21.光と陰
「な、何!?」
悲鳴を聞いてビクリと体を震わせる三人。
「みんなここに居て!パズ!二人を頼む!クロ!」
クロへ呼び掛けると僕は馬車の外へと飛び出した。
『レオ、武器を忘れるなよ。』
「分かってる!」
荷台に括り付けてあった自分の荷物から、鍛錬用に持ってきていた木剣を引き抜く。前回の戦いの後、きちんと反省会をしておいて良かった。
ぐるっと馬車を周り街道の方へ出てみると
「また小鬼!?」
『そのようだ。だが少し様子がおかしいな…。』
従者の男二人と小鬼が五匹、向かい合っている。
「大丈夫ですか!?」
「!!…まだ何もされてませんが…。坊ちゃんも注意してくだせぇ。」
従者たちは突然の僕の登場に驚いたようだが、木剣を持っているのを見て特にそれ以上は何も言わなかった。少しでも戦力が欲しい状況なのだろう。
『どこかから焼け出されて来たか?』
見れば小鬼の方はあちこちに傷を負っていたり、装備もボロボロだった。顔や肌も煤けている。戦う意思よりは怯えの方が強く出ているようだ。
『…レオナード、俺に任せてくれないか?』
「クロ!?」
暫く睨み合った後、クロが静かに前に進み出た。警戒を強める小鬼ども。一番手前のリーダー格らしい小鬼の少し手前でクロは足を止めた。その額から静かに光の糸が伸びていくのが僕の目には見えた。
(念話をしようとしている?!)
「ギギッ!?」
光の糸が届いた途端に驚きを表す小鬼。だがすぐに静かになった。緊張した沈黙が続く。クロの尻尾だけがゆっくりと揺れていた。
「…動いた…。」
自分の声がやけに大きく聞こえる。小鬼たちが少しずつ後ずさって行く。やがて森の端まで辿り着くとばっと振り返り、後ろを見る事なく森の奥へと消えていった。
「…た、助かったぁ。」
エレンの従者がへたり込む。意外に戦い慣れているのかパズの従者は落ち着いていた。
「いやぁ、助かったよ、本当に。おまえさん、小せえのに凄いなぁ!」
足元に戻ってきたクロの頭を撫でている。クロは気持ち良さそうに目を細めている。こうして見ると本当にただの猫にしか見えないのだが…。
それを横目に見ながら、僕はじっと小鬼たちが消えていった森の方を見ていた。
「しかし見直したわ!レオくんって案外やるのね!」
「そ、そんな事…。実際追い払ったのはクロだし…。」
「いや、本当に凄いと思うな!僕なんてレオが扉開けた瞬間にビクッとしちゃったもんね。」
「私も、そう思います…。」
あまりに手放しに褒められると照れてしまう。耳まで真っ赤になっているのが自分でもよく分かった。
馬車は小さな音を立てて走って行く。エレンの馬車の修理は終わったのだが、簡易修理という事と万が一の保険のために、僕ら四人はパズの馬車に乗り合わせて王都へと向かっていた。
「ほんとね!クロもお疲れ様!」
エレンとティアに代わる代わる頭を撫でられてクロはご満悦だ。
そんなクロの様子を見ながら、僕はさっきクロから聞いた話の内容を思い返していた。
『彼らはどうやら、とばっちりを受けたようだな。』
「とばっちり…?」
小鬼たちが去って馬車の修理が再開された。見張りという名目で僕とクロは馬車の外に待機していたのだが、僕の目的は他にあった。何故、小鬼たちは撤退していったのか?それをクロに聞くために。
『あぁ、とばっちりだな。この前のお前みたいなもんだよ。』
「あれは…。」
クロの意地悪に僕は言葉を詰まらせる。鼻でふふんと笑うとクロはこう続けた。
『予想するに、夏休みの一件のせいでこの辺りの魔物の討伐隊が組まれたようだ。』
「討伐隊?じゃああいつらは夏休みの小鬼とは別物ってこと?」
『そうだな。話を聞く限りでは彼らはこのあたりの山奥に小さな集落を作って静かに暮らしていたようだ。そこに突然、人間の軍隊が侵略して来たらしい。』
僕は言葉を失った。そんな僕の様子をチラリと見てクロは続ける。
『彼ら曰く、王都に侵入した一団とは全く関係がないらしい。』
「そうか、冷静に考えたら全部が全部、同じ小鬼とは限らないもんな…。」
僕の言葉にクロが小さく頷く気配がする。
『事件の事すら知らなかった。それどころか比較的大人しい部族だったようでな、人里を襲った事など無いと言っていた。。諍いの元になるしな。自分たちの里が襲われた理由が全く分からないと言っていたよ。』
「そんな…じゃあ彼らも被害者じゃあ…。」
『そんな事を言えるのはお前が事情を知る事ができるからさ。全く何の事情も知らない人間からしたら魔物なんてのは十把一絡げ。みんな同じにしか見えないのだろうな。』
クロの声にどことなく悲しみの匂いを感じる。同じ魔物として何か思うところがあるのだろう…。
それからしばらく僕らは黙って過ごした。程なくして馬車の修理が終わったのだった。
「それじゃあまた学校でね!」
「レオくんも、パズくんも気をつけてね!」
僕らは馬車の窓から手を振る二人を見送る。場所は王都を囲む城壁をくぐって程なくしたところだ。ここまでくれば後はどうとでもなるという事で僕らは別れることになった。
「さ、僕らも行こうか!」
そう言ってパズが馬車に乗り込んで行く。僕は一度振り返って王都を見つめた。小高い丘の中心には王宮が聳え立ち、暗くなり始めた街のあちこちは明かりが煌々と灯っている。まるで人の世の盛りを謳歌するような華々しさだ。だがその光の陰に何か禍々しいものが蠢いているような気がして僕は小さく身震いした。
パズが呼ぶ声が聞こえる。季節は少しずつ秋の気配を漂わせていた。




