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12.感覚

階段を駆け下り、玄関から外へと飛び出した。アルは木剣を手に一匹の小鬼を相手どっている。もう一匹の周りには黒い小さな影が縦横無尽に飛び回っていた。恐らくクロだ。

(…二人とも凄い。)

残りの一匹はうずくまる守衛に棍棒を叩きつけている。

(…しまった!武器が何もない!)

慌てて出てきた事を後悔した。ぐるりとあたりを見渡すと守衛が取り落としたのか小鬼に弾かれたのか、離れた所に剣が落ちているのが見えた。僕は迷わずその剣へと向かって駆け出した。

守衛を叩いていた小鬼がそれに気づいたのか、手を止めてゆく道を塞ぐように立ちはだかる。

『レオ!そのまま突っ込め!』

クロの声が聞こえる。小鬼が脚に向かって棍棒を振り払うのが見えたが無視して両手を交差し、無我夢中で小鬼に体当たりを掛けた。

「ギャッ!!??」

棍棒は簡単に弾かれ、体当たりの衝撃で小鬼は吹き飛ばされたが、勢い余って僕も地面を2、3回転がる。ばっと顔を上げると剣は目の前だった。柄をガッと握りしめ、急いで立ち上がる。

(…お、重い…。)

鍛錬で使う木剣なんか比較にならない位の重さだった。腰だめに構えて小鬼へと向ける。小鬼の方は頭を軽く振りながら起き上がって来た。カチャカチャと小さな音を立てて切っ先が震えている。それを見た小鬼が唇の端を釣り上げる。

(クソっ…笑ってやがるのかよ…。)

心の中で悪態をつきながらも震えが止まることはなかった。額から嫌な汗が流れる。

『レオ、落ち着け。お前なら絶対に大丈夫だ。自分を信じろ。』

再びクロの声。僕はすうっと大きく息を吸い込むと、ぎゅっと柄を握り直して小鬼を睨みつけた。小鬼はジリジリと間合いを測っているようだ。剣の長さの分、僕に間合いの利があるが、実戦なんてのはこれが初めて。とにかく相手を睨みつける事しか出来ない。

「…ギャッ!!」

痺れを切らしたのか、小鬼が叫び声を上げながら低く飛びかかって来た。身長差がある分、相手は脚を狙いやすく、僕にとっては足下に入られると対処が難しい。無意識のうちに地面を蹴って後ろへと飛び退った。小鬼の棍棒は宙を切る。自分でも驚くくらい後方へと飛んでいたのだ。小鬼のガラ空きの背中が見えた。一歩踏み込みながら頭上に掲げた剣をそのまま振り下ろした。この三ヶ月以上、毎日毎日繰り返し一番練習した素振りの型だった。剣の重みも加わってそのまま地面まで振り抜く。


ざくり


両手に嫌な感覚が伝わり、目の前でパッと赤い血飛沫が舞った。小鬼はそのまま地面へと倒れ伏し二、三回痙攣すると動かなくなる。


(…え?)

体は驚くほど素直に動いたのに、頭での理解が追いつかなかった。両手にはまだ嫌な感覚が残っている。


「…オ!レオっ!!」

聞き慣れた声にハッと我に返った。気づけばアルがすぐそばまでやって来ている。隣にはクロの姿が見えた。アルとクロは僕を背に庇うように残った二匹の小鬼と対峙している。

「レオ!大丈夫か?!」

「ご、ごめん!!」

地面に刺さった切っ先を引き抜いて、僕は残りの二匹の小鬼へと剣を向けた。

「…ギギィ…。」

数の不利を悟ったのか、二匹は一瞬顔を見合わせるとサッと僕らに背を向けて森へと走り始めた。

「…た、助かったぁ…。」

小鬼達の姿が見えなくなると僕とアルはヘナヘナと地面に座り込んだ。守衛はまだうずくまって震えながらぶつぶつと何かをつぶやいている。

『いや、まだだ。さっきも言った通り、奴らが仲間を連れて戻ってくる可能性がある。何か手を打たないと。』

クロが二匹の小鬼が消えた先をじっと見つめている。

「…奴らが仲間を連れて来るかもしれない!どうにかしなきゃ!」

「そ、そうだな!」

僕のクロの受け売りに慌ててアルが賛同してくる。騒ぎを聞きつけて寮の方も慌ただしくなってきていた。

「レオはここに居て彼を見ててくれ!俺は皆んなを集めて来る!」アルはそう言って立ち上がると、寮の中へと駆け出していった。

「…クロ、どうしよう?」

僕は剣を杖代わりに立ち上がる。

『とにかく場所を移してどこか頑丈な所に隠れるのが良いだろうな。守衛がこれでは話にならん。』

クロはうずくまる守衛に一瞥をくれるとそう言った。


やがて残りの寮生ともう一人の守衛が青い顔をして外へと出てきた。僕とアルとで事情を説明する。にわかには信じがたい話だったかもしれないが、何よりも雄弁に事実を物語っているのは血溜まりの中に転がる小鬼(ゴブリン)の死体だった。

「と、とにかく、学校の方へと避難しようと思う。他にも守衛さんがいるだろうし。」

僕の意見に皆んな小さく頷いてくれた。反対意見は特になさそうだ。

『…急いだ方が良いな。森の方から複数の気配がするぞ。』

「みんな!急ごう!」

クロの声に僕の声が裏返るが、笑う人は一人も居なかった。幸いなことに気配が近づいて来る森と学校は反対の方角だ。急げば追いつかれる事はないだろう。被害にあった守衛をもう一人の守衛と背の高い生徒が両側から支えて、みんなで走り出す。僕とアル、クロは念のために最後尾だ。


「…レオ、血がついてるぞ…大丈夫か?」

アルが心配そうに顔を覗き込んでくる。僕は手の甲で頬を拭ってみた。赤黒い血が付いていた。

「…大丈夫…多分、返り血だから…。」

そうか…とアルが小さく呟くと僕の肩を軽く叩いて移動を促して来た。

そして僕らは走り出した。両手には、小鬼を切った時のあの嫌な感覚がこびりついて離れなかった。




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