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思い出は美しく

 こじんまりと営業している喫茶店内に、強いけど淡い、紅茶みたいなオレンジ色の光が差し込む。

 パルはカウンター席に日本語の辞書を開いて、ジンジャーティーをすすり、ボアーダはふわふわ浮きながらうつらうつらとしていた。

「こんにちは」

 キッチンから顔を出したのはフィリア。マフラーに顔をうずめて、手をさすっている。

「よう。お疲れさん」

「フィリアさん、こんにちは。今日も寒いね。ちょっとこっちおいで」

 パルが手招きをするので、フィリアが近寄ると、さすっている両の手の下にそっと手を添えて顔を近づけた。それからふっと柔らかく息を吹きかける。

「あたたかい、ですね」

 フィリアは目を丸くした。

 パルがちょっと息を吹きかけただけでぶわりと手が温まり、そこからじわじわと体全体に温もりが広まっていった。

「いいでしょ。俺の作った冬の魔法、だよ」

 得意気に両手を腰に当てて胸を張るその姿は、無邪気な少年そのものだ。

「……俺の作った、とは」

「そのまんまの意味だよ。なんか変かな」

 こてん、と首を傾げるパルの前髪がさらりと動く。

「俺寒いの苦手なんだよね。だからもう冬が嫌で嫌で。だから塔全体を素早く楽に暖めたくてさ」

 塔の中は、どんなに寒い日でもぽかぽかとあたたかい。

「一つ魔法を覚えるのってそんなに簡単な事じゃない筈ですけど」

 へらへらと笑ってからパルは立ち上がり、フィリアの飲み物を取りに行った。

「まあ、簡単な事ではないけど。そんなに難しい事でもないよ」

 カップの中にそっと明るい色のジンジャーティーが注がれた。

「天才は言う事が違うな」

 気まぐれに、眠たげな目のボアーダが加わった。

「天才って言われるほど大した奴じゃないって前にも言っただろう?」

 ボアーダとフィリアが、パルの言葉に疑うような視線を向けていると、ドアベルの音がした。

「お客さん、こんにちは」

「あ……どうも」

 どうやら女性のようだ。

 真っ暗な黒色長髪で、前髪が重く垂れ下がっている。服も全身黒で統一されており、パルよりも高身長なその体は猫背で、見下ろされているような威圧感を感じる。

「好きな所に座ってもらっていいですよ」

「は、はい」

 のそのそと歩いた先はカウンター席。

 パルの隣の席に座ると、じっとパルを見つめ始めた。

「えっと、どうしました?」

 にこりと微笑みながら聞くパルを今なお見つめたまま首を横にぶんぶんと振った。かと思えば今度は俯き、目だけでパルを見た。きらりと光って見えた。

「……あの、好きなんです私。貴方の事が」

 鈴のような声で、そう放った。

「穏やかな笑顔とか雰囲気とか、周りの人を惹き付けるような空気をまとっている貴方が、羨ましくて憧れで、大好き、なんです」

「そうなんだね。それはありがとう」

 パルの返答は淡白だった。

 言われ慣れているのだ。そもそも彼にはファンクラブなるものが存在しており、複数人のファンがついている。……というか憑いてる。

 本人は素直に嬉しいと言うがなんというかボアーダにとってはかなり煩わしかった。

 と、まあそんな事は置いておいて。パルはその類いだと思ったのだ。

「あの、本当に好きで……」

 彼女は至って真剣で、ファンクラブ会員という訳でもなかった。

「その、覚えていらっしゃらないとは思うんですけど、私実はパルさんとはじめましてじゃないんです」

 もじもじと体をくねらせながらなんとか声を発する。

「ああ。覚えてるよ。去年もここに来てくれたよね。確か嵐の日だったから泊まってもらったんじゃなかったっけ」

 顎に手を添えて唸りながら、ぽつりぽつりと思い出す。

 過去の思い出をパルが紡いでいく度に、彼女の目は輝いた。

「覚えていてくださったのですね……!」

「もちろん! 人の顔を覚えるのは割と得意なんだ」

 あの時はこうだったよね、今はこうなってるけどね、そんな話をしながら、時間がゆるりと流れた。

「そろそろ帰ります」

「そうだね。暗くなったら危ないし。今日はありがとう」

「お気遣いありがとうございます。まだこの塔にいて下さってありがとうございます。再会できてとても嬉しかったです。……あの、それでパルさん返事って」

 若干言葉を濁したのは、単純に告白を思い出すのが恥ずかしいからだろう。

「……ごめん。俺には君を幸せにするなんて出来ないんだ」

 眉の橋を下げて、苦笑いをする。パルはなんだか今を見ていないような目をしていた。

「こんな断り方してごめん。でも、嘘は吐きたくないんだ。卑怯に思えるかもしれないけど、これが、今の俺が君に答えられる唯一の返事だから」

「……そうですか。ありがとうございます。なんとか踏ん切りが着きました。……また、来ますね」

「うん、また喋ろう。楽しみに待ってるね」

 ひゅーっと音を立てて風か吹いた。前髪の間から微かに覗く顔はふわりと笑っている。


「俺ももっとちゃんとしなきゃな。今日みたいに純粋な気持ちを汚してしまう。こんなんじゃ悲しませないために始めた喫茶店の意味が無い。……まあでも」

 最上階で空を眺める。夕日が踊っている。

「名付ける色は思恋色しれんいろ。恋は時には綺麗な思い出として閉まっておく事も必要だ。あの美しい失恋をした彼女が、立派な男の人と結ばれますように」

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