116.後ろ盾
「…ところでフォルテウス様、一つお願いがございます。」
ひとしきり笑いが収まった後、僕は話を戻した。
「なんだい改まって?」
目尻に涙を浮かべながら、フォルテウス様が僕に問い返す。
「実は…、私どもにお力を貸して頂きたいのです…。」
再び、部屋の空気が変わるのを感じる。ただ、先程のような重苦しいものではなく、訝しむ空気だ。
「ふむ…。どういう事かな?むしろ私は君たちの力を借りたい所なのだが…?」
それこそフォルテウス様が訝しげな顔をする。それに対して僕はできるだけ丁寧に言葉を紡いでいった。
「私たちが力をお貸しするなど、おこがましい話です。私達はただの一学生に過ぎません。南方騒動も聖騎士捕縛の一件も、私達は関わっただけで何かを解決したわけではないのです。」
「ふむ…、大層な働きをしたと思うのだがな…。」
フォルテウス様の言葉に僕は小さくかぶりを振る。
「たまたま、上手く事が運んだに過ぎません。私達の力など微々たるものです。」
そう、一連の様々な出来事はクロ達使い魔の存在や、クエレブレさんから貰った超常の力があればこその賜物だ。本当に幸運だったと思わざるを得ない。
「先程申し上げた通り、私達はまだ学生の身分です。仮にもし、教会やブラッドー商会を相手取るとなると、社会的にも経済的にも、圧倒的に不利なのです…。」
僕はじっとフォルテウス様を見つめる。かのお方はその僕の視線を正面から見つめ返してきた。
「そこで…。」
「そこで??」
一旦、言葉を切った僕にフォルテウス様が続きを促してきた。
「私どもの後ろ盾になって頂きたいのです。」
それを聞いたフォルテウス様は、ふむ…。と言って顎に指先を当てた。
「フォルテウス様に後ろ盾になって貰う?!」
クロの急な提案に僕は驚きの声を上げる。フォルテウス様の名前に反応したのか、近くの衛兵が顔を上げる。僕は慌てて何でもない、と身振りで示した。
『そうだ。こうなってしまった以上は仕方がないだろう。』
クロは小さな欠伸を漏らしながらそう言った。
「でもどうしてそんな必要が…?今までだって散々良くして頂いているのに…。」
ふぅ…、とクロは一つため息をつく。
『今までのはあくまであの王子殿の勝手な好意であり、気まぐれかもしれん。』
「そんな言い方…。」
僕はクロの遠慮の無い言い方に口を尖らせる。
『いいか?あの王子殿は確かに悪い人間ではない。いや、むしろ良い奴だと思う。だがな、同時に人の上に立ち、一国の王となるべく育てられても来ている。』
「そりゃあ確かにフォルテウス様は第一王位継承者だけど…。」
『その言葉の意味、分かっているか?』
クロはその金の相貌をすっと細めた。僕はその様子にたじろぐ。
もちろん言葉の意味は分かっているがクロが言いたい事は恐らくそんな表面的な事ではない。
『第一王位継承者という事は、第一に国の事を考えるだろう。万が一、お前たちの命と国の安全が天秤に掛けられた時、奴は間違いなく国を選ぶ。そうでなければ王にはなれん。』
ズバリと言い切るクロ。だが言っている事は至極正しく、僕は何も言い返せなかった。
『少し話が変わるが、どうしてあのベルトンとかいう男がこのタイミングで俺たちの前に姿を現したと思う?』
「ただのお見舞い…、なわけないよね…。だとすると宣戦布告、かな…?」
僕は少し考えてからそう答えた。クロが小さく頷く。
『そうだな。宣戦布告というのは併せて威嚇の意味も含む。その威嚇の相手はお前たちだよ。まぁ、お前は鈍いから気づいてなかったかもしれんがな。』
そう言われると確かにこのタイミングで現れたのも頷ける。
『クリストファーの始末も含めて、お前たちに、これ以上余計な手出しをするな。って警告しにきたわけだ。』
「始末って…。もう少し言葉を選んでよ。」
僕の苦情にクロは少し首をすくめただけで話を続けた。
『だがお前たちは見事にその警告を無視してクリストファーを助けた。』
「ちょっとクロ!さすがにその言い方はないでしょ!」
僕は怒りを露わにする。クロは微塵の動揺も無く、僕を見つめ返す。
『勘違いするな。俺はお前のした事を否定しているわけじゃない。むしろ素晴らしいと思う。まぁ、少し無茶が過ぎる所はあったがな。』
珍しくクロに褒められて、僕は完全に意表を突かれた。
『だがな、向こうはそうは思わないだろう。普通に考えて、あの高さから落ちて生きている事自体が奇跡だ。奴らは確実にお前たちを脅威と認識する筈だ。』
「確かに…。」
僕は背後にある尖塔を見上げる。ついさっき、無我夢中だったとはいえ、あそこから自分が身を投げたかと思うと、お腹の底にひやりとするものが走った。
『奴らは自分たちの計画成功の為にお前たちを始末しに掛かるだろうさ。それは暗殺かもしれんし、もしかしたら例の聖騎士のように濡れ衣を着せ、社会的に抹殺にかかるかもしれん。』
僕の脳裏に、いけすかない、凛とした女聖騎士の姿が思い浮かぶ。
『組織を二つ、相手にするんだ。それも一つは教会で一つは得体がしれない連中ときている。さすがに今のままでは殺されるのを待つようなもんだぞ?』
そこまで聞いて僕は呆然としてしまった。無我夢中で自分がした事がそんな大事に繋がるなんて誰が想像しただろう?
『話を戻すぞ。』
クロの一言に僕はハッと現実に引き戻される。
『奴らに対抗するには、こちらもそれなりの組織を後ろ盾に待つしかない。だとすると今頼れるのは王家以外にないだろう。幸い、王子二人の命を救った今は、またと無い絶好の機会だ。』
「絶好の機会?別にフォルテウス様ならいつでもお力を貸してくれると思うけど…。」
『フォルテウスはな。』
クロの言葉に僕はハッとなった。この国においてフォルテウス様よりも身分が上の方はただ一人しか居ない。その方は…。
『そうさ、国王その人だよ。』
クロが僕の思考を読んでコクリと頷いた。




