変させ、急いで今回の遠征隊長を呼びに行くと言い出した。それではかえって手間になるし、後ほどアーノルドの方から野営地へ赴く事で話がまとまったのだ。


「さて、ステラをお向かいさんにお願いして預けなければな。レオ、アル君、出掛ける準備をしようか。」

「そうですね。行こうかレオ。」

アーノルドの言葉にレオナードがうん。と返す。ここ二日ほどレオナードは元気が無い。色々と考え込んでいる様子だ。アーノルドはそんなレオナードの様子を心配そうに見ている。


しばらくして三人の準備が整った。ステラは自分も行く!と言い張ったがオッツォに一喝され、大人しく向かいの家の夫婦と老婆と一緒に待っている事になった。

「ステラちゃん、お兄ちゃん達はお仕事だから、おばあちゃんと一緒にまってましょう。」

「すいません。ご迷惑をかけてしまって。」

「何ゆってんだい。あんた達は孫みたいなもんなんだから、気にしなくていんだよ。」

恐縮するオッツォにかかか、と笑う老婆。大猪の解体の時にアーノルドに礼を述べていたあの村最年長の老婆だ。その老婆と小さく手を振るステラに見送られ、俺たちは馬に乗って出発した。


村を囲む石壁を出て、野営地へと向かう。陽が傾き、逆光になっていて動く人影が何か不気味な雰囲気を醸し出している。

「…前回の半分くらいかな?」

誰に言うとでもないレオナードの言葉に、そうだな、とオッツォが短く返す。

そうこうしながら野営地へと足を踏み入れる。一般の兵士用の天幕があちこちで準備されている中、俺達は中央の一際大きな天幕へと案内された。


「ようこそおいで下さいました、ラングラン殿、ブランシュ殿。」

俺達を迎え入れてくれたのは壮年の男だった。今回の遠征軍を率いる中隊長だという話だった。

そして天幕の中にはもう一人、俺が最も会いたくない人物がいた。

「こちらの方は、かの有名な聖騎士セミラミス様です。」

「初めまして。聖騎士のセミラミス・ル・シャプリエと申します。」

その金髪碧眼の女は、薄笑いを浮かべながらまず最初にアーノルドに握手を求め、ついでオッツォ、レオナードの順に握手を交わした。そして俺にちらりと一瞥をくれ、一瞬不快げな表情をしたが、すぐに元の薄笑いへと戻る。

「セミラミス様が魔王を倒された勇者様なのです!ですから今回の遠征も安心ですな!」

どうやらこの中隊長はセミラミスに傾倒しているようだ。媚びへつらうような雰囲気にレオナード達三人が戸惑ったように笑みを浮かべる。


それからオッツォが中隊長に、今後の予定など、いくつか質問をし、中隊長がそれに返した。その間、レオナード、アーノルド、セミラミスの三人は黙ってその話を聞いていた。


「さて、それでは我々はそろそろお暇いたします。すっかり暗くなりましたし。」

オッツォがそう告げるまで、それなりの時間を要した。なぜかというと、中隊長がいちいちセミラミスにお伺いを立てたり、事あるごとにアーノルドに話を振ろうとするからだ。おそらく出世欲が強いのだろう。媚びる雰囲気がいささかうっとおしい。


「最後に一つだけ、私から聞いてもよろしいかな?」

セミラミスの問いに、立ち上がりかけていたオッツォたち三人は座り直す。

「そのレオナード殿の足元にいる黒猫、猫にしては大人し過ぎる。知性のようなものを感じるのだが。」

獲物を見つけた時の肉食動物のような目つきで俺を見てくるセミラミス。身の毛がよだつのを感じる。

「…この子は僕の使い魔です。」

訝しさを押し殺しながらレオナードが答える。

「…弟は王都の王立学園に通う魔法士の卵です。その関係で使い魔を従えておりますが何か?」

オッツォが鋭い視線をセミラミスに向ける。セミラミスは薄笑いを崩さずにそれを受け止める。

「私は常々、使い魔、というものには反対をしているのだよ。身近に魔物を置くというのはいかがなものかと考えている。聖なる神の教えに背く行為だとは思わないかね?」

視線をレオナードに移しながらセミラミスがこう問いかける。

「…彼は僕の良き隣人であり、友だと思っています。それに申し訳こざいません、失礼を承知で申し上げますが、僕は聖神教徒ではありませんので…。」

「…ほう…。」

セミラミスはスッと目を細めた。殺気のようなものが滲み出ている。レオナードの膝が震え、額に汗が浮かんでいるが、それでもセミラミスを正面から見据え続ける。

「…個人の信仰を自由にする権利は国が認めているはずですが?何か問題がありますかな?」

そこへオッツォが助け舟をだした。言葉は丁寧だが、その眼差しと雰囲気はセミラミスに劣らず剣呑な雰囲気を放っている。さすがはあの二人の息子、というところか…。

「…それは確かに。しかし残念です。崇高なる神の教えをご理解頂けないとは。機会がありましたら是非、教会に足をお運び下さい。」

それと、と一拍置いてセミラミスは付け加えた。

「小さな魔物だからといって、足元を掬われないようにお気をつけなさいな。」

「…お言葉、感謝いたします。」

レオナードは精一杯の気概を込めてこう言い返した。


「…そ、それでは兵士に送らせましょう!どうぞお気をつけて。おーい!誰か!」

しばしの沈黙の後、中隊長が場をなんとか取りなそうと声を上げた。はっ!と短い返事が聞こえ、兜を目深にかぶった兵士が一人、天幕へと入ってくる。

「皆様を村までお送りしてく…。」

「おい貴様、所属と名前を申せ。」

中隊長の言葉はセミラミスによって遮られた。椅子から立ち上がり、剣を抜く。見ればオッツォも腰の剣に手を掛けている。

「…。」

その兵士は沈黙で返すと、突然剣を抜き放ち、セミラミスへと襲いかかった。セミラミスは剣の腹でそれを受けつつ、後ろへと軽く後退する。

「て、て、て…。」

「敵襲!!」

あまりの事に動転する中隊長を尻目に、オッツォが大声を張り上げた。



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