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104.隠すには森の中

『いやはや、面倒な事になりましたな。』

そうボヤいたのはパズの使い魔、鳩のアスールだ。

まったくだ、と同意をしながら俺はにゅーっと体を伸ばした。

『あのセミラミスとかいう女聖騎士もなんだが可哀想だわ。』

あれ?乱暴な人よね、とか言って毛嫌いしてなかったっけ?と思いつつ口にはしない。こういう時に一言多いのはアーノルドだけで十分だ。

場所は山道をトコトコ走る馬車の屋根の上。今日は天気も穏やかで日向ぼっこにはもってこいだ。

レオナード達は疲れ果てて馬車の中で寝ているから俺たちは外で監視役、兼井戸端会議だ。

『しかし、教会とブラッドー商会が組んでいたとは…。』

パズールが羽を繕いつつ嘆息する。

『組んでいるかどうかはまだ分からないさ。単に教会がブラッドー商会にセミラミス抹殺の依頼をしただけかもしれない。その理由と見返りが何か、そこがまだ見えてこないがな…。』

困りましたわ。とぼやきつつこちらもにゅーっと体を伸ばすルビィ。

『教会、特に王都の総本部は人間以外の生き物が中に入れないよう厳しく監視がされてて、結界まで張られていますの。流石にあの中を調べるのは無理ですわ…。』

『人間至上主義らしいやり方だな…。』

だがそれが建前で、恐らく本当は、俺たちみたいに動物に成りすました使い魔が、密偵に潜り込むのを恐れての事だろう。俺はフン、と鼻を鳴らした。

『まぁひとまず窮地は脱した、という所だな。ただ問題は夏休みが終わって王都に戻った後だ。連中がどう動くかは分からないが今まで以上に気をつけねば…。』

『まぁ、クロ様が先回りして手を打っているのは存じておりますから、私はあまり心配はしていませんけれど。』

ふふん…と柔らかな尻尾を振って笑うルビィ。

『…そういう慢心が油断を招くのだぞ。』

俺が陰でコソコソ動いているのがバレていた事を隠すために、わざと強がりを言ってみたが、アスールにぽっぽっぽっと笑われて終わってしまった。

魔物の年齢は見た目では測れないことが多いが、この二人は老獪、という言葉がよく似合う。

俺は小さくため息をついた。




山道の勾配が緩くなり、平坦に近づいた頃、ちょっとした草地に出た。その向こうには鬱蒼とした森が広がっている。馬が自然と足を止めた。

『…ようやく着いたようだぞ。』

いつかの時のように俺は馬車の中へと念話で話しかけた。

レオナード達がわらわらと起き出して、次々と馬車から降りる中、俺は屋根から飛び降りる。振り返るとルビィはわざわざエレンに抱きかかえられて降ろされている。本当は簡単に飛び降りれるはずなのに…。何だかんだでお姫様気質だな…。

「え?ここ?」

レオナードが素っ頓狂な声を上げた。

『いや、ここから少し歩く。馬がここから先へは進みたがらないだろう。』

そう言うと俺はパズとその従者の男を振り返った。案の定、俺が言ったように馬が先へ進もうとしない旨を話している。

得てして動物の方が人間より、生存本能や危険察知能力が高い。この先に待つ巨大な存在に怯えているのだろう。

結局、ここで小さな野営地を作ることにし、俺たちは徒歩で森へと入っていった。

「どれくらいかかるの?」

森に入ってすぐにレオナードが訪ねてきた。エレンやティアを気にしてのことだろう。

『そう遠くはないさ。それに向こうもこちらを察知して迎え入れてくれているようだし。』

俺のその言葉通り、風が一陣、びゅんと吹き抜けると、音もなく下草がかき分けられ、木々の枝が不自然に動いて、人が二人並んで歩けるくらいの道がぽっかりと出来上がる。

レオナードたちはあっけにとられてその様子を眺めていた。

『行くぞ。』

俺は短くそう告げると先陣を切って歩き出す。皆んなは押し黙ってその後を付いてきた。

道は一つ。迷う事はない。

半刻ほど歩いたあたりで視界がぱっとひらけた。目の前には小さな泉が広がっている。

「なんか、想像していたよりも静かな場所だな。もっとこう、おどろおどろしい大きな城とか火山とかを想像してたよ。」

アーノルドがそう感想をもらす。

「そうね…。でも、なんだか…うるさいわ…。」

エレンのその言葉に同意を示したのはレオナードとティアだった。逆にアーノルドはきょとんとした顔で三人を見比べる。

「なんだが…小さなヒソヒソ声?があちこちから聞こえる…。でも嫌な感じがしないの。」

ティアもキョロキョロあたりを見渡した。

『精霊とか妖精とか、その類だろう。このあたりは聖域になっているし、奴はオーベロンとも呼ばれているからな。』

「え!?ティアのお父さんってオーベロンなの?」

俺の言葉に反応したのは意外にもパズだった。

「パズはオーベロンの名前を知っているの?」

レオナードの言葉にパズが頷く。

「うちの父親が古書や古い伝承なんかを集めたりするのが好きな人なんだ。僕も良く見せてもらったりするんだけどね、その古い伝承に出てくるんだよ、オーベロンの名前が。」

古い伝承…とティアが複雑そうな顔をする。まぁ自分の父親の話だしな。

「妖精の守護者、精霊王、夜の帳、オーベロン。この国の開祖に剣と盾を授けただとか、妖精を見世物にして苦しめた人間に怒って街を一つ吹き飛ばした、そんな逸話が残ってるよ。」

それを聞いてティアの表情が更に複雑になった。まぁ自分の父親が街を一つ吹き飛ばした、なんて聞いたら普通は平然とはしていられない。

「確かに伝承では山奥の泉のほとりにある洞窟の中に住んでいる、って話だけど…。」

そうパズが言うと、みんな一斉にあたりを見渡す。

「…洞窟…。」

「ないわよね?」

「ないね…。」

口々に呟くレオナード達に俺は嘆息した。

『お前たちもまだまだだな。』

そう言って俺は目を閉じると、意識を集中させた。意識の一角に小さく引っかかるものを見つける。そこか。

『我が友たる光の精霊よ、我が願いを聞き届けたまえ。紡ぎて覆い隠せし光の帳、その帳の内に秘めしものを我が前に表さんことを。』

詠唱を終え、俺は目を開いた。目の前の景色が一瞬ぐにゃりと歪むと、泉の中央に小さな小島が現れる。そこに小さく口を開けた洞窟が姿を現していた。

おぉ…。とレオナードたちが小さく声を上げる。

「…でもどうやってあそこまで渡るんだ?まさか泳ぐのか?」

アーノルドの問いに俺が心配要らない、と答える間も無く、水中から小さな音を立てて橋が浮かび上がって来た。白い石で出来た綺麗な作りの石橋だ。

「…なんか…雰囲気出てきたな…。」

アーノルドが最初とうって変わってワクワクとした様子を見せている。

「この橋、渡って大丈夫なのよね?途中で沈まないわよね?私、泳げないのよ…。」

パズの上着の背中をがっつり握ってエレンが最後に橋を渡り切った。それと同時にその背後で橋が音もなく泉の中へと沈んでいく。

「…帰りは一番最初に渡るわ…。」

振り返ったエレンは青い顔をしてそう言った。申し訳ないがその様子がおかしくて、皆んなの顔に笑顔が戻る。緊張していた雰囲気が少しだけほぐれた。

「…さて、行こうか!」

レオナードが、おそらくわざとだろう、少し大きめの声で明るくそう告げる。皆んなは顔を見合わせて大きく頷くと洞窟へと足を踏み入れた。それぞれ手に輝光石を持っている。


「…すぐ階段になってるからきをつけ…わあっ!!」

俺とともに先頭を切って入ったレオナードは最後まで喋る事が出来なかった。あちこちで悲鳴が上がる。

最後尾のアーノルドが洞窟に足を踏み入れた途端に足下の大地が消え去って俺たちは暗闇の中を自由落下、そう、落ちていった。

「ど!ど!どうするの!?クロ!?」

『俺に聞くなぁ!!』

「助けてぇぇぇえええ!!!」

色んな声が響く中、足元からぱっと明るい光が広がった。



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