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103.罠と獲物

「ちっ!急所は外れたか。」

むくりと起き上がった少女の片手には血の付いた、小振りのナイフが握られていた。

「邪魔ばかりする小僧どもだ…。」

忌々しげに顔を歪める少女。そこには幼さなど微塵も無く、子供のものとは思えない、邪悪な顔をしていた。何故かその顔に僕は既視感を覚える。

「…貴様、一体なにを…。ぐっ…。」

セミラミスがガタガタと震え始める。

「くけっ!保険で毒をたっぷり塗っておいたからなぁ。」

ケタケタと笑う少女。その少女へ向かって騎士達が一斉に剣を抜きはなった。

「良いのかい?この少女には何の罪も無いぜ?私が体を借りてるだけなんだからさ…。」

そう言った後、少女が急に表情を変えた。

「…え?何これ?何なの!?」

小さく悲鳴を上げ、手に持っていたナイフを投げ出すと怯えたように周りを見渡しガタガタと震えている。

これにはさすがに騎士達も戸惑いの表情で互いを見合っている。

「…ひゃは!お前ら馬鹿ばっかだよなぁ!」

そしてまた突然表情を変える少女。僕の疑念が更に深くなった。

「…お前、もしかして南方で騒ぎを起こした犯人か…??」

僕のその言葉に少女が再び忌々しそうに僕の方を見る。その顔は冬に南方で騒乱を起こそうと暗躍していたあの痩せた男の顔と瓜二つだった。だが少女は何も答えずにじりじりと後ずさって行く。ナイフを拾うとピタリと自分の首筋に当てた。

「いいか?誰か一人でも動いてみろ。この可哀想な女の子の命はねえぞ!それにな、その女の命も危ないぞ?何せ大猪でも数分で死んじまう猛毒だからなぁ。」

ニヤリと禍々しい笑いを浮かべる少女。僕らはハッとなってセミラミスを見た。額にびっしりと汗をかき、呼吸が荒くなっている。

その隙に少女はだっと駆け出して森の奥へと消えて行った。

「くっ!セミラミスさんの手当てが先だ!傷を見せて!」

僕がそう叫ぶと騎士達が慌ててセミラミスの鎧を外しにかかる。脇腹に小さな刺し傷があるがその周りが紫色に変色していた。

『レオナード!二フラの毒消治療だ!』

僕は無言で頷くと腰のベルトに付けていた小さな入れ物から二フラの種と手袋を取り出した。素早く手袋をはめると種を傷口に植込み、魔力を集中させる。

「な!なにを!?」

騎士達が仰天するが構っていられない。

「治療魔法の一種です!黙ってて!」

ティアが叫ぶとあたりがしんと静まり返える。その間にも二フラは成長し、その根が傷を塞ぎ、芽を出して程なく、小さな黒い実をつけた。そしてその実を気流操作魔法で外そうとした時、ふらりと目眩を覚えた。

「…しまった!」

そう叫んだ時には時すでに遅し。


ぺしゃり


実が弾けた。だがその毒の果汁は飛び散る事なく空中で留まった。

「大丈夫。僕の局所結界魔法で飛び散りを防止するから。気にせずどんどん毒を吸い出しちゃって。」

顔を上げるとパズが向かいで傷口に両手をかざしている。安心させるように笑顔を僕に向けてきた。

「…助かる!」

こうなれば一気に行くだけだ。僕は毒を吸い出す事だけに意識を向ける。

四つ目の実で黒色が薄くなり、五つ目で完全に緑色の実に変わった。

「…よし!僕は毒を捨ててくるよ!」

パズがゆっくりとした動作で立ち上がると、毒液を閉じ込めた局所結界と共に少し離れた草むらへと向かって行く。

僕は最後に草枯れの魔法をかけて、二フラを完全に除去した。

「これで…完了だ…。」

それだけ言うのが精一杯だった。次の瞬間、僕の意識はふつりと途切れ、目の前が真っ暗になった。




…ナード…レオナード…。


これも二回目だな。きっとクエレブレさんだ。


近くに来ているのに遅いと思ったらとんだ事故に巻き込まれているようだが…大丈夫か?


大丈夫かと聞かれると自信は無いですけど…。


わしが迎えに行こうか?


いや、それはきっと大騒ぎになるのでやめて下さい。


セミラミスや騎士達がいる目の前にクエレブレさんが現れたら、竜の姿でも人型でも大騒ぎが起こってしまうのは目に見えている。


そうか…、首を長くして待ってるからはよう来てな…。


なぜか少し寂しそうに呟くクエレブレさん。


この人、初対面の驚きからどんどん印象変わってるんだけど…。


この僕の思考も伝わっちゃうのかな?まぁいいや。


そんな事を考えているうちに世界に光が溢れ出した。




「…オ…。レオ!」

僕は薄っすらと目を開いた。いつもと同じ顔ぶれ。あぁ、僕自身の世界に戻ってきたみたいだ…。

「大丈夫か!?レオ?!」

アルに向かって僕は小さく頷くと、僕はゆっくりと上体を起こした。

『魔力の使い過ぎだな。まぁ前回倒れた時よりはだいぶマシだろう。』

「今回は皆んなが助けてくれたから。僕一人じゃ到底無理だったよ。」

僕は一人一人の顔を見返していった。もちろん、相棒の黒猫の小さな顔も。

「ところでセミラミスさんは?あと…あの子は…?」

「セミラミスさんはまだ気を失ってるいるわ。ただ容態は安定してるからもう大丈夫だと思う。あの女の子は…。」

ティアの言葉にアルが首を横に振った。

「今、騎士達が手分けして捜索しているが恐らく見つからないだろうな…。」

重い空気があたりを漂う。それからエレンが口を開いた。

「レオの言ってたあれって、どういう意味?南の騒動の犯人って…。」

全員の目が一斉にエレンに集まり、それから揃えたように僕を見た。

「…あの子の顔、というか表情が、あの痩せた男が時々見せた顔とそっくりだったんだ…。それにティアとクロが南方公様の体から追い出した煙の中にも、同じ様な顔を見た気がする…。」

「…そう言えば、この体は借りてるだけだ、ってあの子、言ってたね。」

パズが思い出すように呟いた。僕は頷き返す。

「魔法か何かで人を操る、ってこと…?そんな魔法や技術、聞いたことない…。」

エレンの顔が青白くなっている。

『世界はお前達が思っているより遥かに広くて深い。そんな技術や魔法が在っても別におかしくはないさ。』

誰もが押し黙った中、クロが事も無げにそう言い放った。


セミラミスが目を覚ましたのはそれからすぐだった。だが毒の影響か、体の至る所に痺れが残っているようだ。

とにかく屋根があって休める所を、ということで僕らは再び半日かけて村へと戻ったのだが…。


「…どういうことだ?」

荒れ果てた村で僕らを待ち構えていたのは、風にたなびく白い旗と大勢の騎士達だった。

「も、申し上げた通りです。重大規律違反の嫌疑がかけられています。我々とご同行願います、セミラミス殿。も、もし抵抗される場合には捕縛せよ、との命を受けています。」

フン…捕縛な…。セミラミスは鼻でそう笑って、目の前の騎士を見た。白と金を基調としたその鎧はセミラミス達と似通っている。それもそのはず、彼らは同じ聖神教会騎士団の所属だからだ。

その数はざっと百人以上。いくらセミラミスでもこの人数相手では敵うまい。しかも今はまだ毒の影響が残っている。

「本当にどういうこと?」

セミラミス達の更に後ろから遠巻きに僕らは彼らを見守っていた。

『ふむ…かなり面倒くさい事態のようだが…、今は大人しく静観するしかないだろう。』

僕の呟いた疑問にクロが答える。

「…そちらの後ろの方々は?」

セミラミスと向かい合っていた騎士が、僕らに視線を向ける。

「彼らは…、」

セミラミスはチラリと僕らを振り返った。

「王立学園の生徒たちだ。夏休みで旅行中との事で昨日偶然出会っただけだ。」

命を救ったお礼なのか、それともティアへの配慮なのか、どうやら僕らをこの事態から遠ざけようとしてくれているようだ。

「それにしては随分立派な馬車のようだが…。」

「アクセルマン商会の御曹司殿が乗っているからな。」

セミラミスのその一言に騎士は、あぁ…、いとも簡単に納得した。

いつの間に彼女に自己紹介したのだろうとパズを見ると、不思議そうな顔をしている。どうやら彼女は思っていたより抜け目が無いようだ。

「では、我々と共に来て頂けますかな?セミラミス殿?」

どうやらその騎士としては面倒事は増やしたく無いらしい。すぐにセミラミスに視線を戻す。

「…良いだろう。どこに逃げも隠れもしないさ。」

しばしの睨み合いのあと、彼女はそう答えた。


「…一体全体、なんだったんだこの二日間は…。」

遠ざかっていく騎士達一行の背中を見つめながらアルが深々とため息をつく。言葉には出さないが全員が同じ気持ちだ。ただティアだけは更に浮かない顔をしていた。

「…ねぇ、これって…。」

『完全に罠だろうな。嵌められたんだろう、セミラミスは。』

ティアの言葉をクロが引き継ぐ。

『あからさまに裏で教会が糸を引いている。そして下手をすると教会とブラッドー商会が繋がっている。』

みんなが薄々感じていた事だが、いざハッキリと言葉にされると、それは腹の底にズシンと響くような重さを伴っていた。

「…ここの村人達は?」

「そもそも人が住んでいたのかすら不明だよ。誰も村人を見ていないし、あの女の子も多分違うでしょ?それに最初は気付かなかったけど、よくよく見るとこの村、変なんだ。」

エレンの疑問に答えたのはパズだった。変?とエレンがおうむ返しに問い返す。

「そう。生活感が無さすぎるんだ。周りに畑も無ければ家畜も一匹も居ない。干してある服も無ければ食糧になりそうなものはほとんどない。そんなに古くは無いけど、廃村だったんじゃ無いかな?」

パズの言葉に僕らはハッとなってあたりを見渡した。

家屋の殆どは焼け落ちていたが、確かに家財道具らしきものの残骸は殆ど見受けられなかった。打ち壊された井戸の横に、苔むした水桶が一つ転がっている。

「最初に感じた違和感の正体はこれだったのか…。」

誰とも無く僕は呟いた。


唯一、原型を留めている村の中央の教会に僕は薄ら寒いものを感じて、小さく身震いをした。








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