神託の悲劇【3】
区切られていた神託3~4の戦闘編を繋げ、セリフを大幅に追加しました。
叡智の義と言う王国の祝典日にも関わらず、王都から一台の幌馬車が駆け出した。
馬を操る赤髪の男
荷台に揺られ意思のない瞳を宿す魔族の女性
その胸に抱かれた幼女
そして、その親子を見つめる水色の髪の男
会話など無い。意識の無い幼女、意志の無い母親。彼等がかける言葉など存在しないのだから。
若々しい二人の護衛を頼りに、魔族の親子は荷車で揺られ続け、そうして何時間が経つだろうか。
何時までも変わらない整備された街道の風景に変化が起きる。
「なぁカイン、お前は聖騎士と精道士ならどちらを取る?」
「何ですか急に、それに質問の意味も良く分からない」
「そのままの意味だよ。聖騎士になりたいか、精道士になりたいか…」
「と言われてもね、僕達は既に聖騎士だし、同時に精道士とも呼べるよね…。だって僕達、メイビス様の弟子なんだから…」
「そう、だからこそ、お前はどちらに成りたいのかを聞いているのさ」
「…。」
「どうした黙り込んで。決めれないのか?」
「いいや、アッシュにしては珍しく難しい事を言うんだなって。まぁそうだね、折角なら…立派な聖騎士に…」
「そうか…」
沈黙と共に馬車が揺れる。そして、再びアッシュが口を開く。
「なぁカイン、俺達は今、何をしていると思う?」
「何って…護衛任務に決まってますよ」
「任務か…残念だがこれは違うな」
「違うッ!?」
「これは国の意志じゃ無い。これは…メイビス様の独断でしかない。この意味…解るか?」
「…。」
「まだ言葉が足りないか…。俺達はな、国に逆らってるって事だ。国を護る筈の聖騎士たる俺達が、だ」
「…そんな事は…鎧を脱いだ時から分かってますよ…」
カインの視線は下斜めへ映す。まるで後ろめたい様に。
「ならもう一度聞く、カイン…お前は聖騎士と精道士、どちらになりたいッ」
アッシュの声が一段低くなった。
「…ッ!?」
「俺はな聖騎士を選ぶ事にしたんだ」
「アッシュ!?…」
「良いかカインッ!!俺は…国の意志に従うッ!!」
――― ヒヒーンッ!! ―――
ガラガラガラガラッ!!ガラガラガラッ!!
アッシュの気迫有る言葉と共に、馬が急旋回し出した。
幌馬車も傾き、バランスを崩すカインと、幼女を抱いたまま横へ倒れる女性。
そして、馬を操るアッシュの手には、片手で引き抜いた剣が翳され、カインへと向けられた。
シャキンッ!!カチャッ!!
「さぁ選べカイン…俺と王都へ戻るか、親子を置いておいて逃げ出すか」
その剣に臆する事なくカインは言う。
「ふざけるのも大概にしろッ!!そんな選択、選べる訳ないだろッ!!」
揺れ続ける荷台の中でカインは立ち上がった。
「これがふざけてる様に見えるのか?」カチャンッ!!
アッシュは剣を持ち伸ばした腕の手首で返し、立ち上がったカインの首筋まで持ち上げてみせた。
「此処でどちらか選ばなきゃ、お前はどちらにも成れない」
「そうか、本気なんだね…。だったら僕は…君を倒し…彼女達の騎士になるッ!!」
――― 「このッ!!ワカラズヤガァァァァッ!!!」 ―――
― シュパンッ!! ―
アッシュの剣から、カインの首を跳ね飛ばす一閃が振るわれた。
しかし、予測出来たその攻撃を只、後ろへ下がるだけで回避するカイン。
そしてそのまま手を翳し、魔法を詠唱する。
― 大地の精霊よ 我が盾と成れ 土盾ッ!! ―
カインが唱えた魔法はアッシュにでは無く、その先の街道へと唱えられていた。
――― ヒヒーンッ!! ―――
「奥さんッ!!支えますよッ!!」
「なッ!!このままでは…曲がれぇぇぇッ!!!」
………………。
辺りは土煙で視界を奪って居た。
馬だけが土壁を避け、旋回し切れなかった幌馬車が、カインの唱えた土壁により衝突。
アッシュは外へと投げ出され身をもがき、カインは傾く馬車の中、壁際で柱を握り親子を包む様に支えて居た。
「奥さん、大丈夫ですか?」
意思の無い瞳を宿す女性は状況の悪さを見に感じ、恐れる瞳を宿した。
「とても状況が良くありません…今直ぐ此処を離れます。フォレンの町はこの先です」
「…」
無言では有るが、カインの手を借りて傾く幌馬車から降りた女性。しかし、それを阻む為に地面に放り出されたアッシュが立ち上がる。
「良くも…やってくれたな…このまま逃がすと…思うなよ…3人纏めて此処で…」
「っくッ!!奥さん、僕が時間を稼ぎますッ!!今のうちに、逃げて下さいッ!!」
シュルル…パサッ
カインは自分の首飾りを解き、幼女を抱く女性の首筋に掛けてあげた。
「これが有れば森の中でも魔物や動物は寄ってこないでしょう。万が一が有ればきっと助けてくれる筈です…さぁッ!!」
― 「行かすかぁぁぁッ!!」 ―
シャキンッ!!
剣を拾い、カイン達へと切り込んだアッシュだが、カインもすかさず剣を抜き払った。
へし合う様に剣が交わり、ギリギリと音たてる。
「それはコッチのセリフッ!!」
「ッチ…カインの癖に生意気な」
アッシュは、視界から遠のき消えて行く女性と、虫唾が走るカインの言葉に下を鳴らし、剣で押し込む様に弾き飛ばした。
撚れるカインに畳みかけるるべく、再び剣を構え斬り払う。それも連続で。
隙を突かれ、体勢を崩しながらも何とか剣で対応したカインだが、アッシュの斬撃に合わせるので精一杯だ。
お互いの剣が音を鳴らす攻めぎ合い。しかし、一方的な打ち付け合いにも見えた。アッシュが力強く打ち続けていると、暫くして彼に異変が起きる。
打ち付けるアッシュの力が弱まりだし、剣を捌くだけのカインが、先程のお返しと言わんばかりに弾き返した。
ガキンッ!!
― 「はぁ…はぁ…はぁ…」 ―
二人の間に距離が空いた。そして二人は間合いをとりながら話し始める。
「まさか…アッシュが僕より先にバテるなんてね…これなら僕でも…」はぁ…はぁ…
「ぬかせ…余り調子に乗るなよ…それに、バテてるのはお前だろカイン」
アッシュの言う通りだった。肩で息をするのはカインのみ、アッシュの息は整って居た。しかし表情は余り良く無い。
「折角のハンデが台無しだなカイン」
そう言って辛そうな表情と共に右肩を押さえてた。落馬による打ち身によって、アッシュは既にダメージを負って居たのだ。
「…!?」
「…訓練ごっこはお終いって事だ。此処からは、聖騎士のやり方で戦う」
アッシュは重い肩を上げ、詠唱する。
― 我が魔力 炎を纏う衝撃波となれ 炎撃ッ!! ―
アッシュの剣先から炎が放たれ、カインへと飛来する。
ブボボボッ!!
「…クッ!!」
ボワンッ!!
カインを火煙が包む。それを見たアッシュが剣を握り直し追撃に向かう。
しかし、煙からアッシュに向かい何かが飛び出した。
ヒュンッ!!
「…なッ!?」
それはアッシュの頬をかすり、彼の動きを止めた。
「フレイムショックを弾いたか…そのうえ煙に紛れて魔法を放つとは…しかし」
「うッ…」
煙が晴れ、カインの姿が露わになる。しかし彼の伸ばされた腕には剣が握られておらず、魔法を放ち返した手には火傷の痕が残って居た。
標的を確認したアッシュは直ぐに詠唱に入り。カインも対抗する。
― 我が精霊よ 炎を纏い 全てを燃やす槍となれ 炎ノ槍ッ!! ―
― 我が精霊よ 大地で包み 全てを砕く槍と成れ 大地ノ槍ッ!! ―
両者共に魔法が放たれぶつかり合う。しかし、質量の有るガイアランサーが炎を打ち消した。しかし炎を突き抜けた槍を避けるのは容易い。
「フンッ…。やはり奴に当てなきゃ意味無いか…」
「よしッ…ッ!!これならッ!!」
「悪いがハンデは返してやるよ。次はお前がハンデを負う番だ、カイン」
― 依代に宿る精霊よ ―
アッシュが首飾りを空へと翳し、それは光り出した。
「これは精霊付与ッ!!まずいッ!!」
― 走れ 貫け 我が精霊は石の槍なり石槍ッ!!―
カインが慌てて魔法を唱えた。唱えやすい低級魔法を。しかし…
― 我が剣に 焔の加護を 精霊付与ッ!! ―
アッシュの剣に赤い光が取り巻いた。そして熱風をあげ、迫り来る石の槍を弾き返す。
「精霊を手放したお前に、止められまい。行くぞ、ヴァルカノンッ!!」
カチャッ!!
カインが女性に渡した首飾りは、アッシュと瓜二つのモノだった。
それは、精霊が宿る首飾り。アッシュの言うハンデとは正にこの事である。
勝ち誇ったアッシュの表情が炎を纏う剣に反射して映る。そしてその剣をカインへと向けた。その途端…
「焔ッ」
― ボアァァァァッ!! ―
アッシュは詠唱もせず、魔法と思わしき焔を即座に放った。
カインは避ける。しかし、アッシュの攻撃は飛び道具を放ち続ける様に続く。
「っくッッ!!っはッ!!」
「避けろ避けろッ!!ブレイズッ!!ブレイズッ!!」
そして…
― ボアァァァァッ!! ―
カインが燃える、そして転がる
「グアァァアアアアアッ!!」
「もう当たったのか?この程度で終わりだと思うなよッ!!」
地面を使い必死に沈下したカインに追撃が走る。
「フレイムランサーッ!!」
ジュシューッ!!
― 「うがああああああああああッ!!」 ―
カインの右肩に炎の槍が貫き、またしても悲鳴を揚げる。
「流石にそろそろヤバイか?どうせ殺すなら俺が直接ヤった方が、お前も楽に逝けて嬉しいよな?」
アッシュがそう言いながらカインへと近づき、炎を纏う剣で軽くカインの左肩を突き刺した。
ジュワーッ!!ジュワーッ!!
カインの左肩から焦げる音と煙が漂い出す。
― 「ギアアギギぁぁあああついィィッ!!」 ―
「こんな痛い思いしないで済むだろ?おおッとッ!!そんなに痛かったか?」
カインに突き刺した剣を抜き、今度は首元へと剣先を向ける。
痛みでそれ所では無いカインはもがき苦しむしか無かった。
「あんまり暴れんなよ…狙いが定まらないだろ…今直ぐ楽にしてやるよ…」
カインはアッシュの目を見る。何かを言いたげに…そして
「じゃあなカイン…俺の友で有り、義弟よ…」
― シュウンッ!! ―
グサッ…
ガシャンッ!!
「グッ…なッ…!?にが…ッ!?」
アッシュがよろめきながら剣を落とした。
そして地に伏せるカインを視界から外し、前方を見ると、馬から飛び降りる一人の女性の姿があった。彼女はアッシュ達の元へと詰め寄りながら口を開く。
「アッシュ、お前は今、自分が何をしようとして居るか分かってるのかい?」
「め、メイビス…様ッ…!?」
「っく…」
掠れた声でメイビスの名を呼ぶカイン。突如右肩を貫かれ、傷穴を押さえるアッシュ。
カインの窮地に駆け付けたのは、二人の師匠であるメイビスであった。
「まさかこんな時に私のアッシュとカインが殺し合いをしてようとはな…」
「っチッ…」
「さて…護衛する筈の彼女達が見当たらないが…何がどうしてこうなった。そうだな、元気そうなアッシュに答えて貰うか?」
「クッ…………ッ!!」
「なんだ言えんのか?言いたくないのか?」
「ならカインに聞くしかないが…」
それを聞きアッシュが動く
「死ねぇぇカインッ!!」カチャンッ!!
喋らせまい、とカインの顔目掛けて落ちた剣を掴み、振り下ろす。しかし…
「シルフ…」
ブォォォンッ!!ドスッ!!
メイビスの一言により、アッシュは暴風によって吹き飛ばされてしまう。
距離を詰めて居たメイビスがカインの元へとしゃがみ込む。
「おやぁ酷いねコレは…カイン喋れるか?どうしてこんな事になった?」
「め、メイビス様…アッシュが…国を優先し…王都へ引き返そうとした為に…僕が…アルカードさんの奥さんを森に…向かわせました…」
「そうか、成る程ね…。うむ、大体わかった、有り難うカイン…」
辛そうに話すカインの言葉を頷きながら聞き、状況を把握したメイビスが立ち上がる。
「ウンディーネッ!!カインをッ!!」
チュポンッ!!
メイビスが先程と同じ様に何かを口にすると、水面で何かが飛び跳ねる音と共に、青白い光がカインを覆った。
「カイン、少し休んでなさい。さて、アッシュ…お前は向こう側に回ったと言う事で良いんだな?」
「くっそ…カイン…余計な事を…」
「その様子では、合っているようだね」
「メイビス様…俺の考えは間違っては無い筈です」
「うむ、そうだな…お前の考えは解る、言わなくてもな。そしてそれは、世界にとって正しい事だと思う」
「なら俺のやってる事を認めて…ッ!!」
「しかし、私にも望むモノが有るのだよ。私はお前の行動を許す訳にはいかない」
「うッ…」
「アッシュ、お前がこの国に縛られた以上、この先、私と共には過ごせぬな。だから、今日からお前を破門としよう。そして、お前が望む、この国の聖騎士の生き様を認めよう。」
「メイビス…様…」
「だがな、友を裏切るような愚か者には、ケジメを付ける必要があるよな」
「め、メイビス様ッ!?」
「お前はもう弟子などでは無い。私の邪魔をする敵だ、覚悟を決めろよアッシュ。嫌なら抗え…でないと…一瞬で燃え尽きるぞッ!!」
「そんなッ!!」
メイビスの後ろから湯気の様な物が立ち昇り、薄赤く炎の様に何かが露わになる。
それを見たアッシュの脚が後ろへと下がっていく。
「行くぞイフリート、制裁の時間だ」
ボボボボボボッ!!
その後の戦いは一方的であった。
剣を握り、懸命に魔法を繰り出すアッシュ。しかし、依代を宿した焔の剣でさえ、業火を振りまくイフリートと呼ばれた精霊には何も効かなかった。
「お前の技を誰が教えたと思って居る。お前に精霊を手懐けさせたのは誰だと思って居るッ!!」
「うあわああああッ…!!」
まるで説教を垂れる様に、子供が大人に叱られるように…
怒りによって拳を振るうが、簡単に受け止められる。そんなどうにもならない弱い立場。
放たれるヴォルカノンの攻撃を全て吸収するイフリート、いつまでも説教する様に責め立てるメイビス。
アッシュが幾ら抗おうが、倒す手段が何も無かった。
抵抗は終わりか?と、アッシュに見下すような表情を見せた後、制裁が下された。
「カインの仇は私が取ってやろう。先ずは右手」
ボアァァァァ!!!
――― 「ぎやぁぁぁああッ!!」 ―――
「次は右肩…次は左肩…次は…」
アッシュの悲鳴が鳴り続け…
「アッシュが生きて居た事へのお詫びをやろう、これから私達は赤の他人だ、アッシュ」
…
「カイン、動けるか?」
「は、はいメイビス様…。アッシュは?」
「アッシュなら私が叱っておいた。まぁ破門したがな」
そう言ってアッシュを見たメイビスと、その視線を追い、同じ場所を振り向くカイン。しかし、彼の顔は見たくない物を見た、そんなとても苦い顔であった。
燃えに燃え、意識を刈られたアッシュから焦げる様な臭いが立ち込めていた。
「まさかアッシュをッ!?」
「な訳あるか、少し説教しただけさ。まぁ右腕は燃やし尽くしたがな…時間が経てば何れ起きるさ」
「メイビス様…」
「さて、ウンディーネの治癒効果はそんなに高く無い、激しく動く事は出来ないがどうするカイン?ここで休んでアッシュと共に王都へ戻るか?今ならまだ、間に合うぞ」
「…」
その間に合うと言う深い言葉に唾を飲むカイン。だが、カインの心は揺れる事など無かった。
「行きます、行かせてくださいッ!!」
「そうか…だったら付いて来い、二人を探して、屋敷で皆と合流しよう!」
「はいッ!!」
「さよなら、義兄さん…僕は行くよ…」ボソ
メイビスとカイン、二人は意識の無いアッシュを残し、逃がした女性を追いに森へ進む。