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113.フォルテウス

事件から早一週間が過ぎた。

フォルテウス様の容態は安定し、会話を出来るまでには回復されたが、長距離の移動は体に障るということで未だにベルツに逗留されている。

あの事件の翌日には王都から国王軍が駆けつけ、今ベルツは物々しい警備に囲まれていた。

クリストファー様は離れからベルツ城の一室に移され、警備に加えて魔法封じの結界の中に居る。それが一番安全だ、という理由だが、明らかに軟禁が目的な事は明白だった。

事件当時の記憶が無いという話だ。気がついたら自分の兄を殺そうとしたという容疑をかけられ、閉じ込められている。一番辛いのはクリストファー様だろう。


「一体全体、その魔法解析とやらはいつ終わるのかしら?」

そう言ってエレンが苛立ちを隠そうともせず、ズブリと鶏肉にフォークを突き刺す。

無理もない話だ。例の事件の参考人という事で、もともとベルツに拠点を置く僕以外に、エレン、ティア、パズもベルツに拘束されている。

僕らはフォルテウス様のお命を救ったとして賞賛される反面、なぜ真夜中にあの事態に気づけたのか?実は裏で糸を引いているのではないか?とあらぬ疑いが一部から聞こえてきたりもする。

それに対してエレンは苛立っているのだ。


「しかし、君達はどうやってこの事態に気づいたのですか?」

フォルテウス様の容態が落ち着いた所で、ダラス先生がまず口にしたのはこの言葉だった。

「それは…。」

僕は答えに窮する。

『素直に、俺から呼び出されたと答えればいい。』

クロが僕に向かってそう念話を飛ばして来た。

「…クロから、緊急連絡を受けました。」

僕は恐る恐るその言葉を口にする。

「そうですか…。クロ君、ありがとう。」

ダラス先生はそう言ってしゃがみ込むとクロの頭を一撫でする。クロはにゃあとひと鳴きして返した。

その後にダラス先生の提案で、僕とダラス先生の間に緊急連絡網があるという口裏合わせを行なったのだ。僕らに要らない疑いが掛からないように。

実際に軍部でも同じ様な魔法が採用されている事もあり、この口裏合わせはすんなり受け入れられた。

だが人の心理というのはそう簡単な者ではない。特に僕らは前の冬の南方騒動にも、この夏のセミラミス関係の事件にも関わっている。

『お前達に疑いの目を向けさせる事自体、連中の狙いなのかもしれないな。』

クロがボソリとそう言っていた。

二重にも三重にも罠を仕掛けてくる連中だ。その可能性は確かにあるかもしれない…。


そんなもやもやとした状況で、僕らはフォルテウス様からお呼び出しを受けた。直接会ってお礼が言いたい、というご意向らしいのだが…。

「失礼します。」

衛兵に案内され、僕らは部屋へと足を踏み入れた。

窓が開け放たれ、初秋の爽やかな風が吹き込んでいる。

フォルテウス様はその窓の側のベットに半身を起こしていた。

「やあ!よく来てくれた!」

窓の外にやっていた視線を僕らに向けて、にっこりと微笑むフォルテウス様。予想していたよりも顔色が良くて一安心だ。

「皆さん、不自由はありませんか?」

逆にそのベットの傍に立つダラス先生はすっかりやつれてしまっている。

「爺はまず自分の心配をした方が良い。私はもう平気だと言っているのに…。皆からも言ってやってくれ。」

そう言って口を尖らせるフォルテウス様。前半は先生へ向け、後半は僕らへ向けての言葉だ。

それを見て首を横に振る先生。

「またいつ発作が来るかもしれません。油断は禁物ですぞ、殿下。」

その言葉にフォルテウス様は一つため息をついた。


「さて、皆、今回は本当にありがとう。改めて礼を言わせてくれ。」

そう言って頭を下げようとするフォルテウス様を僕らは慌てて押し留める。

「フォルテウス様!おやめ下さい!自分達がすべき事をしたまでですから!」

王太子様に頭を下げられるなんて居心地が悪過ぎる。

そうか?と言って顔を上げるフォルテウス様。少しだけ意地悪な顔をしている。

「所で、重ね重ねで悪いのだが、皆に一つ頼みがあるのだが…。」

フォルテウス様が何かを言いかけた所で部屋の扉が小さく叩かれた。

「ベルトン枢機卿がお見えです。」

扉の外から衛兵の声がする。

「…お通ししろ。」

僕らの時とは全く違った、硬質な声でフォルテウス様が答えた。あまりの声の硬さに、僕らに一様の緊張が走るのを感じる。


「殿下、お加減はいかがですかな?」

「お陰様で。卿はお変わりないようで何よりだ。」

扉を開けて現れたのは金髪碧眼、いわゆる《王家の色彩(ロイヤル・カラー)》の色白の男性だった。どことなく雰囲気がフォルテウス様に似ている。

白い法衣に身を包み、飾り気の無い白い錫杖を手にしていた。いや、片脚を引き摺るように歩いている様子から、もしかしたら錫杖では無く杖代わりなのかもしれない。

「して本日は何用で?」

「殿下とクリストファー様のお見舞いに。」

硬質な声のフォルテウス様と、妙に柔和な声のベルトン枢機卿と呼ばれた男。二人の間に短いやり取りが交わされる。

「所で、この方たちは…、おや?これはこれは、ティアラお嬢様ではありませんか!ご機嫌麗しゅう。」

「…お久しぶりです、ベルトン枢機卿様。」

ティアが緊張した声で返す。見ればエレンとパズも緊張した面持ちでいた。僕は一人、事情が飲み込めていない。

『枢機卿…、格好から察するに教会のお偉いさんか…。』

クロが呟く。その枢機卿はちらりと僕を見て視線をフォルテウス様に戻した。

「クリストファー様と兄弟喧嘩をなされたとか?仲直りはお済みですかな?」

「卿の心配には及びません。」

慇懃な物言いの中に、事情を知っていると匂わせる。

その後も短いやり取りが続くが、上流階級の話題に疎い僕にはチンプンカンプンの内容が続く。

「では私はこれで。クリストファー様にもお会いしなければなりませんし。」

「クリストファーは体調を崩して寝込んでおります。今日はご遠慮頂ければ幸いです。」

この一連の会話の中で、一番硬い声でフォルテウス様が枢機卿に返す。無表情のフォルテウス様と薄笑いの枢機卿がしばしば無言で見つめ合った。

「…かしこまりました。では日を改めましょう。それでは失礼いたします。」

先に折れたのは枢機卿の方だった。

「伯母上によろしくお伝えください。」

その言葉にクロがぴくりと反応したのを感じる。

枢機卿は軽い会釈で答えると、僕らを一瞥して部屋を出て行った。

扉が閉まった後、部屋の空気がふっ、と緩むのを感じる。

「皆、済まないな。みっともない所を見せてしまって。」

フォルテウス様の声がいつもの調子に戻っている。

「失礼ですが、今の方は…?」

僕は素直に疑問を口にした。何故か聞かなければならない気がしたのだ。いや、これはクロの思念…?

「ベルトン枢機卿。三人いる聖神教会の最高司祭の一人よ。」

答えたのはエレンだ。

「実際にはご高齢の教皇様に代わって教会のほとんどを取り仕切っているわ。」

これはティアだ。そうかだからティアの事を知っていたのか。

「彼の母が私の父の姉に当たる。つまり私の従兄弟なんだよ。」

意味深なフォルテウス様の声音。

『なるほどな。』

クロが短くそう呟いた。


「そうそう、皆への頼み事なのだがな…。」

再び暗くなりだした空気を払拭するように、明るい声を出すフォルテウス様。

「変わらずにクリスと仲良くしてやってくれ。」

「何を仰います。当たり前の事です!」

「エレン、殿下の御前よ。」

口を尖らせるエレンがティアにたしなめられる。それを見て明るい笑い声を上げるフォルテウス様。それから少しだけ寂しげな顔をされる。

「まあ、仲間想いのお前たちなら心配は要らないと思っていたのだがな。あいつは今、一人孤独に戦っていると思うんだ。」

僕らはじっとフォルテウス様の言葉に耳を傾けた。殿下は僕ら一人一人の顔を順繰り見ながら言葉を続ける。

「自分の記憶も無いままに私を殺そうとしてしまった罪悪感。周りからの目、そんなものがあいつを苦しめていると思う。だから仲間想いのお前達のその輪の中に、あいつを加えてやってくれないか?」

僕とフォルテウス様の目が合う。僕は小さく頷き返した。

「何を仰います。それこそ当たり前の事ですわ!」

「もう!エレンたらっ!」

再びティアに嗜められるエレン。その様子に再び笑いが怒る。見ればダラス先生も笑顔になっていた。その笑みの中に少しだけ寂しさを感じるのは僕だけだろうか?




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