28.春風
二年生の部、スタートです。
王都にしては降ったという春先の雪も、積もる事なく今は木の枝に少しの名残を残すのみだ。空は高く晴れ渡っている。
「「きゅうじゅうきゅう!ひゃく!」」
僕ら二人は最後の一振りを終えると剣を下ろし、軽く息を整える。冷たい風が火照った頬に心地良かった。
「このままだと、あっと言う間にレオに追いつかれそうだな。もっと頑張らないとだ。」
「競技大会の優勝者に言われるとお世辞でも嬉しいな。」
そう返すとアルは微妙な苦笑いを浮かべた。
新年の宴と挨拶が終わったらすぐ戻ってくる、と言っていたアルが寮に戻ってきたのは、冬休みも半ばを過ぎた一月の終わりだった。帰って来たアルの顔は目に見えて憔悴していた。
「どうしたのそんな疲れた顔して?」
「聞いてくれよレオ…。」
と言ってアルが語り出したのは、連日連夜訪れる様々な貴族家からの使いと見合い話への対応だった。夏にも似たような事があったがその比では無かったらしい。
「競技大会での優勝が災いしたらしい…。噂に尾びれ背びれが付いて何がなんだか…。」
競技大会で圧倒的な強さを見せたアルには、卒業後は国軍幹部候補生でそのまま出世街道が用意されてるとか、鳴り物入りで聖騎士隊に入る予定だとか、果ては次期勇者候補、なんていう様々な噂が付いて回っているらしい。
「人気者は辛いな。」
渋い顔をしているアルの肩を、含み笑いをしながら、僕は叩いた。
「…レオ、だんだん意地悪になってきたな…。」
そうかな?と言って僕はとぼける。
「今日の入学式でも在校生代表挨拶の予定なんだろ?頑張ってね。」
深いため息をついて肩を落とすアル。足元でクロがにゃあと鳴いた。
「さ、朝食を食べに行こうよ!今日は遅刻できないしね!」
そう言って僕は足取りの重いアルの背中を押して歩き出した。
さぁ!今日から僕たちもいよいよ二年生だ。
「レオ、だいたい授業決まった?」
場所は学校のいくつかあるうちの食堂の一つだ。魔法科に近いせいかテーブルのほとんどは魔法科の生徒かその関係者で埋まっている。
どれどれとパズが僕の手元の紙を覗き込んでくる。
「あ、医療系も少し取るんだね!」
「本当に基礎の触りのとこだけね。少し位は知っておいてもいいかなって。」
「あとは…、あ、魔物学と歴史学が一緒だ!頑張ろうね!」
「本当?パズが一緒だと心強いな!よろしく!」
おっとりとした雰囲気のパズだが、商人の才覚なのか、座学に関しては学年でも首位を争うほど頭が良い。期末の座学試験の時は本当に助けられた。
「レオ、パズ、お隣いいかしら?」
「こんにちは。」
聞き慣れた二つの声がして僕らは顔を上げた。鮮やかな赤髪の少女と眼鏡をかけた控えめな少女の二人組。エレンとティアだ。
「やぁ、久し振り!二人とも元気だった?」
パズが大きな体を寄せてスペースを作る。僕もそれに習った。パスの隣にはエレン、僕の隣にティアがそれぞれ腰掛ける。足元ではクロとエレンの使い魔、ペルシャ猫のルビィがにゃあと鳴いて挨拶を交わしている。
「授業選択?」
エレンがそう問いかけパズと僕の手元の紙を交互に覗き込む。ティアはクロとルビィを撫でてなぜかとても嬉しそうだ。パスの使い魔、アスールも寄って来ている。
「あら!二人も魔物学と歴史学取るのね!私たちも取るからよろしくね!」
「これは…賑やかになりそうだね…。」
僕は喧しいという言葉をすんでの所で置き換えた。案の定、エレンが何よ?という顔で見てくる。
「え?そうなの?二人が一緒なら絶対楽しいじゃないか!」
「ええ、私もそう思います。お二人ともよろしくお願いしますね。」
能天気なパズとにこやかなティアに助けられた。危ない危ない…。
「 …あら?レオ君も基礎医療魔法のクラスを取るんですね。合宿の時の様子だと医療系魔法は取らないんじゃないかと思ってましたわ。」
ティアが僕の手元の紙を覗き込む。フワッと香る花のような香りにドギマギする。
「い、いや、一応基礎だけでもと思ってさ。なんせ実家がど田舎だから医者の数も少ないし、応急処置位は出来た方が良いかなと思って。」
「レオは血を見たらぶっ倒れちゃうんじゃないの?」
エレンが意地悪な顔をしてやり返してきた。
「そういうこと言ってると怪我した時に助けてやらないぞ!」
「私にはティアがいるもーん!なんせ学年首位なんだから!」
「エレンてば…恥ずかしいから止めて…。」
ティアが顔を赤くしてもじもじし出した。そう、昨年の学期末試験、座学の部で学年首位を取ったのは他でも無くティアだった。
「医療系魔法を取るためにはある程度良い成績が必要だから〜って、それで一位取っちゃう?凄いわよねぇ。」
エレンは呆れているのか感心しているのか、いやその両方か。ティアがさらに顔を赤らめる。
「そういや、エレンは何を選択したの?」
「私?攻撃魔法の授業を少しと鍛治とか錬金とかの産業系魔法よ。」
僕だけでなくパズまで意外という顔をした。
「あれ?懇親会の時、家の事情で軍事魔法系に進むって言ってなかった?」
「叔父様が反対されたんです。」
ティアがクスクス笑いながら、お返しとばかりに種明かしをしてくる。微妙な表情をするエレン。
「競技大会の時のエレンを見て、誇らしいけど心配過ぎて見てられなかったって。実際、叔母様の背中に隠れて恐々と見てらっしゃったらしいわ。」
「…本当にあのダメ親父…。お母様が呆れてたわ。」
「あら?でも素直に言う事を聞くあたり、エレンも満更じゃないんでしょ?」
そ、それは…といって今度はエレンが顔を赤くしてもじもじとしだす番だった。エレンを言い負かせるのはティアくらいだな。
鉱物学取る?取るなら一緒だね!とパズがエレンと楽しそうに話している。今年も何かと退屈しない一年になりそうだ。




