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115.状況証拠

「いててて…。」

僕はゆっくりと上体を起こした。なんとか助かったみたいだ。

打ちつけた腰のあたりをさすると、そこには硬質な感触があった。

「これは…。」

土煙の中、よく見て見ると地面に打ち付けたあたりだけ、黒く光る鎧のようなもの…、いや硬い鱗のようなもので覆われている。まるで…。

『クエレブレの鱗みたいだな…。』

「クロ!助かったんだ!良かった!」

クロがフン!と鼻を鳴らした。

その時、一陣の風が吹き抜けて土煙を晴らしていく。それと同時に僕の黒い鎧も肌に吸い込まれるようにスッと消えていった。

「レオ!無事かい!?」

パズたちが駆け寄ってくる。僕はそれに片手を挙げて答えた。

それを見たパズとエレンが安堵の表情を浮かべ、その隣でティアが両手で顔を覆って泣き始めた。これはまた後でみんなに怒られるな…。

「僕は…生きているの…?どうして…?」

僕はハッとクリストファー様を見た。未だに僕の腕の中だ。目は焦点が合わず、体が小刻みに震えている。

「クリストファーっ!!!」

そこへ現れたのは、ダラス先生が押す車椅子に乗ったフォルテウス様だった。

「兄様…。」

その姿を見て初めて、クリストファー様の焦点が合うのを感じる。

フォルテウス様は車椅子が止まるのを待つのももどかしいように、急いで立ち上がろうとする。しかし脚に力が入らないのだろう、そのままよろけて地面に両膝を落とされた。

「「「「!!!!!」」」」

周りの誰もが慌てる。

「兄様っ!!」

クリストファー様が僕の腕の中から這い出るとフォルテウス様へと駆け寄った。


ぱぁん


その時、乾いた音が鳴り響く。誰もがその光景を呆然と見つめていた。一番呆然としていたのは他でもない、クリストファー様だ。

「この…大馬鹿者っ!!」

フォルテウス様がクリストファー様の頰を平手で叩いたのだ。そして両膝を地面についたまま、がくがくと震える両の(かいな)をクリストファー様の体に回すと、力強く抱きしめた。

「私を…一人にしようとするな…。お前はこの世でたった一人、私の大切な弟なのだ…。家族なのだ…。」

フォルテウス様が唇を噛み締めて嗚咽をかみ殺す。

その言葉がじんわりと染み渡るように、呆然としていたクリストファー様の表情が徐々に崩れ、最後には大声を上げて泣き始めた。

僕らはそれを黙って見守ることしか出来なかった。いや、今はそのまま、そっとしておいてさしあげるべきだろう。

「もう!なんであんたまで泣いてんのよ。」

「エレンだってぇ、泣いでるじゃないかぁ…。」

ポロポロと大粒の涙を零すパズを、同じように鼻を真っ赤に染めたエレンが肘で小突いていた。




「皆、クリストファーを救ってくれて本当に、本当にありがとう。感謝してもしきれぬ。」

フォルテウス様から今日二度目の感謝の言葉を受け取る。

当のクリストファー様は泣き疲れたのか、それとも例の煙の影響なのか、あの後、ぐっすりと眠り込んでしまった。

念のためにクロ、ティア、ダラス先生の三人がそれぞれクリストファー様の容態を確認したが特におかしな所は見つからなかったという。


『さすがに心と体が疲れたのだろう。第二王位継承者と言ってもまだ子供なんだからな。』


確かにクロの言う通りだ。もしこれが二年前の僕なら絶対に耐えきれない。そう思うと余計にクリストファー様がお可哀想に思えてきた…。


「しかしクリストファーがここまで追い詰められていたとは…。」

しみじみとした調子でフォルテウス様はそう言うと、ベットに横たわるクリストファー様の横顔を眺めた。

「…フォルテウス様、実はお伝えしたい事がありまして…。」

僕はあの尖塔での一件の後にクロと相談した事をフォルテウス様にお話ししていった。


「なんと…。では先日のクリストファー様のご乱心に続き、先程の事も全て、その煙や香によるものという事ですか!?」

驚きの声を上げたのはダラス先生だ。フォルテウス様は怒りからなのか、驚きからなのか、顔を真っ青に蒼ざめさせている。

「確証は無いですが…、恐らくは。」

あの尖塔の頂きに居たのは僕とクロ、そしてクリストファー様の三人だけだ。他に証明できる者が居ない分、どうしても確証は無くなる。

「殿下もダラス先生も、ご存知かとは思いますが、去った冬に南方で起きた騒動にもこの煙と香の使い手、ブラッドー商会の人間が関係しています。」

僕の言葉に頷き返すお二人。僕は更に話を続けた。

「では反逆罪にかけられている聖騎士セミラミス、彼女の一件にもこのブラッドー商会が絡んでいる事はご存知ですか?」

「なんだと?!それは初耳だぞ!!」

フォルテウス様が思わず車椅子から身を乗り出す。

「実は…。」

そこで僕は東方で起きた一件について説明していった。

フォルテウス様とダラス先生の顔色がどんどん変わっていく。


「セミラミスさんを刺した少女がこう言っていました。『邪魔()()()する小僧どもだ。』と。その後、僕が南方での騒動の犯人かと問い詰めたのですが、さすがにボロは出しませんでした…。」

僕は一旦、話を止める。誰も口を挟まず、ただただ静かに耳を傾けてきている。

僕はその後、村で起こった出来事や、その村が廃村であった可能性を話す。

「そして、結局その少女は捕まらず、セミラミスさんは連行されてしまいました。」

「それはつまり…、教会とそのブラッドー商会が繋がっている、と…。」

「あくまで状況がそう言っているだけですが…。」

絞り出すようなダラス先生の言葉に、僕は念を押す。

「ベルトンの奴め…。」

「殿下、滅多な事を…。」

ポツリと呟くフォルテウス様と今度はそれを丁寧に嗜めるダラス先生。フォルテウス様はぶっきらぼうに、分かっている。と短く答えた。

こんなフォルテウス様は見た事が無い。よほど怒ってらっしゃるのだろう…。

「ベルトン枢機卿を捕まえる事は…できっこないわね。」

エレンがそう言って自分の考えを自分で否定した。

「そうだね、決定的な証拠が何も無い。あくまで全て推測の域を出ないんだ。」

僕はエレンに頷き返した。

「今回の件を公にする事すらできないだろうな。はたからみれば、クリストファーが乱心し、私の殺害を図った上にそれに失敗。そして自害しようとした所を助けられたとしか捉えられん。なんと狡猾な…。」

フォルテウス様が唸る。

「煙や香か…。目に見えない攻撃ってこんなに脅威なんだね…。」

パズが大きくため息をついた。

「考えれば考えるほど恐ろしい事態だわ…。私たち、一体どうなっちゃうのかしら…。」

ティアが自分の体を抱きしめるように、両の腕を自分の体に回す。エレンがそっとその肩に手を置いた。

「大丈夫だよ。きっとティアはレオが守ってくれるから。」

「な!えっ!?」

パズが、真顔で、急に突拍子も無い事を言い出して僕は慌てふためいた。

「あら?何?レオナード君?君の大事なティアを守らない、なんて言わないわよね?」

「ちょっ、ちょっとエレン!!」

にやっと笑ったエレンの言葉に、今度はティアが顔を真っ赤にして慌てふためく。

「「冗談!冗談!」」

パズとエレンの声が重なって部屋中に笑いが溢れた。重くなりかけた空気が一気に和やかなものへと変わった。


これもパズとエレンなりの気遣い…と思いたい…。









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