15.ベルツ合宿所
「ここが合宿所…。」
今、僕の目の前には高い尖塔を四つ持つ、古めかしい城が聳えて居た。
『合宿所なんて響きは似合わないな。なかなか立派な城だ。』
肩に乗った黒い子猫が、彼にしては珍しく、感嘆のこもった声で呟いた。まぁこのつぶやきは僕以外の人間には聞こえないのだけれども。
半日ほど、馬車に揺られてたどり着いたのは鬱蒼と木が茂った森の中に建つこの古城だった。大昔のこの辺りの領主の城らしいのだが、大罪を犯して罰せられ、城は紆余曲折を経て現在、王立学園の所有となったらしい。本当かどうかは知らないが、いわゆる曰く付きという話で、様々なその手の話が絶えない。まぁ学生達が泊まり込みで幾日かを過ごすのだからそんな話が湧いてこない方が不自然だ。校外合宿はその科の三学年合同で行われるため、先輩たちが後輩を怖がらせるために様々な話を語り継いでいるとも言われている。
なんか、薄気味悪いなぁ…。なんて愚痴を零すパズと一緒に、僕は大きく開かれた城の玄関をくぐった。
「皆さん、ようこそベルツ合宿所へ。私、この合宿所の管理を任されております。ダラスと申します。」
生徒が玄関広場に入りきった所を見計らって、彫像のように佇んでいた白髪の初老の男が口を開く。隙なく執事服を着込んでいる。横にはもう数名、メイド服を着込んだ妙齢の女性達が、こちらも彫像のように佇んでいた。
「では、早速ですが…。」
そう言ってダラスさんは、合宿所の大まかな構造と部屋の位置、注意点などを説明してくれた。
「ではダラス先生、これから三日間、よろしくお願いします。皆さんも合宿所の方に迷惑を掛けないようにしてくださいね。それでは各自部屋に荷物を置いたら半刻後にここに集合です。午後の実習に入ります。」
ダラス…先生?の話が終わったのを見計らってハウゼル先生がこう告げた。それをきっかけに生徒達がわらわらと動き出す。僕も三日間ルームメイトとなるパズと一緒に荷物を抱えて生徒の波に紛れていった。
「つっかれたー!!!」
長い一日を終え、割り当てられた部屋に戻るなり、僕らはそれぞれのベットに倒れ込んだ。
「…駄目…僕もう動けない…。」
「パズ、大丈夫?」
パズはベットに突っ伏したまま全然動かない。うー…という唸り声だけが聞こえてくる。
確かに今日は大変な一日だった。朝早く、陽も登らないうちから馬車に乗り込み、半日かけてこの古城までやってきて、午後は野外研修、夕飯を挟んで上級生との懇親会と盛りだくさんだった。
『しかし、なかなか凄い植物園だったな。』
「本当に。あの植物園だけでもうちの屋敷より広い気がするよ。」
クロに対する返答にパズが、うー…と唸り声で返してくる。僕は苦笑しつつ、ぐっと額の真ん中あたりに意識を集中させる。クロの額と僕のあいだに薄っすらと白い糸のようなものが見えてくる。
(クロ、聞こえる?)
『問題ないぞ。繋ぎが上手くなったな。』
合宿に行く事を踏まえ、僕はクロからこの念話の魔法を習っておいた。といってもまだクロとしか話せないけど。かなり繊細な魔力の制御が必要な難しい魔法らしい。僕とクロは《魂の繋がり》とかいうやつがあって、しかも先にクロが二人の間に念話の糸を通してくれたから僕でもなんとか使う事が出来た。
(ダラス先生があんな凄い人だなんて思いもしなかったよ。)
ダラス先生は実は魔法植物学の権威で、この古城の裏に大きな植物園を構えていた。古城の管理はついでで、むしろ植物園の管理の方が本職のようだ。なのにどうして執事服なんだろう?という疑問は未だに解けないが…。
『うむ。俺でも見たことない植物が多かったな。勉強になったよ。』
(でもいつ見つかるんじゃないかと冷や冷やしたよ…。)
貴重な植物や毒草もあるため、基本的に使い魔は植物園に入れなかったのだが、クロは興味津々だったらしくついてきたのだ。しかも姿を消す魔法を使って…。
俺がそんな簡単に見つかるもんか。そういって鼻で笑う子猫。なかなかシュールな光景だ。
(あの魔法ってどうなってんの?姿消すやつ。)
『あれは光魔法の一種だな。光の屈折を利用している。』
(…ごめん。想像つかないや…。難しそう…。)
時々クロが使う魔法は僕の理解を超えるものがほとんどだった。さすがに100年以上生きてるシャ・ノワールだと感心してしまう。
『そのうち教えるさ。しかし寝る準備はしなくて良いのか?明日も早いぞ。合宿に来てるとはいえ朝の鍛錬は休ませないぞ。』
(…はい…先生…。)
この小さな先生は本当に手厳しい…。




