10.三日月
「ねぇ、クロはどう思う?」
僕はモヤモヤとした思いを胸に、相棒の子猫に話しかけた。
あの酒場での出来事の後、アーノルドとはほとんど会話をしないまんま寮へ戻り、玄関の所で別れた。アーノルドの方でも何を話したら良いか分からない。という風だったし、もちろん僕も話すきっかけすら見出せなかった。
『どう?とは?』
お気に入りの出窓のスペースに丸くなった子猫が顔を上げて見つめてくる。
「いや、そのさ…。昼間の酒場での出来事だけど…。」
外見は子猫だが、100歳以上生きているというこの魔物なら何か良い答えを持っているかもしれない。
『ふむ…。聞きたいのは死んだ兵士の事か?それとも勇者に関してか?それとも何か別の事か?』
一瞬、思案したような雰囲気を漂わせた後、子猫はこう聞いてきた。
「んー…。なんというか…、僕にもよく分からないんだ…。何かモヤモヤしてて…。」
『それでは俺も答えようがないな。』
あっさりばっさりと切り捨てて、子猫は再びまあるくなった。
(…どうしたらいいんだよ…。)
勇者様達の凱旋パレードが脳裏に蘇る。あまりに豪華絢爛だった。様々な武器や装備品に身を固め、誇らしげな戦士達。空に向かって火や水の魔法を打ち上げていた魔法士たち。特に金の縁取りがなされた白い全身鎧に身を固めた女騎士はまさに《正義の象徴》といった風情だった。
(確かアーノルドが聖騎士と言っていたっけ?)
聖騎士が何かは分からないが、恐らく高位の騎士、あの男達の言葉が本当だとすれば教会騎士団の偉い人なのだろう。騎士見習いのアーノルドにとっては憧れの存在だったに違いない。
(…僕だって、いつかはああなってみたいな、なんて思ったさ…。)
それくらいの眩しさを持っていた。その眩しさの陰で傷ついた人が大勢いた。死んだ人もいた。あの人の弟も、いや、あの三人の男も含めてその大勢の一人だ。正義の為の犠牲と言えば聞こえは良いのかもしれないが…。
「…そもそも、戦いに行く必要があったのかな?」
僕の小さな呟きに、子猫が再び顔を上げた。
『…お前はどう思う?』
「…。」
必要があった、とも、なかった、ともはっきり答えられなかった。
『いいか、レオナード。』
彼は居住まいを整えて座り直した。金色の虹彩がじっと俺を見つめている。
『考え続けろ。考え続けることを止めるな。』
僕も思わず座りを整えて子猫と向き合う。
『今日みたいな話はな、人に答えを貰うと失敗する。自分で答えを探し出すんだ。』
「自分で、答えを探し出す…。」
『少し話を変えよう。お前はどうして鍛錬を続けている?』
「…え?そ、それは…強く…なるため?」
『強くなってその後どうする?』
僕は答えに詰まった。
『…マルコを見返してそれで終わりか?卒業した後はどうする?もし就いた仕事が軍だったとしたら?そうでなくても、もしかしたら、お前の剣や魔法はいつか誰かを傷つけるかもしれないぞ?』
肩がびくりと震えた。そんな事、考えもしなかった。
『なぜ、何のために、強くなるのか。何のため、誰のために、その力を振るうのか。それを考え続けろ。そうすれば自ずと答えは見えてくるさ。』
出窓に設えた、専用の寝床で、黒い小さな影がすーすーと寝息を立てている。僕はベットの中から窓の外の月を見つめた。細い細い、今にも消えそうな三日月だった。
(考え続けること。か…。そういえば、今日、初めてクロに名前を呼ばれた気がする…。)
そんな事を考えていると、やがて意識は深い闇の中へ落ちていった。




