18.クロの理論
夕飯を食べた後は一日目と同じ、先輩たちとの懇親会だった。僕は重たい足取りで先輩たちが待つ部屋へと向かっていた。これは気分が乗らないとかではなく、単に足が疲れているだけだ。昼間の正座の余韻がまだ抜けきっていない。
「…はぁ…。」
階段を上りながらため息が出る。
「ふー、階段きついねぇ。」
正座なんかしてないはずのパズが、隣でふぅふぅ言いながら階段を上っている。まぁパズの場合は大きな体のせいだろうけど。
「ごめんね、僕に付き合わせちゃって。」
「いいよいいよ。僕はレオと違って来年の事はあらかた決まってるし、どうせひまだから!それに他の専門の事を聞くのも楽しいしね!」
魔法科では一年生のうちは魔法の事を広く浅く学んでいく。そして二年生からは自分が興味のある分野の授業を選択して行くのだ。同じ魔法科といえど軍隊と市井で使う魔法では大きく異なるし、その中でも更に分野が多岐に渡って行く。例えばダラス先生の魔法植物学とハウゼル先生の召喚魔法学では学ぶ事が全く異なる。そこで授業の選択の仕方、様子、その他様々な気になる事を直接、先輩方と意見交換するためにこの合宿があるのだ。
パズの場合、家業の関係で、結界魔法を中心に封印魔法や加工系魔法の一部の授業を取る事が親から言い渡されているらしい。
「宝石とか貴金属とか、値段の高い商品を扱うには欠かせないんだよね。」
ということらしい。自由が無くて困るよねー。とパズは苦笑いするが、迷わなくていいのは僕には少し羨ましい。
学園を卒業したら実家の手伝いをするつもりだった僕は、当初から、農耕や畜産といった事に関わる生産系魔法、日常生活を送る上で役に立つ応用生活魔法、そして怪我や病気の治療に役立つ医療系魔法、これらのどれかを選択するつもりだった。だった、と言ってはいるが現在もその方向で動いている。というのも
「攻撃的魔法学の授業も取ってみようかな?」
とクロに相談したのだが
『いらん。』
と一蹴されたのだ。
「そ、そうかな?例えばこの前みたいに魔物が出た時、攻撃魔法が使えると有利だと思うんだけど…。」
うちは辺境の領地だ。魔物や野獣の被害も少なくない。そんな時に攻撃魔法が使えれば役に立つ、と僕は考えたのだ。
『そうだな。確かに攻撃魔法は使えた方が良いだろう。だがな、実は一番役に立たないのも攻撃魔法なんだよ。』
「え?」
さすがにこの理論には僕も驚いた。
『そうだな…例えば火球を飛ばす魔法。一番基本的な攻撃魔法だな。』
火の矢とか単純に火球と呼ばれる魔法だ。
『あの魔法に何工程の要素が絡んでいると思う?』
「何工程?要素?」
突然のちんぷんかんぷんな言葉が出てきて僕は目を白黒させてしまった。
『そうだ。いいか、これは結構大切な事なんだ。お前ら人間が使う魔法は実に効率が悪い。特に攻撃魔法はな。』
「え!?」
僕はあっけにとられる。効率とかそんな事考えた事もなかったのだ。
『話を戻そう。例えば火球を飛ばす場合、魔力を火に変換する。実はここだけで様々な工程があるんだが…置いとこう。」
僕の顔を見てクロが続けてくれる。
『その火を球体にする。更に方向を定め打ち出す。打ち出すためにも魔力が必要だ。着弾するまでに必要な制御もかけなければならない。場合によっては詠唱も必要だな。』
「た、確かに…。」
『色んな適性や魔力の個性があるから一概には言えないが、全員が火球の魔法を使えるようになる必要はない。』
「なるほど…。確かにクロの言う通りな気がする。攻撃魔法の演習授業だとまず火球の魔法を的に当てる事から始めるけど、別に的に当てるだけなら火球じゃなくてもいいもんね。」
『その通りだ。別に氷だろうが雷だろうが何でもいいわけだ。もっと言ってしまえば的を壊すだけなら剣の方が格段に早い。』
「…それは…身もふたもないね…。」
肩を竦めたような仕草を見せながら、でも事実だ。とクロは言った。
『戦闘に必要な魔法、というより戦闘技術はそのうち俺が教えてやるから安心しろ。何より今は必要無い。だったら学生のうちで学べる事をたくさん勉強した方が良い。』
というわけで僕は当初の予定通り、医療系魔法の学生が集まる部屋へと向かっていた。ちなみに昨日は生産魔法と生活応用魔法の分野に顔を出していた。
「あぁ、ここだね。」
パズが先に扉を開いた。医療系魔法は理論が難しく勉強量も多いため人気が少ないと聞いていた通り、他の部屋に比べて集まっている生徒も少なかった。
「あら?また会ったわね。」
しかしそこには意外な生徒の姿があった。あの赤毛と眼鏡の少女二人組の姿が。




