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あたたかい

「ふあ」

 一つ、欠伸をした。

 口からふんわりと微睡みの空間が流れ出た。

「冬なのにあったかいな、今日は。眠たくなってきたよ」

「んなこと言ってねえで仕事しやがれ」

 悪態をつくボアーダは放っておいて、パルは軽く目を擦って伸びをした。

 すると、ドアのベルがなった。

「お? 早速お客さんかな」

「おいおい、こんくらいで調子乗るなよ。頭から花舞ってんぞ」

 鼻歌を響かせながら、パルはドアの前に立つサラリーマン風の男性に声をかける。

「こんにちは」

 瓶の中で光るように弾けるサイダーの声が、店内を満たす。

「挨拶はいらないから。さっさと通してくれないかね」

 きらりと光るメガネを押し上げて、パルを睨んだ。

「こんにちは」

「パル、お前何やってんだ」

「? 挨拶返してくれてないからね。俺は独り言言ってるわけじゃないからさ」

 パルはスーツに身を包む男を見つめる。

 昔から彼は頑固なのであった。

「面倒な店だな。そんなことはいいから案内をしてくれ」

「でしたら通せません。ここは俺の店です」

 パルの言葉に、お客は顔をしかめた。

「悪いな、おっさん。ここは収益目当てじゃないらしい。客への対応は良くねえよ」

「……こんにちは」

 腑に落ちない様子で、お客が無愛想に答えると、パルは笑を深めて頷いた。

「いらっしゃい。さあ、どうぞ」

 パルはお客をカウンター席に通して、最近は店の隅で寛ぐことが趣味になったフィリアに目をやる。

「フィリア、仕事だよ」

「……何のことです」

「ウエイトレスがいないんだ」

「ふざけるのはその無駄に整った顔だけにしてください」

「断じてふざけてないね。それに君は俺の顔、やたらと褒めるけど好みじゃないらしいし、いいじゃない。振った上に冷たくするのはやめてくれよ」

「何言ってるんです。貴方の事が好きなのは私ではなく妹です。何回も言っているではありませんか。それに、顔は整っていると言っただけです」

「頼むよ」

 パルは軽く手を合わせて片目を瞑った。

「ボアーダさん、妹はこの男に騙されているのですか。私いい加減苛つきを覚えました」

「お前さんとは気が合うな。俺もだよ。妹さんの事は俺も救ってやれなくて悪かったよ」

「救うって何からさ」

「お前という名の魔の手からだよ」

 何それ、なんてくすくすと笑ってからしぶしぶとお客に水を出すフィリアに礼を言った。

「ご注文は何です」

「コーヒーを頼む」

「パルさん、コーヒーです」

「全く、フィリアは無愛想なんだから。せっかく可愛いんだ。にこってしてみなよ」

「うるさいですね。貴方は愛想も無駄に良いですね」

 コーヒーの独特な香りが辺りを立ち込める。

「ウエイトレスさん、コーヒーよろしく」

「こんな愛想の悪いのがウエイトレスなんて繁盛しませんよ」

「良いんだよ」

「否定はしない、と」

 フィリアの皮肉にパルは苦笑をして誤魔化した。

 雑誌を読んで待っていたお客の前に、ことん、と音を立ててカップが着地した。

「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 フィリアは一言いってから、無表情を貫いて去っていった。

「パル、と言うのか。お前は」

「はい。パルって言います」

「お前、これどう思う」

 唐突に差し出されたのは小さな光の写真だった。

「ふむ」

 パルやボアーダからすれば、この光に疑問な点はない。

 しかし、お客には不可解な現象であった。

「友人が見せてきたんだよ。妖精だって」

 聞くところによると、お客は非科学的なものは信じないたちのようだ。

 ちなみにボアーダはお客の来る時間帯、しっかり百六十五センチのおじさんになり、『人間』からも見えるようになっている。

「妖精なんているはずないのは分かるんだがな。一体何なのか気になるんだよ。お前はなんだか見た目は馬鹿そうだが雰囲気は賢そうだから知っているかと思ってな」

「嫌だな。俺は馬鹿でも無ければ賢くも無いですよ」

 パルは写真を手に取って目を細める。

「妖精、ですね」

「お前何言ってんだ。こいつはそういうの信用しないって言ってる」

「仕方ないだろう。これは妖精だ。たまには馬鹿げたことを信じるのも、趣ってものさ」

 パルがそう言えば、お客はふん、と鼻を鳴らした。

「なるほどな」

 お客は満足げに微笑み、コーヒーを飲み干す。

「パル、ありがとうな」

 そのまま席を立ち、会計を終えるとキッチンに立つパルに振り向いた。

「ここ、気に入った。また来るよ」

「お待ちしております」


 一人の男が、足どり軽く家に着く。

 柄にも無く今日は笑顔を浮かべながら、ドアを開けてみる。

「ただいま」

「あら、機嫌がいいのね。挨拶するなんて珍しい」

 中で待っていたのは妻で、心底驚いた顔をしていた。

 彼はここ最近、現実というものそのものにつかれ、人を幸せにする笑顔も一日のはじめと終わりを告げる挨拶も失っていた。

「なかなかいい喫茶店に寄ったんだよ。マスターがどうにもいい青年でね」

「へぇ。珍しいことは続くのね。あなたが人を褒めるだなんて」

「現実ばかりを見ていては行けないと諭されたんだ。挨拶とかそういう日常と当然に埋もれた意味を持たないものも大切なんだな。夢を見るのも悪くないな」


「そろそろ寝るかな。あの人、暖かくなれたらいいね」

「そんなことはお前が気にすることじゃあねえよ」

「冷たい事言うなよ。ボアーダ、この色創ノート、届けといて」

 おやすみ、とまだ煙管を更かしているボアーダに告げて寝床につく。

「こいつは、本当隅におけねえな」


 ――――家幸色かこういろ

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