29.魔法とは
春というのは本当に短いと思う。最初の一ヶ月はあっと言う間に過ぎ去ってしまった。この前まで雪を乗せていた枝に、今は新緑が芽吹いて来ている。
「新しい授業はどうだい?」
いつもの朝の鍛錬を終え、一休みしながら僕はアルに聞いてみた。
「実技はあまり変わりばえがしないな。座学は少し難しくなったが…。歴史学とかは眠くてかなわん。」
「それ、少し分かる。」
僕は苦笑いをしながらアルに賛同した。魔法科と騎士科は別々の授業体系だが、歴史学の教師は同じはずだ。
「あの先生の喋り方が眠くなるのよ!あれはきっと歴史学じゃなくて催眠魔法の授業なのよ!ってエレンが言ってたよ。」
僕がエレンを真似てそう話すとアルが大笑いをした。
「ところで、もうすぐ競技大会の選抜試験申し込みだが、レオはどれかに申し込まないのか?」
ひとしきり二人で笑った後、アルがこう尋ねてくる。クロが顔を上げて僕を凝視してくるのが分かった。
「う、う〜ん…まだ悩んでるんだ。」
実は先日、この事でクロと一悶着あったのだ。
僕は両手を握り、その両方にじっと意識を集中していた。指の隙間からは光が漏れている。
『よし、いいぞ。』
クロの一声に僕は息を吐いて意識を緩める。光はスッと弱くなり消え去った。両手を開いて机の上に握っていた物を置く。二つの半透明な石。輝光石だ。
『だいぶ良くなったんじゃないか?そろそろ次の段階に行けそうだな。』
「本当!やった!」
僕はぐっと小さく握り拳を作った。
去年の秋あたりから夜に新しい鍛錬が加わった。それは魔力操作の鍛錬だ。輝光石を握り、それを光らせ続けるというもの。最初はなんだそりゃ?と半信半疑だったがやってみて分かった、めちゃくちゃ大変だ。最初は30秒と持たなかった。それも片手で。
「なぁクロ。朝も脚に魔力を集めて走るようにしているけど、それとこれって何が違うの?」
『ふむ当たり前の疑問だな。あれは確かに魔力操作の一つだか単に体の中での魔力操作に過ぎない。要は脚に少し力を込める。程度の感覚だ。だが輝光石を光らせ続ける、ということは体内の魔力を手に集め、凝縮して、体の外へ、石へ伝え続ける。』
「…つまり、体の中と外の違い?」
『…まぁそれも一つの違いだな。やっていけば分かるさ。』
クロに微妙な顔をされてしまった。
「しかし魔力操作ってこんなに難しいんだね。」
両手で目標の5分を維持するのに半年の時間がかかった。
『そうだな。しかしとても大切なんだよ。去年の夏の合宿でマルコの火球を自分で払ったのは覚えているな?』
「そんなこともあったね。あの時は無我夢中だったから…。」
『理論上、今のお前ならあれを意識的に、しかも両手で5分間続けられるって事だ。まぁ実際にはそんな事は滅多に起こらないし、する必要も無いがな。』
「…でもそれって結構すごい事だよね…?」
こくんとクロは頷いた。
『まぁまだ10段階の2くらいのレベルだがな。』
「げ…。」
相変わらず厳しい先生だ…。
『だが今のお前なら魔法競技会の魔法戦闘部門でもいいとこまで行けそうだな。』
「そうだね…。え!?僕が魔法戦闘部門!?」
クロが何か変な事を言ったかというように訝しげな顔をする。
『魔法射撃だとお前では絶対にエレンに勝てない。』
「それはそうだろうけど…。」
僕は去年の競技大会、エレンの圧倒的な魔法射撃を思い出していた。恐ろしい大きさと速度の火球が、相手の魔法すら巻き込んで的を粉砕していた。そう、当てる、ではなく粉砕、だ。時には一つの火球で二つの的を粉砕していたのだ。あれは対戦する相手の方が可哀想だ。
『あれは規格外だ。気にするな。』
「ま、まぁ…ね…。同じ魔法士として気にするなと言われてもだけど…。でもどうして魔法戦闘なの?それこそエレンが魔法戦闘に出てきたら勝てないんじゃない?」
『エレンの父親がそんな事を許すと思うか?』
「あ、そうか。」
エレンの父親はエレンを溺愛していると聞く。直接魔法をぶつけ合う魔法戦闘なんて許すはずがない。
『それにな、恐らくだが、魔法戦闘に関してはお前はエレンにひけを取らない。いや、場合によっては勝てるだろう。』
僕は目を白黒させた。
「ぼ、僕が?あのエレンに?いったいどういう理屈で…?」
クロはやれやれと頭を振る。
『お前は去年の魔法戦闘の試合を見たよな?』
僕は小さく頷く。
『どう思った?どんな奴が勝てると思う?』
「どうって…。」
僕は去年、新人戦の合間に観戦した試合を思い出す。
「ん〜…、やっぱり強い魔法が打てる人?後は詠唱が早い人とか?」
『そうだな。間違ってはいない。でもそれだとやはりエレンに分がある。』
間違いではないけど、正解でもない。クロは尻尾を揺らして押し黙っている。
「…う、動ける人…かな?相手の魔法を避けれる人…。」
去年の優勝者は、やたら避けるのが上手かった記憶がある。
『正解だ。』
「…え?うそ?」
『当たってるぞ。自信持て。』
クロは大きなため息をつく。正解したのに呆れられた…。
「え?じゃあ動ける人が魔法戦闘については強いって事?」
『そうだな。単純に考えろ。魔法を防ぐのと避けるのどっちが楽だ?』
「…避ける方。」
疑心暗鬼で答えるが、普通に考えてそうなはずだ。
『正解だ。では、魔法を近くで当てるのと、遠くで当てるの、どっちが楽だ?』
「…近くで当てるの。」
これは疑いようもない事実だ。目の前の的と遠く離れた的なら、目の前の的の方が楽に決まってる。
『これも正解だ。それでは一対一の魔法戦闘での勝利要素で大部分を占めるのは何だ?』
「…機動力?」
『その通りだ。』
僕は雷に打たれたような感覚を覚えた。雷に打たれた事はもちろんないのだけれども…。それくらい衝撃を覚えたって事だ。
「…つまり、僕にはエレンの魔法を上回る機動力があるってこと?」
『それはまだ、もう少し別の鍛錬が必要だが…。体力に関してはその辺の魔法士とは比べるべくもないな。よくめげずに走り込んでいるよ。まぁまだまだだけどな。』
不器用だがこれがクロの褒め方だ。僕は顔が赤くなっていくのを感じた。だがすぐに次の疑問点にぶち当たる。
「攻撃はどうするの?近づいたところで素手では魔法障壁を破れないよ?下手したら失格だ。」
魔法戦闘部門はその名の通り、魔法以外の攻撃は有効にはならない。というのも出場選手は魔法結界が込められた装飾を身につける。その魔法結界を破壊すると勝利というわけだがその魔法結界は魔法攻撃にしか反応しない。逆に素手で攻撃した場合は失格になる。
『では魔法とはそもそもなんだ?』
「えぇ?」
突然の質問に慄く。しかもかなり抽象的だ。だがその瞬間、僕の頭の中に、授業で聞いた一つの文句が思い浮かんだ。
「魔法とは、魔力によって引き起こされる事象…。」
『その通りだ。』
完全にクロの手の内だと思いつつ、僕は何か自分の内側で怖気立つものを感じた。
『ではお前がさっき両腕に集めていたのはなんだ?』
「…魔力。」
『つまりその状態の腕で人を殴ったとしても魔法による攻撃になるな。』
「…!?」
さすがにこれは予想の斜め上を通り越していた。




