102.種子
「思ってたより静かだな…。」
アルがポツリとそう呟いた。
僕とアルは焚き火を囲んでいる。その焚き火には一番大きな鍋をかけ、出来るだけの湯を沸かしていた。もし怪我人などが出たらいつでも対処ができるように…。
空は白み始めていたが、森の中は静寂に満ちていた。
「無難な判断だ。」
僕らが襲撃に参加しない事を伝えるとセミラミスは短く一言、そう言った。
「これをお持ち下さい。」
僕の隣からティアが小さな小瓶を差し出す。
「簡易的なものですが塗り薬です。多少の助けにはなるかと…。」
「ありがたく頂戴いたします。」
僕に向かう時とは違った慇懃な態度で頭を下げ、瓶を受け取るセミラミス。ティアがちらりと僕の方を見る。僕は小さく首を横に振った。
この小瓶は元々は僕の持ち物なのだが僕から渡しても恐らくセミラミスは受け取らないだろう、という事でティアに頼んだのだ。
ティアにしてみれば感謝されるべき人間が違うと言いたいところなのだろう。
「それではティアラ様、行って参ります。ブランシュ、貴様はしっかりティアラ様をお守りしろ。」
そう言い放ってくるりと踵を返すと、お供の騎士達を引き連れてセミラミスは廃坑へと向かって行った。
「…しかし本当に静か…。」
アルが再び呟こうとした時、突如、周りの木々から鳥達が一斉に飛び上がった。
「な!なんだ!?」
ず、ず、ず、ず…
やや遅れて大地が振動した。
「地震!?いや、これは崩落!?」
足元の揺れはすぐに収まったが静かだった森の空気は一変していた。廃坑の方からは、大変だ!という声がしきりに聞こえてくる。外で見張りに立っていた騎士達だろうか?
『待てアーノルド!今、背後から襲われたら危険だ!みんなでまとまって動くんだ!』
思わず駆け出そうとしたアルをクロが引き留める。
何事!?と言いながらパズたち三人が馬車から降りてきた。
『よし、とにかく廃坑の方へ行ってみよう。みんな油断はするなよ。』
クロの言葉に僕らは顔を見合わせて頷く。全員の顔が緊張と不安で青ざめていた。
廃坑の入り口では数人の騎士たちが呆然としていた。かなりの土煙が立ったのか、あたりは埃っぽく、騎士たちの鎧も薄く土を被っている。
入り口は崩れてきたのだろう、岩で完全に塞がれていた。
『完全に最悪の予想の方へ転がったな…。』
ティアやパズが手分けして見張りの騎士たちの安否を確認している横で、僕とクロは入り口があったであろうあたりの岩壁に向かっていた。
『レオナード、いけそうか?』
「分からないけど…とにかくやってみるしかない。」
僕の硬い声にクロが小さく頷く。
そして僕は片膝をつくと、目の前の岩の一つに手を当てた。
「こっちに怪我人はいないみたい…ってレオ、なにやってんだ?」
見張りの騎士たちの安否確認を終えたアルが訝しげな顔で近づいてきた。
『セミラミスたちの位置を探ってもらっている。』
僕に代わってクロが答えると、アルの表情がさっと変わる。
「そんな事出来るのか?」
『セミラミスに渡した塗り薬の底にレオナードの魔力を込めた魔法植物の種を入れてあるんだ。その位置を探っている。そこにあいつらが居るはずだ。セミラミスがちゃんとそれを持っているなら、だがな。』
僕らの様子に気づいた他のみんなと騎士たちも集まってきた。彼らにはアルが説明をしてくれる。
そうこうしているうちに僕の意識に微かな感覚が引っかかった。
「…あった…。」
僕の小さな呟きに周りがざわめいた。
「結構深くまで潜ったみたいだ…。手作業で掘ってては間に合わないかもしれない…。」
周りのざわつきが大きくなる。
『レオナード、いけそうか?』
先ほどとまったく同じ質問をクロが投げかけてくる。だがその意味は別だ。
「とにかくやってみるよ…。」
僕はそう言うと、意識を集中させて地中深くにあるはずの種に向かって魔力の手を伸ばそうとする。だがなかなか上手くいかない。
「…くそっ!駄目か…。」
僕は一度額の汗を拭った。
「レオ?何をしているの??」
エレンが訝しげに僕の手元を覗き込んだ。
「塗り薬の中の種に魔力を送って発芽させようとしているんだ。あの種はダラス先生が改良した魔法植物で茎や根を操作して、こういう時の避難や救助活動が出来るようになっているんだ。ただ…。」
ただ…?とエレンが聞き返す。
「…僕は魔力を遠くに送るのが得意じゃないんだ。それに…、いやこれは何でもない。」
それにあの黒い盾を呼び出して以来、僕の魔力は完全に回復していない。というよりも左手の黒い痣に吸い取られているような気さえするのだ。これはクロしか知らない。
今それを話すと確実にエレンとティアが気にするだろう。僕はそうさせたくなくて口をつぐんだのだ。
そんなエレンとティアは互いに顔を見合わせると頷きあった。
「レオ、遠隔地に魔力を飛ばすのなら私とティアの得意分野よ。」
「レオくん、私たちも手伝うわ。」
「え?でも…。」
思わぬ二人の申し出に僕は目を白黒させた。
『ふむ…。やってみる価値はあるだろう。何せ人の命がかかっているんだ。何でもやってみるしかない。三人の魔力の細かな調整は俺が受け持とう。』
クロの言葉に僕ら三人は交互に顔を見合わせると頷いた。
そして三人で手を一つに重ねて岩へと当てる。更にその上にクロの小さな前足がチョコンと乗った。
『行くぞ…。』
クロの合図と共に手へと魔力を送り込む。重なった三人と一匹の手が眩く光を放ち始める。周りで見守っていた誰かがゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
「…凄い…!」
先ほどまではあんなに遠くに感じた種までの距離があっと言う間に近づく。魔力の先端が種に届くのを感じた。
「レオ!細かい魔力操作は任せたわよ!」
エレンが檄を飛ばしてくる。僕は一つ頷くと意識を集中させ種を一気に発芽させる。魔法植物の命の脈動が聞こえてくる。
「先ずは根っこだ…。」
僕らの魔力の道筋を辿ってどんどん根を引き寄せていく。
ぴしり…
程なくして岩に亀裂が入るとそこから植物の根が生え出した。
そこから僕は地中深くへと繋がる道をイメージしていく。すると絡まった植物の根が意思を持ったように動き出し、地面が小さく振動する。やがて植物の根で形作られた、人が一人通れるほどの小さな道が出来上がる。
「アル!皆さん!急いで救助に向かって下さい!僕らはこの道が崩れないように維持してますから!もう一度崩落が起きたら支えきれるか分からない!」
僕らの呼びかけにハッと我に返ったアルと騎士たちが駆け出す。
僕らの後ろでは丁寧にパズが結界を張ってくれていた。
どのくらいの時間が経ったのだろうか?ほんの短い時間だったかもしれないが、緊張を強いられていた僕らには永遠のように長く感じた。そして…
「…済まない。助かった…。」
アルや他の騎士たちに肩を借りながら、セミラミス達が通路から這い出てきた。
「村の人達は!?」
ティアの問いかけに首を横に振るセミラミス。
「姿形も無い。それどころか魔物の姿すらない。一体どこへ消えてしまったのか…。」
そう言って手近な岩の上に腰掛けた。残りの騎士達も各々、地面へとへたり込む。
「それに突然の崩落…。一体全体どうなっているんだ…。」
セミラミスが肩を落とした時、その背後に僕は小さな影を見た。その瞬間、嫌な予感が頭をよぎる。
「危ない!!背後だ!!」
そう僕が叫ぶや否や、セミラミスは大慌てで振り向いた。
ザク…
何かを裂くような小さな音。
「くそっ!!」
セミラミスは振り向いた勢いそのまま裏拳で小さな人影を弾く。その人影は小さく悲鳴を上げて吹き飛ばされた。
「なっ!?お前は!?」
それは予想だにしなかった人影だった。村で唯一生き残ったあの少女だったのだ。




