38.足音
本日、二話目の投稿になります。
「うわあぁ〜〜〜!」
ステラが目をキラキラと輝かせている。
食卓に並ぶ料理がいつにも増して豪華だ。
「これが、せうほいふう?の料理なの?!」
「せい、ほう、ふう、よ、ステラ!西方風!」
「せうっ!ほいっ!ふう!」
ステラとエトワールのやり取りに、食卓は笑いの渦に包まれた。あの寡黙なベルナードが口を大きく開けて笑っている。
レオナードとアーノルドが森の狩に参加した甲斐あって、村では久々の大猪が狩れた。
オスクーロの大森林は森の恵み豊かだ。たが村人の多くが高齢で、しかも狩人が不在、時々ベルナードが狩に行く程度で手付かずだった所が多い。そこに若い二人が狩を手伝った事で今回の大収穫へと繋がった。
「いやぁ、生きているうちにまた大猪の肉を食えるとは…。来年も来ておくれよ〜。」
そう礼を言う村の最年長の老婆に、はいっ!必ずっ!と意気込んで返答するアーノルドをみて、レオナードはまた深い溜息をついていた。
「せっかく立派な猪が取れたのですから、今夜は西方風に料理を仕立てましょう!」
とノリに乗っていたのはエトワールも一緒だ。
「若かりし頃の西方公様がこの森の大猪の味を気に入ってな。連れて帰って繁殖させたのが今の西方黒豚の始まりなのだよ。」
珍しく寡黙なベルナードが多弁を奮った。それくらい感慨深い出来事だったのだろう。
その日、村は熱に浮かされたようになった。『大猪は鳴き声意外、全て食べる。』なんて諺がこの村にはあるそうで、村の広場は大騒ぎだった。
ちなみにアーノルドは、大猪の解体作業の序盤で、自主退場していった。
「あ!これ!王都のあの食堂で食べたやつと同じだ!」
「…そうだな…。」
日持ちするように燻製にした猪肉に木苺のソースをふんだんにかけた料理。確かに半年と少し前にも、同じものを見たが、当時とは食べてる人間の反応が、正反対だ。、一人は恐る恐る。一人は美味しそうに頬張っている。レオナード、こういう所は強いんだな…。
みんなで賑やかに夕食を囲んでいたその時だった。早駆けの蹄の音が聞こえて来て、家の前あたりで止まる。
訝しげに顔を上げたのはベルナードと俺。
バタバタと音がして食堂のドアがバンと開けられた。
「父さん!母さん!大変だ!」
「あら?お帰りなさい。そんなに慌ててどうしたの?」
そこに立っていたのはレオナード、いやベルナードにそっくりの青年だった。おそらくこいつが…。
「お帰りなさい!オッツォ兄さん!」
レオナードの兄、オッツォだ。なるほど、この家族は父親似のオッツォ、母親似のステラ、ちょうど間のレオナード、といったところか。
「おお!レオ!お帰り!ところで…。」
オッツォの視線は戸惑い気味にアーノルドの上で止まっている。
「あ!俺は…いえ、私、アーノルド・ラングランと言います。お世話になっております。」
慌てて立ち上がると丁寧に頭を下げるアーノルド。
「あ、あぁ…これは失礼しました。レオナードの兄のオッツォと申します。以外、お見知り置き下さい。」
こちらも丁寧にお辞儀を返すオッツォ。
「ところで何があったの?オッツォ?」
エトワールの問いに、いや…ええと…。と口籠るオッツォ。どうやらアーノルドを気にしてのようだが…。
それを察したベルナードがオッツォを伴って食堂から出て行く。
「変なオッツォ兄様。」
ステラとエトワールが、そしてレオナードとアーノルドが、それぞれ顔を見合わせた。
扉の外でポソポソと喋る声が聞こえるが、さすがに内容まで聞き取る事は出来なかった。
やがてベルナードと幾分か落ち着いたオッツォが食堂へ戻ってくる。
「…とりあえず、食事にしましょう。オッツォ、お腹は空いてないの?」
エトワールがそういうと、腹ペコだよ。とやっとオッツォに笑顔が見られた。
「さて、皆に話しておこうと思う。」
食事も済み、お茶が配られたところでベルナードが口を開いた。
「…私も、お伺いしてもいいのですが?」
少しばかり緊張したアーノルドの問いに、ベルナードは黙って頷いた。
「二、三日後になると思うが、討伐、というよりは調査の為の兵団が来る事になった。」
なるほどな。それでオッツォがあんなに慌てていたのか。
レオナードは顔を青ざめさせ、対照的にエトワールは落ち着いてお茶を飲んでいる。ちなみにステラはお腹いっぱいになって眠たくなったのか、うつらうつらとしていた。
「どうしてまたそんな事に?魔物の被害でもあったのですか?」
一人、事情が飲み込めていないアーノルドが怪訝な顔でベルナードに問いかけた。
「ふむ、アーノルド君は魔王を知っているね?」
「一年ほど前に勇者様達に倒されたというあの魔王でしょうか?」
ベルナードが小さく頷いて続けた。
「実はその魔王が拠点にしていたのがオスクーロの大森林を抜けた先、ディオス・セレスティアレスの麓なのだよ。」
虚を突かれた顔をするアーノルド。こんな平和を絵に描いたような村の近くに、魔王の拠点があったなんて考えもしなかったのだろう。
「レオは知っていた?」
コクリと小さく頷くレオナード。
「責めないでやってくれ。安全管理の問題で箝口令が敷かれていたからな。噂になって命知らずな冒険者どもが来られても困るし、村の治安にも関わる。」
ベルナードの言葉にアーノルドはハッとさせられたようだ。
「す、すいません。考えが至らずで…。」
「気にしないでくれ。秘密にしていた事は確かだ。」
「それよりなぜ今更調査など?魔王は倒されたはずでは?」
アーノルドの疑問は最もだ。
「本当に魔王は滅んだのか?という事だ。各地で魔物による被害が増加傾向にあるのは知っているだろう?そのせいだ。」
なるほどと頷くアーノルド。さて、魔王の魂が実は隣の猫の中にあるとは誰も知る由はない。よって最近の魔物被害の増加は、元魔王とはまったく関係のない事なのだが…。なぜ増加しているのかはだいたい検討がつくのだけれども…。
「それよりもアーノルド君にも頼みがある。」
ベルナードの言葉にアーノルドが居住まいを正す。
「私とエトワールは暫く留守にする。先に森に入って安全を確かめてくるからその間、オッツォ、レオナードと共に村を頼めないだろうか?」
そう言って頭を下げるベルナード。
「お顔を上げて下さい!そんなことお安い御用ですから!」
慌てるアーノルド。このことで、どうして先に森に入らなければならないか、何の安全確認か、という疑問に至らなかったようだ。
「そうか。助かるよ。というわけで留守を頼むぞ、オッツォ、レオナード。」
顔を上げたベルナードの言葉に二人は黙って頷いた。
ゴン
その時鈍い音がする。全員でハッと音のした方を見た。そこには…
「…痛い…。」
おでこを抑える涙目のステラ。
どうやら眠気で大きく船を漕いでおでこを食卓にぶつけたらしい。
緊張していた空気が一気に弛緩した。
「さぁ、もうベットにはいりましょうね!その前に歯磨きしなきゃね。」
クスクス笑うエトワールに連れられて立ち上がるステラ。
「父様、オッツォ兄様、レオ兄様、アル兄様、お休みなさい。」
可愛らしくペコリと頭を下げる。
「クロもおやすみ。」
そう言って俺のおでこに小さく口づけをくれた。
まったく、お子様は気楽なものだ。




