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101.憶測

「…口から心臓が飛び出すかと思ったわ…。」

馬車に入るなり、ティアは座席に崩れ落ちた。その背中をエレンが優しく撫でている。

「本当に助かったよティア。ありがとう。」

レオナードが素直にお礼を口にした。

「いやあ、名演技だったね!」

「もう!パズったら、茶化さないで!」

パズに向かって頰を膨らませるティア。だがそのお陰か、少し顔色が戻ってきた。

「しかし何だか、色々と予想外の展開だな。」

アーノルドの言葉に一同は大きく頷く。

「そもそも、魔物が人をさらう、なんて事があるのか?」

アーノルドの素朴な疑問は俺に向けられたものだろう。

『無いことはないさ。人が人をさらうのと大差ない。』

俺の言葉にそりゃそうか。と簡単に納得するアーノルド。

「でも死体一つ無いっていうのは変だよね?死体も持って行ったのかな?…もしかして食べるため…とか?」

自分で言っておいて自分で気持ち悪いという顔をしているのはエレンだ。隣でティアが再び青い顔になってきている。

『それは考え辛いな。人間を食べる魔物がいない事はないが、それは時と場合による。人間の肉というのは実はあまり美味しくないと言われている。」

「え…?クロは食べたことあるの…?」

『あるか!ボケ!』

レオナードに俺は思わず強めの突っ込みを入れてしまった。

『ったく…。肉食の獣の肉は基本的に美味しくないと言われる。人間は雑食と言えば雑食だが肉類を食べる割合が多いからな。考えてみればいい。お前達が口にする肉のほとんどは草か穀物、食べても小さな虫程度だろう?』

全員がはたと思案顔になる。

「…言われてみれば…。ダラス先生も草の質が良いと家畜の質も上がるって言っていたような…。」

レオナードの呟きに俺は頷く。

「となると何か別の目的か…、楽観的に観測すれば誰も殺されていない、ってことになるな。」

アーノルドが難しく考えるのはやめた、とでも言うように背もたれにドスンと寄り掛かかる。

『いずれにしてもやっかいな事になった。北東と言えば俺たちがこれから向かう先だ。あいつ(グレイプニル)が絡んでる…ということは無いと思うが…。』

そこで俺はちらりとティアを見やる。顔色は良くなっているがその顔は困惑か懐疑か…、何とも言えない微妙な表情をしていた。




セミラミス達と俺達の馬車は夜も進み続けた。捕虜となっているであろう村人が心配なのと、もし追いついた時に奇襲をかけるなら夜の方が得策なのでは?という判断からだ。

レオナード達は馬車の中で交代で仮眠を取っている。俺は馬車の屋根の上に出ていた。雨は上がっていたが空は厚い雲が覆っている。

俺はフクロウからの報告を受けていた。

『…なるほどな…。ゴブリンが火球を放つなんておかしいと思ったんだ…。』

どうやら事態は思ったより深刻そうだ。できればレオナード達を巻き込みたく無いのだがあいつらの性格上、そうもいくまい…。さて、どうしたものか…。

俺が思考の海に沈むのも束の間、前方を走るセミラミス達の動きが慌ただしくなる。どうやら斥候が目的の場所を見つけたらしい。

『みんな、起きてくれ。どうやら到着のようだ。』

俺は屋根の上から念話で馬車の中へ話しかける。こういう時に念話は非常に便利だ。

馬車の中からはレオナード達が次々と起き出す気配がする。

前方のセミラミスたちに合わせて馬車がゆっくりと止まった。

『クロ!外はどうなっているの?』

唯一、俺に向かって念話を飛ばすことの出来るレオナードが馬車の中から問いかけてくる。

『セミラミス達が敵のアジトを見つけたようだ。山の中腹にある、廃坑か何かだろうな。』

後半はフクロウからもたらされた情報だ。レオナードがみんなにそのことを報告している。

前方からセミラミスが馬車へと近づいて来たと同時に、レオナード達も馬車から降りて来た。俺も馬車の屋根から飛び降りてレオナード達と並ぶ。

「敵のアジトを見つけた。」

簡潔に言うセミラミス。

「廃坑か何かですか?」

『馬鹿ナード!!』

俺の念話も虚しく、セミラミスが訝しげな顔をする。

「…なぜそれを知っている…?」

あたりに不穏な空気が流れる。

「…それは…。」

「このあたりは昔から各種鉱業が盛んな地域。魔物が隠れ住むなら廃坑が妥当でしょう?違いますか?」

まごつきそうになるレオナードの横で堂々とそう答えるパズ。こういう時の機転と度胸に関してはやはり頼りになる男だ。

セミラミスはしばし無言でレオナードとパズを交互に見やる。

「…まあいい…、我々は一刻後に敵アジトに襲撃をかける。ちょうど夜明け前の一番油断しやすい時間帯だ。貴殿らがどうするか、その時間まで考えていて貰いたい。」

そう言うと、セミラミスは背を向け、自陣へと歩き出す。二、三歩進んだ所でちらりとこちらを振り返った。

「…ブランシュ、貴様の周りには随分頼りになる者が多いようだが…、貴様自身はそれに見合っているか?」

レオナードがぐっと詰まる。セミラミスはそれだけ言い捨てると後は振り返らずに仲間の騎士のところへと戻って行った。

「嫌なおばさん。」

その背中に向かってエレンがべーっと舌を出している。それをティアが軽くたしなめていた。

「…いや、軽率な僕が悪いんだ。済まない皆んな。助かったよパズ。」

「お安い御用だよ。あんな奴、気にしちゃだめさ。ところでこの後、僕らはどうするの?」

パズがいつものぽわんとした様子に戻った。

「そりゃ決まってる!もちろん一緒に廃坑に乗り込んで村人を救出…。」

「いや、僕らは行かないでおこう。」

鼻息を荒くするアーノルドの言葉を遮ってレオナードがそう言った。アーノルドがずっこけそうになる。こいつ最近お笑いの傾向が強くなったな…。

「そもそもの僕らがここまで来た目的はティアのお父さんに会う為だ。魔物退治じゃない。」

「じゃあ何のためにここまであの人たちについて来たのよ?」

エレンがセミラミスたちの方を指差す。

「救出はセミラミスさんたちに任せて、その後の怪我人の手助けや、炊き出しなんてのも十分人助けになるはずだ。」

それもそうね。と納得するエレン。アーノルドはじっとレオナードの顔を見ている。

「…レオは悔しくないのか?あの女にあんな事を言われて。」

アーノルドはきっと少し怒っているのだろう。セミラミスに対しても、それに反撃しないレオナードに対しても。

「…悔しくない、とは言わないさ。でも僕を馬鹿にするだけならいくらでも我慢が出来る。自分の意地でみんなを危険に晒す方が僕には耐えられないよ。」

レオナードがじっとアーノルドを見つめ返す。それはしっかりとした意思を感じる強い眼差しだ。

「…レオの言う通りだな。すまない、俺が悪かった。」

しばしレオナードと見つめあったあと、アーノルドはふうとため息をついてそう言った。

「まったく…、どうせアルはレオが馬鹿にされて悔しかったんでしょ?」

「当たり前だ。一緒に鍛錬を積んできた仲間を侮辱されて悔しくないわけがない!」

当然と言わんばかりに憤慨するアーノルドを見て、からかったエレンもハイハイ、と肩を竦めた。それを見てティアとパズがクスクスと笑う。レオナードは少し照れくさそうだ。

『…俺はまだ少し怒ってるがな。バカナード。』

「わああぁ!ごめんなさい!」

レオナードが慌てて俺に手を合わせて拝んで来た。俺はフン!と鼻を鳴らす。その様子にまたみんなでひと笑いをした。


『さて、レオナードのおっちょこちょいな発言は置いておいて、ここで待機する判断は正しいと思う。』

俺の前置きにレオナードがしょぼくれる。だがその後の判断が正しいと思った事は確かだ。

『そこら辺の魔物にお前たちが遅れを取るとは思わない。だが少し腑に落ちない事があるんだ。』

「私もそうよ。火球の魔法を使うゴブリンなんて居るの?初めて見たわ。」

俺のその台詞に食いついたのはエレンだった。レオナードとアーノルドはその場面を見ていないため、ちんぷんかんぷんな顔だが放っておく。

『エレンの言う通りだ。普通、ゴブリンは魔法使ったりしない。あれは組織され、教育された兵隊だ。』

俺のその一言に全員の顔に驚愕の表情が浮かぶ。そんなまさかという顔だ。

『一部推測もあるがまあ間違い無いだろう。まず魔物が攻撃魔法に火球を使う事はほぼ無い。他の攻撃手段を用いる事が大半だ。』

「ああ、クロが前に話してた火球の攻撃魔法は効率が悪いってやつだね?」

「どういう事?」

レオナードの言葉にパズが問い返した。レオナードは一度俺を見たが俺はあえて黙って続きを促す。

「ええと…、あの時は…、たとえば、火球魔法で的を壊す。でも壊すという一点で考えれば氷でもなんでも良いし、単純に剣でもいいわけで、詠唱や魔力の集中を考えれば実は無駄が多いって…。」

最後のあたりで尻切れトンボになっていくレオナード。なぜかと言うとエレンが不服そうに睨んでいるからだ。

『まあ、概ねレオナードの言う通りだ。ただし、エレンは例外中の例外だ。ぶっちゃけた話、エレンは詠唱無しでかなり自由に火球を撃てるだろう?」

エレンが心底驚いた顔をする。俺は試しにカマをかけてみたのだがどうやら図星らしい。

「…そうだけど…、どうしてそれを?…いや、クロなら私の知らない事も理解しているのねきっと…。」

最後の方は呟きになって消えていったエレンの言葉にアーノルド以外の三人はあんぐりと口を開けた。アーノルドだけが意味を理解できずにはてな顔のままだ。

「そんなに凄い事なのか?レオも使えるだろう?詠唱無しの魔法。振動魔法、だっけ?」

「あれとは根本が違うよ。振動魔法は魔素を振動させてるだけだから。炎魔法みたいに事象改変を行なってるわけじゃなくて…。」

レオナードの説明にアーノルドがさらにちんぷんかんぷんな顔をしている。

『魔法に関する講義はまた今度の機会にして今は話を進めよう。要は火球魔法は実はあまり実戦的では無い。一部例外を除いてな。』

そこで俺はチラリとエレンを見る。例外と言われてもエレンはあまり気にしていないようだ。なかなかに芯の強い子だ。

『だが君達は学園の初等魔法教育で火球魔法が攻撃魔法の基本と教わる。』

そこでパズがああ…、と呟いた。理解が早くて助かる。他の四人はまだはてな顔のままだ。

『つまりあのゴブリンどもに火球魔法を教えた人物は、それが攻撃魔法の基礎だと思っている。つまり君達のように王立学園か、それに準じた教育機関で魔法を学んだ人物だということだ。』

しばしの間、その場を沈黙が支配する。

「…つまり、この騒動の影にいるのはそれなりの地位や力がある、()()、ということ?」

蒼白な顔をしたティアの言葉に俺は重々しく頷いた。



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