114.風雲、未だ止まず
これで色々と繋がったな。どうしてこんな単純な事に気付かなかったのか…。
フォルテウスとレオナード達がにこやかに会話を楽しんでいる横で、俺は独りごちた。
『クロ様…。』
ルビィがそっと近寄って来る。
『あぁ、分かっている。まさか黒幕自身がお目見えとはな…。』
俺は小さくため息をつく。
『王宮の外に王位継承者候補が居たとは…。いやはや、迂闊でした。』
アスールが首を振る。器用な鳩だな。なんて俺は考えたりした。
『流石に私もフォルテウス様に従兄弟が居たなんて存じませんでしたわ…。』
ルビィがうなだれる。王宮関係はルビィが情報を集めていたから何か責任を感じているのだろう。
『仕方ないさ。現王の子供でさえ無いんだ。流石にそこまでは俺たちだって思い当たらんよ。まぁ当の本人、王子殿はしっかり気づいているようだがな。』
俺はにこやかな顔の王子殿を見上げる。
先程までの硬い声と表情は、明らかにあのベルトンとかいう男を警戒してのものだろう。
『気になるのは奴の他に従兄弟や血縁者が居ないかどうかだが…。』
『枢機卿以外に従兄弟はいらっしゃらないはずよ。』
俺の疑問に意外な所から念話が飛んで来た。顔を上げた俺はティアと目が合う。
念話を飛ばすまでに成長したのか…。と少し驚きつつ俺はティアに礼を言う。
『ということは当面、あのベルトンとかいう男に注意だな。しかし事は王家の継承権争いだ。俺たちに何が出来るのやら…。』
事なかれ主義の俺としては非常に頭が痛いところだった。
その時だ、部屋の外からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきたのは。
扉を叩く時間も惜しむように、一人の衛兵が部屋へと駆け込んでくる。
「騒々しい、何事ですか?」
あまりの慌てっぷりにダラス先生が呆れている。
「し、失礼いたしました。で、ですが一大事なのです!」
その一言に部屋中の誰もが訝しげな顔をする。
「ク、クリストファー様が、行方知れずに…。」
「なんだとっ!!」
驚くくらいの声をあげたのは王子殿だった。あまりに大きな声に、衛兵がびくりと肩を震わせる。
ダラス先生が慌てて懐から小さな水晶球を取り出すと、それを握り締めて目を閉じた。
「あれは何?」
パズがこそっとレオナードに聞いている。
「あれはダラス先生の特製の魔法道具。この離れや合宿所、城壁なんかに張り巡らせた魔法植物に干渉して監視ができる道具なんだ。」
パズがへぇ!と感心した声を上げる。
「私とマルコが騒ぎを起こした時もあれで見つかったわけね…。」
エレンが苦い顔をしている。そういえばそんな事もあったな。と一瞬昔を懐かしんでいると、
「…見つけました。北の尖塔に向かっているようです…。まさか…。」
ダラス先生が焦りを滲ませた声を出す。ベルツ城には東西南北に四つの尖塔が存在する。そのうちの一つにクリストファーは向かっているようだ。
『レオナード!」
「みんな!先に行くよ!」
俺の声にレオナードが反応する。俺は四つの脚に、レオナードは二つの脚に、それぞれ魔力を込めて部屋を飛び出す。
「レオナード!クロ!クリスを頼むっ!!」
背中に王子殿の声を受けながら、俺たちは矢のように疾走していった。
「クリストファー様っ!?」
レオナードが北の尖塔、その頂上の扉を勢い良く開くと、驚いた顔でクリストファーが振り返った。
「レオナード殿…。」
泣き腫らしたのか、目の周りも鼻も赤く染まっている。
「何を…、なさるおつもり…ですか?」
肩で息をしながらレオナードが訊ねる。無理もない。離れから一度も足を止める事なく、この尖塔の頂まで駆け上がって来たのだ。
「…夢を…夢を見ました。」
悲しい顔で俯くクリストファー。
「私は王位継承権欲しさに…兄様を殺そうとしたんだと…。」
「クリストファー様は…、あの時、意識が…無かったはずです。私はこの目で確かに見ました…。あの時の…、あなた様の目は、明らかにいつもと違っていた。」
少しずつ息を整えながらレオナードはクリストファーへと語りかける。
そんなレオナードに向かって小さく首を横にふるクリストファー。
「無意識とはいえ、きっとそれが私の本心なのです。私は兄様をこの手で殺めそうになった…。」
ギュッと手を握るクリストファー。
ふっと風が吹いた。俺の鼻に微かにあの嫌な臭いが届く。
『…レオナード…、恐らくその夢も見せられたものだ。微かにあの香の匂いがする…。』
ぐっとレオナードが息を飲む気配がする。
「クリストファー様、戻りましょう。皆…いえ、フォルテウス様が一番、心配しています。」
レオナードのこの言葉にハッと顔を上げるクリストファー。その瞳にすがるような色がある。だがすぐにそれは掻き消え、彼は首を横に振った。
「レオナード殿、兄上を…、よろしくお願いします。」
そう言って悲しげに微笑むと、クリストファーはクルリと踵を返して物見窓へと駆け寄って行った。
『なっ!?』
「危ない!」
俺とレオナードはほぼ同時に飛び出すと、窓から身を投げたクリストファーと共に宙へと飛び出した。
「クリストファー様っ!!」
空中でクリストファーを抱き止めるレオナード。俺はその腕に爪を引っ掛ける。
『レオ!!飛行魔法だ!!』
俺の声に反応してレオナードが魔力を練り上げるの感じる。
「くうっ…、上手く飛べないっ!!」
落下の速度が少しだけ遅くなる、がこれだけではとても足りない。やはりあの世界樹の聖域だからこそ、あれだけ自由に飛行できたのだ。このままだと二人とも、いや俺も含めてあの世行きだ。
ひゅううううぅぅぅ
突然、上向きの風が吹き始める。見ると塔の下にティアの姿が見えた。まるで落ちてくる俺たちを押し留めるように両手を天に広げている。
だが、それでも足りない。
『エレン!ルビィ!レオにありったけの魔力を!』
ティアの側に立つエレンが、慌てて両手を俺たちに向ける。その足元でルビィの瞳が紅玉のように光輝いた。
燃えるような真紅の奔流がレオナードに流れ込む。
ガクンと落下速度が落ちた。そこへ…
バリン バリン バリン バリン バリン
とガラスを砕くような音が連続で鳴り出す。その度に落下速度が一つまた一つと遅くなる。
パズが薄い結界の板を連続で張り続けて何とか勢いを殺そうとしてくれているのだ。
だがそれでも…。
『レオナード!覚悟を決めろ!』
「うぉぉぉぉぉおおおおお!!」
俺の声とレオナードの声が重なる。地面は目の前だった。
どおぉおん…
強い衝撃の後、あたりに粉塵が舞い散った。




