111.真夜中のベルツで
あと半年を待たずしてレオナードは学園を卒業する。その先の未来、何処へ行くのか?何をするのか?
彼はまだその答えを出せないでいた。
「レオナードには王宮に勤めて貰えないかと思っているのだがな。特に私の下で働いて貰いたいのだ。」
今朝の朝食会の席で、フォルテウスはとうとうはっきりとそう口にした。
場は大いに湧いた。クリストファーは身を乗り出して、お兄様!それは名案です!と賛同をしている。
「爺も君を後継者にしたいと考えているみたいでな。宮仕えしつつ、ここでの勉強も継続するといい。どうかな?悪い話ではないと思うのだが…。」
皆の前で話したり、ダラス先生を引き合いに出すあたり、やはりこの王子殿はなかなかにしたたかだ。
「いえ、身に余るお話です…。」
といいつつもレオナードは曖昧な返事をする。
「まあ、まだ時間はある。前向きに検討してくれたら嬉しいな。」
そんなレオナードの様子を感じ取ったか、王子殿はそう優しく語りかけると微笑んだ。
それから慌ただしく半日が過ぎ去った。
昨晩のティアの予想通り、植物魔法の懇親会は閑古鳥が鳴いていた。
「…なあクロ、僕はどうしたらいいと思う?」
『何がだ?』
俺はいつものように少し意地悪に問い返す。
「分かってるくせに…。卒業した後のことさ。」
『まぁな。心を読まなくても顔に書いてある。』
そんな俺の言葉に顔をむくれさせるレオナード。この辺はまだまだ子供だな。
『お前がやりたいようにすれば良い。まぁそんな事は分かっているだろうがな。』
沈黙でもって返すレオナード。
『どうしたら良かったか、なんてのは後にならないと分からない事だ。結果なんてものは俺たちが決められるものじゃない。』
分かっているのかいないのか、レオナードは神妙な顔で俺の言葉に耳を傾けている。
『どんな結果になっても後悔しないコツはな、自分で決める事だ。』
「自分で決める事…。」
俺の言葉を反芻するレオナード。
『そうだ。他人に決められた道はな、それがどんなに良い結果になってもどこかしらに後悔が付き纏う。』
レオナードの栗色の瞳と目が合う。その二つの瞳をしっかりと見返しつつ俺はこう続けた。
『失敗しても成功しても、それが自分自身で決めた事なら後悔は無い。自分で決めた事だと思える。決して人のせいにはしない。だから考え続けろ。悩み続けろ。そして自分で決めた道ならそれを貫けばいい。』
俺の言葉にレオナードは深々と頷いた。
それからポツリ、ポツリと訪問者が現れ、気づけば消灯の時間となっていた。
長い事、寝返りを打っていたレオナードも、月が中天を過ぎる頃には、静かに寝息を立て始めた。
俺はいつものようにそっと部屋の窓から外へと抜け出すと、植物園の小さな噴水を目指す。
『遅くなって済まない。レオナードがなかなか寝てくれなくてな。』
そこで俺を待っていたのはいつもの小さな二つの影と、そして見慣れない大柄な一つの影だった。
『大丈夫ですわ。私たちも今来たところです。うちのお姫様がティア様と散々話し込んでまったく寝てくれなかったの。』
ルビィが私たちと表現したのは隣の大きな影を含めているからだろう。ティアの護衛役、灰と黒の毛並み、狼犬のオンブルだ。
『儂はただの幻影だがな。ティアのもとを離れるわけにはいかん。』
この狼犬は、幻影を飛ばすなんて高度な事をさらりとやってのけるようだ…。
『我が主はお腹いっぱい食べ過ぎたようでさっさと寝てしまいましてね。何、私は久々に空を飛び回るのを楽しみましたよ。いかんせん王都は鳥も建物も多いですからね。ここの空は開放的で良い!』
一番待ったはずのアスールが一番上機嫌だ。
『それは良かった。さて、さっそくだが情報交換といこうか。といってもベルツはただの田舎だからな、大したことは何も無いのだが…。』
『フォルテウス様が良くこちらにいらっしゃるのと、クリストファー様が学園で忙しくされていらっしゃるせいか、王宮もごく静かなものですわ。例の聖騎士も捕まってしまいましたし…。』
即座に反応したのは話好きのルビィだ。
『商会関係も目立った動きは無いですね。ブラッドーのブの字も聞きません。』
アスールに関しても目新しい情報は無いようだ。
『そうか…さてどうしたものかな…。』
俺が思案していると、頭上から低い声が降ってきた。
『教会が怪しい動きをしておる。近々何かを仕掛けて来るやもしれん。標的はお前たちの主人とあの王子二人だ。』
俺たち二匹と一羽は驚いて顔を上げた。
『どうやってその情報を?』
『ティアがあのセミラミスとかいう聖騎士の無実を訴えに教会本部に行った時、少し探りを入れた。』
驚愕するルビィの言葉にオンブルは淡々と答える。
『あの結界の中に入ったのか!?』
俺は更に驚愕した。俺自身も何度か教会本部に忍び込もうとしたのだが、強力な魔物除けの結界に阻まれて侵入を断念したのだ。
『ああ、思いのほか強い結界だな。なかなか自由に動く事が出来ずに苦労した。』
『いやいや、侵入するだけでも大したもんだよ。』
俺の言葉に、そうか。と特に何の感慨も無さそうに答えるオンブル。俺は小さくため息をついた。
『私たちの主人が狙われるのは分かります。計らずも方々で教会やブラッドーの邪魔をしてますからね。しかし何故にフォルテウス様とクリストファー様が狙われるのですか?』
アスールが話を元に戻してくれて助かった。
『儂は人間の世俗には疎くて良く分からんが、王位継承者が居なくなれば良いと言っていたぞ。』
『どういう事でしょう…。あのお二人以外に王位継承者はおりませぬ故、お二人が居なくなっても得をする者は居ないはずですが…。』
アスールが訝しげに首を傾げる。
『現王には他に子供は居ないのだな?』
『えぇ…。国王陛下には形式上の側室はいらっしゃいますがお子様はいらっしゃらないはずですわ。』
『その側室が教会関係という事は?』
『私の記憶違いで無ければ、関係は無かったと思います。』
ルビィの答えに俺はやれやれと頭を横に振った。
『ますます理由が分からんな。オンブル殿、他に何か得た情報は無いかな?』
俺は頭上を見上げる。
『種は既に播き終えた。と言っておったな。恐らく女子の声だ。恐ろしく嫌な臭いがしおってな、儂もあの部屋には入れなんだ。壁越しに聞こえたのはそれくらいだ。』
あまり感情を表にしないこの狼犬にしては珍しく顔を顰めている。俺たちよりも遥かに鼻が効くはずだから無理も無いか。
『女子…。』『嫌な臭い…。』
オンブルの言葉にルビィとアスールがそれぞれ反応した。
『恐らく間違いない。ブラッドーの赤毛の女だな…。オンブル殿、悪いがもしその女の臭いがしたら教えてくれないか?』
俺はもう一度、頭上を見上げながらこの桁外れの力を持った狼犬に願った。
『ふむ…、お主らが何に巻き込まれ、何を考えているかは知らん。だがティアを守る為なら協力しよう。何と言ってもティアは…。』
そこまで言ってこの狼犬は不意に顔を上げた。
『臭うぞ。あの女の臭いだ。』
その場に緊張が走った。
『方角は!?』
俺の言葉にオンブルは無言で首を巡らせる。指し示した方角は…。
『離れ!!』
ルビィが叫ぶよりも一瞬早く俺は駆け出した。そしてありったけの力を込めてレオナードへと念話を飛ばす。
『起きろ!!フォルテウスが危ない!!』




