100.思いがけない再会
まず目に飛び込んで来たのは無事な姿の馬車だった。俺はその事に胸を撫で下ろす。
たが、次の瞬間驚愕したのはその馬車に向かって火球を放つ者の姿。あれはまさか…、
『ゴブリン…だと!?』
俺は一瞬、足を止めて驚愕した。五人程度のゴブリンが馬車に向かって小さな火球を撃ち込んだいる。
「ちょこまかと…、消えなさい!!」
その言葉と同時に地面から火柱が上がる。だがゴブリンはさっと避けてしまう。
声の主はもちろんエレンだ。馬車はパズの結界魔法で守られているため、今のところ無事だが、逆に内側のエレンは直接魔法を放つ事が出来ない。そこで遠隔魔法で火柱を発生させているのだが慣れの問題か中々当たらない。俺たちがさっき見たのはそのエレンの火柱のようだ。
どうしたものか、と俺が一瞬、逡巡した次の瞬間、
「ギャアァァァァァア!!!」
白い閃きと共にゴブリンの悲鳴が上がった。
『アル!?…いや違うあいつは…。』
予期せぬ人物の登場に俺は絶句する。
「クロ!大丈夫!?…え…あれって。」
「まさか、セミラミス…か?!」
遅れて駆けつけてきたレオナードとアーノルドもその光景に絶句した。
舞い散るゴブリンたちの鮮血。ほんのひと時の間にあっという間に全てのゴブリンを片付け、その中央に立つ金髪碧眼の人影。短い髪が風に揺れ、息一つ乱れていない。
「…おや?貴殿たちは…。」
レオナードとアーノルドの顔を見てその女、聖騎士セミラミスは訝しげに眉をひそめた。
「では貴殿達も先ほど街に着いたばかりと…。」
「はい。私どもが着いた頃にはすでにこの有様でした。」
セミラミスは明らかに苛立った顔で腕を組んでいる。
場所は荒れ果てた村の中で唯一、原型に近い形を留めていた教会の中だ。
「セミラミス様はどのような用件でこちらへ?」
「このところ、東の辺境に魔物の被害が多発していると聞いてな、それを収めに来たのだ。」
アルの一応の礼儀を取った質問にセミラミスも一応の礼儀ももって返す。だが二人が内心、お互いを心良く思っていないのは明らかだ。
「セミラミス様!やっと生存者を発見しました!」
「「「何っ!?」」」
教会内に何人もの声が響く。セミラミスの部下の一人に手を引かれ、連れられて来られたのは、一人の小さな少女だった。何かに怯えたように震えている。
セミラミスはその少女の前にしゃがみ込むと、
「…心配ない…。もう大丈夫だよ…。」
先ほどまでとはうって変わって、まるで聖母か何かのような慈愛に満ちた表情で少女を抱き締める。
『…まるで二重人格だな…。』
そんな俺の呟きも、教会に響き渡る少女の大きな泣き声の前に掻き消された。
「…では、魔物の大群が現れて村人を連れて行ったと言うのだな?」
セミラミスの問いに少女がコクコクと頷く。真っ赤に泣き腫らした目が痛々しい。
結局、この少女以外には生存者は見当たらなかった。
「どこに連れていかれたか…分かるわけないか…。」
大きく首を横に振る少女に落胆の声を出すアーノルド。
「だがそれだけの人数での移動だ。必ず足跡が残る。雨が消してしまう前にその足跡を探さねば…。」
セミラミスの予想通り、幾ばくも無く、大量の足跡がさらに東北の方へと伸びているとの報告が入る。折しも、俺たちが向かう方向と同じだ…。
「我々は即刻、その足跡を追うが、貴殿らはどうするかね?まあ引き返す方が賢明かとは思うが?」
立ち上がったセミラミスはレオナード達を見回した。反対にレオナード達は互いに顔を見合わせている。
俺としてはしばし様子を見るか、だとしてもこの女と一緒に行動はしたくないのだが…。
「…私たちも…、同行させて頂けませんか?」
やはりこいつらの性格ならそうなるよな…。
レオナードを含め、全員が真剣な顔をしていた。
そのレオナードの申し出にセミラミスは、ほう…と言って目を細めた。
「何故に??」
「…この現状を見て、そのまま引き返すなど出来ません。生存者の救出に向かうなら人手は多い方が良いのではないでしょうか?」
レオナードの言う通りではあるのだが、理論が子供じみている。俺たちは正義の味方ではないのだが…。
「…そもそも、貴殿らは何の目的でこのような辺境に?まさか魔物退治ではあるまいし…。」
「それは…。」
口籠るレオナードをセミラミスが目を細めたまま見つめる。
セミラミスは嫌いだが、このままこいつらを諦めさせてくれた方が助かる、と俺は判断し、何も言わずにいる。すると、
「…私の、私の父を探しに…。」
思いがけない所から助け舟が出された。そうティアだ。
「あなた、お名前は?」
セミラミスがティアに向き直る。
「ティアラ・ルクブルールです…。この東の辺境に、私の父が居ると…そう聞いて…。」
ティアの名前を聞いた瞬間、セミラミスの目がハッと開かれた。そして即座に片膝をついてこうべを垂れる。
「これは失礼をいたしました。あなた様は確か前教皇様の…。」
「…はい、孫に当たります…。」
それを聞いてセミラミスの周りで戸惑っていた騎士達も次々に片膝をついていく。一人だけ、オロオロと困った顔をしていた少女の手をパズが優しく取って、手近な椅子へと座らせた。
「前教皇様には大変お世話になりました。」
「…それでは、私の境遇もご存知でしょう…?」
「はい…。それで皆さんと共にここまで?」
「…今は長い夏休みですから。我々の学生生活もこれで最後ですので。」
セミラミスが無言で返す。ティアは唇まで真っ青だ。
演技とは言えない、言い訳のようなものだが、言っている事のほとんどが真実なだけに信じざるを得ないだろう。
「…分かりました。ただ、我々もお守りする確約は出来ませんがよろしいですか?」
「…自分達の身は自分達で守ります。」
セミラミスが立ち上がり、再びレオナードに視線を向けた。レオナードはその視線を真っ向から受け止める。
「…昨年よりも一回り成長したか…。まあいい…。ティアラ様をお守り出来なかった時はブランシュ、貴殿の首も無いものと思え。皆の者、ゆくぞ!」
そう言い捨ててセミラミスは踵を返す。俺たちはその背中をしばし見つめていた。
どうやら俺の思惑は外れてしまったらしい。
俺は皆にバレないように小さくため息をついた。
「…俺たちも行こうか。」
アーノルドがポツリと呟いた。外の雨音が少しだけ強くなっていた。




