秋雨のクローバル
この話は「異世界の歩き方~サンダー・スーヴェニア・ライフ~」を読んだ後のほうが楽しめます。ネタバレ注意です。
しかし、そんなタルイことしてられないという方のために最低限は説明を入れています。地名や設定など諸々の細かい部分には目をつぶって、「温もり」の情景だけをお楽しみください。(笑)
※「秋冬温まる話企画」参加作品です。
クローバルの朝は早い。シトシトと秋雨が続く時期になって、リードはぶるりと身を震わせた。
「ひー、寒くなったな。今からこれじゃあ先が思いやられる。」
ダンテ父さんに教えてもらったように水瓶の水を確認して、裏の差し掛け小屋から朝使う薪を取って来て、くどの側に置いておく。そうするとホリーが起きてきて朝飯を作ってくれるのだ。
「ぬれるな~。」
今日一日の料理に使う野菜を畑に採りにいかなければならない。しかし冷たい秋の雨の中に出て行くのは億劫だ。リードが裏口のひさしの下からぼんやりと隣家の父さんたちの家を眺めていると、ダンテ父さんが雨よけの箕カサを被って、畑に野菜を採りに駆けて行ったのがわかった。
「・・・やっぱ行かなきゃダメか。」
リードはやれやれと溜息をつくと、自分も箕カサを被ってカゴを持つと、畑に駆け出した。
以前あった畑を倍に広げて、二軒で一緒に野菜を作れるようにしたのはダンテ父さんだ。可愛い娘のホリーが困らないように、婿に入ったリードにも、生きていく術を一から教えてくれた。
ホリーは17歳の夏まで手足が不自由で、普通の生活を送ってこなかった。一方リードも耳が聞こえなかったので言葉も知らずに育った。
それがホリーが突然歩けるようになったのと同じ夏にリードも話せるようになったのだ。エラ母さんに言わせると、雷の神様メガン神のお陰ということらしい。
リードがダンテ父さんに男の生き方を習ったように、ホリーもエラ母さんに女性がする仕事を一から教えられた。裁縫、洗濯、くどの火のつけ方それに料理だ。5年経った今ではホリーもエラ母さんに負けない料理が作れるようになっている。でも別れ家を建てて所帯を持った年などは、とんでもない料理を食べさせられたものだ。
そのことでよくリードはホリーをからかうが、あまりからかうと今度はホリーにリードの失敗を指摘される。ダンテ父さんと今住んでいる家を建てている時に、手か滑って屋根から金槌を落としてしまい、下にいたダンテ父さんにこっぴどく叱られたことがある。叱られて飛び上がったリードがタカに狙われた子ネズミのようだったとよくホリーにからかわれるのだ。
「おはよう!」
「おはよう、ダンテ父さん!」
「今日は秋ナスが大きくなってるぞ。パプリカも赤や黄色に色づいてきたからもう食べごろだな。瓶詰のトマトと煮込んだら旨いミネストローネが食えるぞ。・・いや、ナスとひき肉をたっぷり入れたラザニアもいいかもな。」
ダンテ父さんに旨い飯の話をされると、途端にリードのお腹がぐうっと鳴った。
「あー、そんなことを言われたら腹が減っちまうよ。」
「ハハッ、上手い飯を食うために人間ってのは生きてるんさ。あくせく働くのも、お天道様とメガン神の恵みを受けた上手い飯を食うためだろ?」
「そうだな。ホリーの料理の腕前があがった今ならダンテ父さんの言うこともよくわかるよ。」
リードがそう言うと、父さんに「違げぇねぇ。」と大笑いされた。
カゴいっぱいに採れたての野菜を持って家に帰ると、ホリーが朝ごはんのソーセージを焼いていた。
「おはよう、リード。」
ホリーがニッコリと笑いかけてくれる。この笑顔を見るためなら冷たい雨の中に飛び出して行けるな。リードの心の中がほんわりと温かくなった。
「おはよう、ホリー。」
リードはダンテ父さんにならって、料理をしているホリーの頬にチュッと朝の挨拶のキスをする。ホリーも料理の手を止めて、リードの顎にキスをした。
「暗いと思ったら雨が降ってるのね。」
ホリーがそう言いながら、優しくリードの髪の雫を払った。
「うん、秋雨だ。冷たい雨だけど、シトシト降ってる。風はないよ。」
リードはテーブルに腰かけながら髪の毛を拭いていたタオルを肩に掛けた。目の前には昨日、森から採ってきた柿が皮を剥かれてぶどうの側に置いてある。そしてリードの好きな味噌汁の匂いがしていた。
「味噌汁だっ。作ってくれたんだね。」
「久しぶりだものね。母さんは私たち二人が味噌汁を飲むとヒトミとマモルのことを思い出すって言ってるわ。」
「あの人たちは今頃どうしてるんだろうね。」
ヒトミとマモルは、あの夏に僕たちと中身が入れ替わってこの世界に来ていた人たちだ。僕はマモルたちが住んでいたというあっちの世界は、ひどく騒がしかったということぐらいしか覚えていない。ホリーは針を刺されたりあちこちと身体中を検査されたりして、ちっともゆっくりできなかったと言っていた。あっちのお母さんはブツブツと文句ばかり言っていてちっとも楽しそうじゃなかったらしい。ひどい世界だね。
ヒトミたちには申し訳ないが、リードは二人ともクローバルに帰ってこられて良かったと思っている。
美味しい朝食を腹いっぱい食べると身体がポカポカしてきた。リードは台所の隅の作業場に座って、昨日の仕事の続きを始めた。
リードは森から切り出してきた木材を使って、サラダボールやお皿などの食器類を作っている。それを交換レートで他の日用必需品と取り変えて来るのだ。ホリーは先読みの予知魔法でレートを貰っている。そうやって二人で働きながら畑仕事などをしていると充分豊かに暮らしていけるのだ。
ホリーは朝ごはんの片付けが済むと、リードの冬服を作り始めた。今までは毎年大きくなっていたので冬服を季節ごとに新しく作ってくれていたが、17歳にもなると身体の大きさも去年と、そんなに変わらない気がする。ホリーだって出会った17歳の夏から22歳になる今の歳になるまであんまり見た目は変わらない。
「今年は去年の冬服が着れるんじゃないかな。」
「私の腕が変わってるのっ。こんな恥ずかしい縫い目の上着でリードがアルベル村に出かけたら、ジェシカに笑われちゃう。」
なんだ、そんなことを考えてたのか。リードはおかしくなった。
友達のジェシカに対抗してるんだな。リードたちよりちょっと早く結婚したジェシカと鍛冶屋のオラスの夫婦は、ジェシカがホリーと同い年だということもあって、今でも仲良くしている。ジェシカは子どもができてから母親のニコラおばさんに似てきて、ずけずけとした喋り方をするようになった。おおかた去年にでも服の縫い方についてなんか言われたな。
リードの方は鍛冶屋のオラスに扉につける蝶番の発明レートを未だに払ってもらっているので、今後も仲良くしていきたいところだ。むこうの世界から来たマモルの置き土産で、このレートを貰えることで生活に余裕がある。その出来た余裕でダンテ父さんやエラ母さんに不自由のない生活を保障してやれるしな。リードもホリーも、マモルたちの分まで親孝行をしていきたいと考えているのだ。
一日の仕事を終えてベッドに横になると、ホリーの温かい身体を抱きしめる。妊娠してふんわかしてきた胸に顔をうずめるのが至福の時間だ。
外にはまだ秋の長雨が静かに降る音が聞こえているが、リードとホリーのベッドの中では慣れ親しんだ温もりが、だんだんと熱を帯びてきていた。
クローバルからの遅れて来た手紙です。