110.三年目の合宿
まさか自分がこちらら側に立つ事になるとは思いもしなかったな…。
目の前に居並ぶ大勢の魔法科の生徒達を前に、僕は隣のダラス先生にバレないように小さくため息をついた。
ちらりと顔を上げるとパズたちと目が合う。隣のクリストファー様が顔を紅潮させて僕の事を見ていた。エレンとティアが小さく手を振っている。
僕は苦笑混じりでそれに答えた。
僕の足元では、フォルテウス様に頂いた白いリボンを首に巻いたクロが、微動だにせずに凛とした態度で座っている。
「以上がここで過ごして頂く上での大まかな注意点です。万が一分からないことがあればここに並んでいる人間に声を掛けて下さい。私からは以上です。」
「ではダラス先生、これから三日間、よろしくお願いします。皆さんも合宿所の方に迷惑を掛けないようにしてくださいね。それでは各自部屋に荷物を置いたら半刻後にここに集合です。午後の実習に入ります。」
は〜い、という間延びした返事を契機に、生徒たちがぞろぞろと動き出す。それを苦虫を噛み潰したような顔で見送るハウゼル先生。
きっと毎年の光景なのだろうな。なんて考えていると人波をかき分けてパズ達がやって来た。
「レオ!見違えちゃったよ!」
「レオナード殿!とてもお似合いです!僕も着てみたいな…。」
「あ、ありがとう…ございます。でもクリストファー様がこれを着るのはさすがに…。」
そう言って僕は苦笑いをする。
『馬子にも衣装、だな。』
ポツリと呟くクロを僕は横目で睨みつけた。
「生徒たちに分かりやすくする為にはこれが一番なんですよ。」
そう言ってダラス先生は、鏡越しに僕ににっこりと笑いかける。
鏡の中の、慣れない執事服に身を包んだ僕は、ガチガチに体を緊張させていた。
「うむ。とても似合っているぞレオナード。そのまま王宮勤めすらできそうだな。」
「滅相もございません!」
フォルテウス様に僕は即答する。クロを膝の上に乗せながら、かのお方は顎に手を当てて考え込む。
「ふむ…。私はそこそこ本気なのだがな…。まあ、まだ卒業まで時間もある。頭の片隅ででも考えておいてくれ。」
そう言って顔を上げると、フォルテウス様は含みを持った笑顔を向けてきた。
『…おそらく本気だな…。』
その膝の上のクロが小さく嘆息した。
「でも本当に似合っているわよ!ねっ!ティア?」
エレンが肘でティアを小突いている。ティアが、えぇ…、と小さく同意して顔を赤くして俯いた。
僕も顔のあたりが、かあっと熱くなる。
それを見てニヤニヤと笑うパズとエレンを、クリストファー様が不思議そうな顔で見ていた。
「クリストファー様、ご機嫌麗しゅうございます。皆様も。今年もお揃いですね。」
「爺も。息災かな?」
ダラス先生がクリストファー様に、次いで僕らににっこり笑いかけ、それに応える。
「今年もかのお方が離れでお待ちです。明日の朝、お待ちしておりますよ。レオナード君、皆さんのお迎えとご案内、お願いしますね。」
そこで離れた所からダラス先生を呼ぶ声がする。それに応えつつ、失礼します。と言い残してダラス先生は颯爽と歩いて行ってしまった。
「覚悟はしてたけど…、やっばり緊張するわね。」
「アルは残念がってたけどね。」
「あいつ、あれでも一応、西方公家の人間だもの。慣れてるのよ。」
ティア、パズ、エレン、三者三様の台詞を、またもやクリストファー様が不思議そうな顔で見ていた。
それから半日は、恐ろしい勢いで過ぎていった。
「…レオって本当に、妙な所で強い、というか野性的、というか…。」
みんなが必死で捕まえてきた鶏を、どんどん解体していく僕の手元から、エレンがしかめっ面で目を背ける。
「まあ、慣れてるからね。実家でもよくやってたし。それに人数も多いからのんびりしてたら終わらないよ。」
「それにしても意外なのはティアよ。血とか苦手だと思っていたわ…。」
僕の隣でティアが鶏の解体作業を手伝ってくれていた。横並びには医療系魔法の生徒たちが並んでいる。
「血を怖がってたら医療魔法なんて扱えないわ。もちろん暴力は嫌いだけどね。」
にっこり微笑むその片頬に返り血がついている…。なかなか迫力のある光景だ…。
エレンが大きなため息をついてハンカチを取り出すと、ティアの頰を拭った。そんなエレンをティアはきょとんとした顔で見返していた。
「「はぁぁぁぁあ〜…。」
その日の夜、と言うよりはほとんど夜中、僕とエレンは食堂の椅子にどさりと腰掛けて大きなため息をついた。
「二人ともお疲れ。大変だったみたいだね。」
正面に座るパズが苦笑まじりに労ってくれる。
「大変どころじゃないわ!まさかあんなに人が来るなんて!」
エレンが顔をがばっと起こしてそう言う。
「いい事じゃないか。生産系魔法は来年は人に困る事はなさそうだね。」
「そうでもないわよ…。みんな本気で生産系を学ぶ気があるのかどうか…。」
上げた顔がそのまましかめっ面に変わる。それを聞いたパズは不思議そうな顔だ。
「あの凄い火球を撃つにはどうしたらいいですか!?って質問はこればっかり…。」
僕とパズはあぁ…。と納得した。
「仕方ないわね。今やエレンはちょっとした有名人なんだから。」
ティアが四人分のお茶を運んで来てくれた。僕らはそれを受け取るとしばらく静かにお茶を楽しむ。
ふわりと香る花の芳香。渋みが少なくて眠りを良くするというお茶だ。
「レオの所も凄かったんでしょ?」
一息ついた所で今度はパズが僕へと質問を投げかける。
「ん〜…、そんなに人は多くなかったんだけど、いかんせん植物魔法は対応する人間か僕一人だったからね。まぁ、質問もエレンと似たり寄ったりだったよ。」
『皆、本気で自分の将来を考えているのか…。』
僕の隣で丸くなっていたクロがボソリと呟いた。
テーブルの上のカップを両手で包み込みながら、ティアは思案顔をする。
「まぁ、明日もあるし、今日はとりあえず興味本位、ってところじゃないかしら?」
ティアのその言葉に、なるほどな。と短く返すクロ。
「そういえば、この四人が仲良くなったのもこの合宿だったね。」
「あら?クロちゃんも入れてあげないと可愛そうよ。」
ティアの言葉に僕は大慌てでクロを見る。クロはクロで小さくフン!と鼻を鳴らした。その様子を見てティアがクスクスと笑う。
「あっと言う間に僕たちももうすぐ卒業か…。クロじゃないけど皆んなは卒業後、どうするの?」
パズがこんな問いを投げかけてきた。
「私はまだあと三年も学生生活残っているわ。だから医療魔法って人気薄なのよね…。」
笑顔から一転、大きなため息をつくティア。
「実は私も学園に残ろうかと思って…。」
意外だったのはエレンだ。
「クエレブレの叔父様に言われた通り、私は自分のこの力をきちんと扱えるようにならなきゃいけないし。それにこの力がそもそもなんなのか?どうして私の中に入り込んだのか?それを知りたいの。だから研究員として残るつもりよ。」
なるほど、と納得するパズとティアに対して僕の心中は若干、複雑だ。
しかしお前たち人間は、あの赤髪の少女に何て物を埋め込んだんだ…。
エレンが力を暴走させたあの日、クエレブレさんは確かに僕にそう言った。
どういう経緯で其方の元にこの力が宿ったか、そこまではさすがに私も分からぬ。時に力の強い精霊が気まぐれに人の赤子に宿る事もあるからな。
だが、あの世界樹の聖域ではエレンにこう答えたのだ。
辻褄が合わないのだ…。
クエレブレさんはきっと何かを知っている。知っていてあえてそれをエレンに教えなかった。
そして恐らくそれに気づいているのは僕ともう一人…。
『ふむ。まあ、慌てずにな。クエレブレの封印はしっかりしたものだし。ルビィも付いてる。心配は要らないさ。』
クロのこの言葉にエレンは愛おしそうに膝の上のルビィの頭を撫でる。ルビィは気持ち良さげにゴロゴロと鳴いた。
「パズは家業の方に入るんでしょう?」
そんなエレンの様子をにこやかに見つつ、ティアがパズに問いかけた。パズはわざとらしく一つため息をつく。
「そうだね。一応、跡取り息子だしね。父さんには、卒業してから本当の勉強が始まるぞ!なんて言われてるよ。」
「結局、みんなのお勉強は終わらないわけね。」
エレンがクスリと笑う。
「それで、レオはどうするの?」
パズがくりっとした目を僕に向けてきた。
「えっと…、僕は…。」
クロの金の双眸と目が合った。




