26.友として
「アルとエレンには勝って欲しいな…。」
レオナードが誰ともなく呟く。
あれから先輩にお礼を言って、エレンを学園の外で待っていた馬車まで送り出してから、彼らは解散した。
学校に用事があると言うアーノルドと別れ、俺たちは今、寮の方へと歩いている。
『応援してやればいい。それ以外何かあるのか?』
「何かというか…。エレンはマルコには負けないで欲しいし…。」
『自分が勝てない腹いせか?』
「そんな風に言わなくても…。」
レオナードが、もごもごと口籠る。
『冗談だよ。俺もあいつは嫌いだからな。できればスカッと吹っ飛ばして欲しいくらいだ。』
「物騒だな…。」
二人でふふっと小さく笑う。
『恐らくエレンは大丈夫だろう。お前は気づいてないかもしれないがあの子の魔力量は桁違いだ。俺からしたらどうしてマルコがあんなに強気に出れるのか分からん。もしエレンが本気で怒ったら一瞬で消炭にされると思うぞ。』
「うそ…。絶対エレンだけは怒らせずにいよう…。」
レオナードの顔が青褪める。すでに合宿の時に一回危ない目にあっているのだが…本人は気づいていないようだし黙っていよう。
「で、アルはどうかな?」
『どうというと?』
「勝てるかな?って。」
『それは分からんな。相手次第だろう。』
「え?だってあんなに鍛錬してるのに…。」
俺はレオナードを振り返る。
『他の選手がもし、もっと鍛錬していたら?』
それは…。と口籠るレオナード。
『お前ら二人が毎日しっかり鍛錬しているのは俺も認めよう。』
硬かったレオナードの表情が、少しだけやわらぐ。
『お前が気にしているのはそこじゃない。さっきの話だろう?』
前にも増して表情を硬くするレオナード。
『…何が不満なんだ?』
「…いや、なんだろ…。競技会って、鍛錬の成果を出す場所じゃないのかな?って…。さっきクロが言った通り、相手の方がもっと頑張ってたのなら負けても文句は言えないけど…。」
『装備の差で勝敗が着くのは、もっと言えば家…いや金の差で勝敗が着くのは納得いかない。と。』
「…そう、なんだけど…。」
(少し、自信がついてきたと思ったが…。こいつの劣等感は思ったよりも強いな…。)
「…アルにはアル自身の力で勝って欲しいなって…。」
俺は足を止め、体ごと振り返った。つられてレオナードも足を止める。
『レオは、もし代表の生徒たちが家の力を借りたら卑怯だと思うか?』
「えっと…それは…。公平じゃないと思う…。」
『ではアーノルドも家の力を借りたら卑怯なのか?奴は曲がりなりにも西方公の子息だ。先程、奴自身の力で勝って欲しいと言ったが、それは奴の力の一つではないのか?』
公平じゃないという言葉に対して俺はあえて卑怯という言葉を出した。
レオナードは何も言わずに唇を噛んでいる。しばしの間、沈黙が続く。日はとっくに暮れ、あたりには秋の虫の声が鳴り響いていた。
『…奴が、アーノルドが、家に助力を求めたら、お前は友を辞めるか?』
「!!そんな事は絶対にない!!アルは俺の友達だ!!」
レオナードが思いのほか強い口調で返してきた。
『じゃあ、あいつの事を信じてやれ。』
「…信じる?」
『そうだ。家の力を使うも使わないも、決めるのはアーノルド自身だ。お前じゃない。』
俺はそうだろと目線を向ける。レオナードは黙って頷く。
『あいつならそこに必ず何かしらの理由があるはずだ。それを聞いてやれ。そこに納得がいかなかったらとことん話し合えばいい。ほら、ちょうどいい頃合いだ。』
「あれ?レオ?何してんのこんな所で?」
そこへ、アーノルド本人が現れた。大きな木の箱を抱えている。
「…ちょ、ちょっと虫の声を聞いてて…。」
風流だな。そう言ってアーノルドが笑う。
「悪いけどちょっと手伝ってくれたら嬉しいな。これ、結構重くてさ。」
「これ、何…、鎧?」
箱を覗き込んだレオナードが眉をしかめる。
「あぁ、試合で使う鎧。今しがた学校で借りてきた。明日からこれ着て朝の鍛錬をしようと思ってさ!」
「え…!?家から良い鎧を送ってもらったりしないの?」
アーノルドが顔をしかめる。
「お願いしたって送ってくれるわけない。自分でなんとかしろって言われるに決まってる。それより片側持ってくれないか?」
レオナードは慌てて箱に手を添える。うっ…と唸ったあたり、結構重たいのだろう。そのまま2人は寮へと向かって歩き出す。俺はそれを先導するように前を歩いていた。
「…アルは…いいの?」
「何が?」
「いや、他の生徒は家から良い装備を持って来るんじゃないかな?と思って…。」
「そうかもな…。」
そこで少し微妙な間ができる。
「アルは…それは卑怯だとは思わないの?」
「別に卑怯だなんて思わないさ。」
驚いた声でアーノルドが即答している。
「でも自分だってこんな使い古しじゃなく、良い装備を揃える力も権利もあるんだよ?」
まぁなぁ。と答えて再び黙り込むアーノルド。寮の灯りが見えてきた。
「…例えばさ、いざ本当の戦い、いや殺し合いになった時、装備がどうとかって言ったって仕方ないだろ?だから装備だけに頼らない、自分の力で戦ってみたい。ってのはあるよな。半分は俺の見栄だけど。」
「アル…。」
レオナードの言葉はそのまま途切れる。
「ほら俺らはまだ生徒で、あくまで競技会だ。本当に殺し合いをする訳じゃないし、負けたっていんだよ。」
そう言ってアーノルドが笑う気配がする。そのあと、ふと真剣な声になった。
「…それに、レオも知っての通り、今の世の中、何かが不安定だ…。魔物が増えてたり、盗賊被害が増えてたり…。魔王を倒したって浮かれてるのは極一部の人間だけだな…。」
「…確かに…。」
「俺としては、学生のたかが競技会の装備に金を使うのであれば、それを少しでも国や故郷を守る為に使って欲しいのさ。たとえそれが俺一人分の微々たる金でもな。」
俺は思わず振り返った。
(こいつは…やはり西方公の息子だけあってか、視野が広いというか何というか…。)
隣ではレオナードがあんぐり口を開けて、ついで真っ赤になった。
「…なんか…ごめん…。僕、今もの凄い自分の事が恥ずかしい…。」
「なんでだよ!照れるだろ!やめろ!それにほら!剣は買っちまったわけだし!あれは小遣いで買ってるから大きく見れば親の金でな!」
「それでも十分偉いよ。」
「いいからやめてくれ!恥ずかしい!」
なぜかアーノルドまで顔を真っ赤にしている。俺はレオナードと目が合った。
(クロ、ありがとう。)
念話を送ってくる。
『やめろやい。俺まで恥ずかしくなってくる。』
そう言って俺は前を向いてまた歩き出した。後ろからレオナードと遅れてアーノルドの笑い声が聞こえてきた。
心地良い虫の音が響く。気持ちのいい夜だった。




