106.貪欲
「私と…似たような力…。」
エレンが絞り出すような声を出した。
「うむ。元々の根源が同じなのだろうな。波長が良く似ておる。」
『それが誰か分かるか?』
クロが身を乗り出す。それに対してクエレブレさんは首を横に振った。
「さすがにそれは無理じゃな。ここからでは遠すぎる。だが其奴の力はつい先日も感じたぞ。それも其方たちのすぐ近くで。それで儂がレオナードに迎えに行こうかと言ったのだが断るし…。」
最後はいじけ出したクエレブレさんを無視して僕らは顔を見合わせた。
「それって…。」
『間違いなくあいつだ。あの少女を操っていた者だな。』
僕の言葉をクロが受け継いだ。
「だとするとブラッドー商会…。」
「…赤毛の女…。」
パズとエレンがそれぞれ呟く。
「色んな物が繋がって来たな…。」
アルが腕を組んで唸った。
その時、こほんと小さく咳払いが聞こえる。
「あー、人間の事に私は極力顔は突っ込まないのだが…。」
そう言ってクエレブレさんはエレンを見つめる。
「その力、暴走させたくないのなら自分自身の意思できちんと操れるようになる事だ。」
「そんなの…分かってますよ。」
クエレブレさんのこの言葉にエレンは口を尖らせる。その様子を見て、彼はやれやれと首を横に振った。
「分かっておらんから言っているのだ。その力、単に力任せに撃ち出すのは得意なようだが、細かい調整や操作は苦手じゃろう?」
うっ…と言葉に詰まるエレン。確かに細かな魔力調整、操作はエレンが苦手とする分野だ。
「こういう鍛錬をしてみるといい。」
クエレブレさんがそう言うと、彼の目の前に小さな火球が生まれた。その火球はぐにゃりと形を変えると鳥の形になる。さらにそれが二羽、三羽と増え、やがて沢山の炎の小鳥が僕たちの周りで遊び出した。
「…凄い…。」
エレンは勿論、僕ら全員が絶句している。クロですらその光景に目を奪われていた。
そして唐突にその小鳥たちは宙へかき消えた。
「本当の魔力操作とはこういう事だ。だが一つ難点があるとすればエレンの力は人間が持つには大き過ぎる。操作に慣れるまで少し力を弱める封印を掛ける事は出来るがどうするかね?」
エレンとクエレブレさんが真っ向からじっと見つめあった。
「…その封印をかけて貰えば、ある程度暴走は防げるのでしょうか?」
エレンの口調がより丁寧なものに変わっている。クエレブレさんは頷き返した。
「周りからの干渉を防ぐようにかければ恐らく大丈夫だろう。それに其方がきちんと力を操れるようになればその封印は次第に弱まる。」
一つ、大きく深呼吸すエレン。そして、
「お願いします。」
そうハッキリと答えた。そこに意外な所から待ったがかかった。
「それは一時的にでも力が弱まるということだろう?それで良いのかエレン?帰ったら競技大会が待っているぞ?」
アルがじっとエレンを見つめている。エレンがクエレブレさんから視線を外してアルを見つめ返した。しばしの沈黙、それからふっとエレンが笑う。
「もし、本当の戦いになったらどんな状況に置かれるかなんて選べないわ。それに、私たちはまだ生徒で、あくまで競技会よ。その時、出来ることを一生懸命やってみるだけ。これ、あんたの言葉でしょ?」
アルが驚いて目を見開く。僕はその隣で思わず吹き出してしまった。
「…というわけで、よろしくお願いします。」
エレンが再び表情を引き締めてクエレブレさんに向かい合う。クエレブレさんがその顔を見て深く頷いた。
「では…、彼女が君の使い魔かな?」
クエレブレさんはエレンの膝の上に座るルビィを見つめた。
「え、ええ、そうですけど…。」
真意を掴みかねてエレンが怪訝そうな声を出す。ルビィが顔を上げてクエレブレさんの三対六つの黒曜石の瞳を見つめた。しばし無言で見つめ合う。
「…よし、終わったぞ。」
何の前触れも無く、クエレブレさんが顔を上げた。ルビィは再びエレンの膝の上で丸くなる。
「え!?これで終わり?」
エレンが目を白黒させている。無理も無い。僕らだってあっけなさすぎて、あっけに取られている。
「エレン、何か変わった所は?」
「…特に無いわ。」
パズの質問にエレンが自分の体のあちこちを見ながら、首を横に振る。
『心配しなくていい。こいつはきちんと仕事をした。』
安心させようとしているのか、クロが補足してくれた。
「なんかこう…もっと派手な場面を想像していたのだけど…。」
そんなエレンの言葉にクエレブレさんが声を上げて笑った。
『さて、これでエレンは問題無いだろう。後は自分の鍛錬次第だな。』
クロの言葉にエレンが深く頷く。
「エレンは、ってどういう意味だ?」
アルが訝しげな顔をしている。クロがひょいと僕の方に顔を向けた。僕の心臓がどきりと跳ねる。
『こいつも見てやってくれ。』
「どういうことだ、レオにも何かあるのか?」
アルがくるりと僕の方を向いた。僕は、ははは…と小さな笑いを返す。
『先日、あの黒い盾を呼び出して以来、こいつの魔力が戻りきっていないんだ。』
「…ごめん、私のせいで…。」
「違う!違う!エレンのせいじゃないよ!」
クロの言葉にしゅんと俯くエレンに僕は慌てて声をかける。
『その通りだ。悪いのはエレンではない。魔力が少ないレオナードのせいだし、とんでもない力を押し付けたこいつのせいだ。』
僕とクエレブレさんはクロを睨むが、クロは素知らぬ顔だ。それを見てクエレブレさんは一つため息をつくと僕へと向き直った。
「確かに力を押し付けたのは私だ。済まなかった。どれ、見せてくれ。」
そう言って黒く長い爪のついた手を僕に差し出す。僕は自分の左手をその手の上にそっと乗せた。
「…ふぅむ…これは…面白いというか興味深いというか…。」
僕の左手の黒い痣に目を向けながら、クエレブレさんは楽しそうな声を上げる。
『何が起きているんだ?だいたいの予想はついているんだが。』
「レオナード自身が無意識のうちに儂が与えたこの力を取り込んで支配下に置こうとしておるよ。」
今度こそ、クロも含めて僕ら全員があっけに取られた。
『…すまん、それは予想してなかった。てっきりその力を抑える為に力を割いているとばかり思っていたのだが…。それは確かに興味深いな。』
クロが素直に謝りつつ、身を乗り出して僕の手を覗き込んでくる。
「それもまあ、半分は当たりじゃがな、それ以上に儂の掛けた制約を取り払って自分のものにしようとしておる。なるほど、大人しそうに見えて、なかなか貪欲な男だな。」
クエレブレさんは僕の顔を見てニヤリと笑った。
「そ、そ、そんなこと言われても…、無意識、なんですよね??」
貪欲と言われ、僕は慌てふためいて左手を引っ込めた。
「貪欲って言葉がこんなに似合わないのにね…。」
パズが半笑いでため息をつく。
『今、制約、と言ったな?どんな制約だ?』
「ティアラを護る時にだけ、力が発動するように制約を掛けておいたのだよ。」
クロの質問にどやっとした顔で答えるクエレブレさん。
「…とんだ親馬鹿ね…。」
しばしの沈黙の後、エレンが辛辣にそう言い放った。
「と、とにかく、その制約を取り払えば自ずと魔力も戻るだろうて。」
慌てて取り繕うクエレブレさん。だがエレンの冷たい視線は変わらない。
『だがその制約を取り払うとあの力がレオナードの思い通りに使える、ということだろう?』
「それって…。」
『かなり危険だな。』
クロははっきりとそう断言した。
「そんなに危険なのか?」
のんきなのはアルばかりだ。
『一回使っただけで全魔力を消費するような代物だぞ?下手したらそれこそ命を落とす。』
「それは危険だな…。」
アルが即座に手の平を返した。
『取り除くことは出来ないのか?』
「出来ないことはないが…、レオナードはそれで良いのか?」
クエレブレさんがじっと僕の目を覗き込んで来る。
「僕は…。」
どうなのだろう。言葉が続かない。みんなが静かに僕の答えを待っていた。クロの金の双眸が僕をじっと見つめてくる。
「僕は…僕は…、この力が欲しい。」
アルたち三人が意外だという顔をした。クロが一つため息をつく。
『理由は?』
怒っているのか判別しない声で、短く僕に問いただしてきた。
「みんなを…、僕の大切な人たちを守る力が欲しいんだ…。この前だってこの力が無ければみんなを守れなかったと思う。もちろんエレンのせいじゃないけどね。」
「分かっているわよ。もう大丈夫だから。」
エレンは少し怒ったようにそう答えた。僕は、ちょっと苦笑いして続ける。
「セミラミスさんにも言われた。お前のまわりには随分頼りになる者が多いようだけど、自分はそれに見合っているか?って。」
「そこは気にしなくていいと思うんだけどな。実際、あの後に彼女らを救ったのはレオなんだし。」
パズの言葉に僕は首を横に振る。
「魔法植物の種の仕込みはクロの提案だし、実際僕一人の力では助けられなかった。二フラ治療だってパズが居てくれたからこそ成功したんだ。」
照れ隠しなのかパズが黙ってぽりぽりと頬をかく。
「もちろん、ここにいるみんなは僕が守る必要なんてこれっぽっちも無いと思う。だけど、例えば故郷の家族や村のみんなだっている。困っている人がいたら力になりたいと思う。だから、力をつけられる時にはその機会を逃すべきじゃないと思うんだ。」
僕は一気にそう言ってクロの目を見つめ返した。しばらく、クロはじっと俺の目を見るとまた一つ、さっきよりも大きなため息をついた。
『…本当にそういう所は強情な奴だ…。分かった、俺が折れよう。ただし、条件がある。』
「条件?」
『ああ…、クエレブレ、こいつが力をちゃんと自分の物にできるまでその一端を封じる事はできるよな?エレンにやったように。』
なるほどな。とクエレブレさんは頷く。
「もちろん可能だ。お主はそれで良いのだな?《聖なる夜》よ?」
聞きなれないか呼び名にアルたち三人が首を傾げるが特に誰も何も言わなかった。クロは短く、ああ。と答える。
「では望み通りにしてやろう。手を。」
僕は再びクエレブレさんの手に自分の左手を乗せる。クエレブレさんは反対の手の人差し指の爪で僕の痣に軽くふれた。
「…おおお!」
誰ともなく感嘆の声が上がる。痣の形が少しずつ変化していく。
「これは…猫?」
僕の手を覗き込んでいたエレンがそう感想を漏らした。そう僕の左の手の平の黒い痣は、見ようによっては、ちょこんと腰を下ろした黒猫の姿に形を変えていた。
「今のレオナードにはぴったりだろうて。」
そういってクエレブレさんがにこやかに笑った。




