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36.聖なる夜

「ただいま母様!」

「おかえりステラ。その猫がクロちゃんなんでしょ?放してあげないと苦しそうよ?」

クスクスと笑う母親にたしなめられ、は〜い。と返事をしながらステラは俺を解放してくれた。

ぶるっと体を一振りする。肩、凝ったなぁ…。

「ただいま母さん!」

「お帰りなさいレオ。随分遅かったわね。」

「途中で村の人たちに捕まっちゃってね。」

困ったような顔をして頭をぽりぽり掻くレオナード。

「それで、そちらが…。」

「ああ!友達のアルだよ!」

「初めまして、アーノルド・ラングランと申します。お世話になります。」

レオナードの紹介に今度は丁寧にお辞儀をし、挨拶をするアーノルド。

「初めまして。レオナードの母、エトワールです。」

手を揃えてこちらも丁寧に挨拶を返す、レオナードの母、エトワール。

顔を上げると思いもよらない事を口にした。

「…それにしても、お父君の、西方公様の若い頃にそっくりね。」

「え!?父をご存知なのですが?!」

これに驚いたのはアーノルドだけではなかった。レオナードも同じようにあんぐりと口を開けている。

「ええ。私と夫が結婚するきっかけをくれたのは他ならぬ西方公様ですもの!」

「「はぁ!?」」

レオナードとアーノルドの驚愕の声が重なる。その驚き方を見てこの悪戯好きの母君は楽しそうにクスクスと笑っている。

「ねぇ、早く中入ろうよー!」

この場で唯一、状況が理解出来ていないステラが母親のスカートの裾を引っ張っている。

「はいはい。そうしましょ!二人も詳しい話は夕食の時にでも。それと…。」

あんぐりと口を開けた二人を置いて、エトワールは軽く腰を折って屈み込んだ。

「あなたも、よろしくね。」

落ちて来た髪をかき上げながら、にっこりと俺に笑いかける。俺は尻尾を振りながらその目を見つめ返し、にゃあと鳴いた。

その時、俺の目に見えていたものは、光魔法で巧妙に

隠された、()()()()()()()()だった。

(…この女…俺の事に多少は気づいているようだな…。)




時刻は夕飯時。俺たちは四角い食卓の上で夕食を囲っていた。家族の一員、という事で俺もテーブルの上でご相伴に預かっている。場所はステラの隣だ。


「え!?じゃあ父さんも母さんも昔は西方公様に仕えていたの!?」

「そうなの。だからレオがアル君とお友達になったって手紙を貰った時はびっくりしたわよ。一度繋がった縁というものはそう簡単には切れないものなのね。」

にこやかに笑うエトワール。隣ではすらりとした長身の男がうんうん頷いている。名前はベルナード。エトワールの夫でレオナードの父親だ。こうしてみるとレオナードは髪と瞳の色は母親譲り。顔立ちは父親譲りだな。


あれから程なくしてレオナードの父親、ベルナードが鴨を二羽と野うさぎを三匹ほど手に携えて、森から戻ってきた。まぁ!大収穫ね!というエトワールに無言で手渡し、アーノルドに向き合った。

「レオの父親、ベルナードだ。よろしく。」

そう簡潔に言って無骨な手を差し出すと、アーノルドとがっちり握手を交わした。


「親父に教えたら驚くだろうな。」

「その前に僕らがだいぶ驚かされたけどね。」

「違いない。」

そう言ってレオナードとアーノルドは顔を見合わせて笑う。実に和やかな夕食の時間だ。


「さ、て、と!あなた達は温泉でも行ってらっしゃい。旅の疲れと汚れを落としてくるといいわ。ついでにステラを連れて行ってくれると助かるんだけど。」

夕食の片付けもあらかた済んだところで、エトワールがこう切り出した。

「よし!アル、行こうか!ステラも!」

「おお!あの途中でみた建物だよな?楽しみだなぁ。」

アーノルドはウキウキといった様子で立ち上がる。ステラは、もっとクロと遊ぶー!と駄々をこねたが、エトワールに軽く睨まれて渋々立ち上がった。

「クロはどうする?」

そうレオナードに問われて、俺は小さく首を振った。


「さて、これでしばらくはあの子たちも帰って来ないわね。」

風呂屋へと出かけた三人を見送って、エトワールが食卓へと戻ってきた。ベルナードは静かにお茶を飲み、俺は伏せて前足に顎を乗せて寛いでいた。


「それで、あなたは一体何者なのかしら?」


俺は顔を上げる。エトワールがにこやかに笑っている。横ではベルナードが新しいお茶を注いでいた。が、二人にはまったく隙が無い。

(…この二人、強いな…。)

俺はゆっくりと座り直して二人を交互に見つめた。そして、

『…ふむ。これで聞こえるかね?』

「…!」

「猫が喋った!?いえ…これは魔法の一種ね…。」

念話を波状に拡散して二人に向けて放ってみる。気配や魔力感知に慣れた人間であれば受信できると思ったが案の定だった。

二人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに落ち着いた表情に戻る。不測の事態にも冷静さを失わないあたりが、この二人の強さを物語っている。

『さて、これで大丈夫なようだし、まずは質問の答えだが、俺は()()あなた方の息子の使い魔だ。種族は黒猫の魔物(シャ・ノワール)といったところか。』

「今は…ね…。」

エトワールが細い指を頬に当てて俺の言葉を反芻している。

『そうさな。()()()()()()()。今言えることはそれくらいかな。』

なるほど、それで…。とエトワール。ベルナードは何も言わずにじっと俺を見ている。

『それではこちらからも一ついいかな?あなたは()()()()()()()()()だな?』

「…やっぱり見えていたのね。」

ふぅと小さくため息つき、髪をかきあげるエトワールと、眉根を寄せ、今日初めて険しい顔を見せるベルナード。


エルフとは森の奥深くに住む種族の一つで《森の民》と呼ばれたりもする。人間種よりも強い体力、魔力を持ち、長命の種族で知性も高い。どこかの森にはエルフの都が存在するという伝説すらある。人前に滅多に姿を見せることは無く、まして、人間以外の知的生命体を魔物と忌避する聖神教会の力が強いこの国ではまず出会える事はないだろう。


『なるほどな。レオナードはエルフの血をひいていたか。色々と納得がいったよ。』

「ハーフエルフとかクォーターエルフとは呼ばないのね…。」

『差別用語だと思っているからな。』

俺のこの言葉に小さく目を見開き、顔を見合わせる二人。そしてお互いの顔がおかしかったのか、小さく笑いだした。俺は訳が分からずに首を傾げる。

「…レオナードは、本当に、良い友を得た…。」

ほとんど言葉を発しない、無口で寡黙なベルナードが口を開いた。ええ本当に。とエトワールが相槌を打つ。

『ちなみにだが、レオナードは自分の事を、エルフの血をひいている事を知っているのか?』

「ええ、もちろん。家族ですもの。」

そういって優しく微笑むエトワール。

「でも何があるか分からないから、本当に信用できる人以外には教えてはいけない、と言い渡しているわ。」

『…俺は、本当には、信用されていないということか…。』

「そういう風に言わないで。」

そう言ってエトワールはそっと俺の顎に指を添わせる。愛情に溢れた、温かい指先だった。

()()()()()()()()()分かるでしょ?エルフの、魔物の血を引く者が、人間の中で生きていくのにどれだけの緊張を強いられるか…。」

その言葉に俺は沈黙をもって答える。

『それにあなたと、そしてアーノルドをこの地に連れてきた。ということは、あの子なりに伝える覚悟が出来た。ということだと思うわ。』

『…ふむ…。しかし、現状は魔物に分類される俺は別として、アーノルドに知られても構わないのか?』

「ええ。それがレオが決めたことならば。それにあのお方、西方公様からも、アーノルドに広い世界を見せてやって欲しい。と頼まれていますから。」

『そうか!これは…一本取られたな…。』

ふふふ…。と悪戯っ子のように笑うエトワール。


そもそもこの二人を西方公が引き合わせたのなら、レオナードがエルフの血をひいていることも、初めから知っていたはずだ。まして、長い夏休みを他家で過ごすのだ。それを実家に連絡しないなど、あの生真面目なアーノルドがする訳がない。つまり、彼らは、西方公も含め、初めから全て知っていて、それでいて子供達の思いを尊重し、その成長を黙って見守っているのだ。


『…これが親というものか…敵わないな…。』

俺は嘆息する。

「いいえ、あなたが居たからこそ、今日までのレオナードの成長があったのよ。感謝してもしきれないわ。」

エトワールは俺をそっと抱き抱え額に口付けしながらこう言った。

「これからもどうぞ、あの子をお導き下さい。《聖なる夜(ニュイ・サント)》よ。」

暖かな力が流れ込むのを感じる。

『…《エルフの祝福》か…。これは余計なものを受け取ってしまったな…。』

俺が皮肉交じりにそう言うと、エトワールとベルナードは小さく声を出して笑った。


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