プロローグ
天高く聳え立つ塔に一人の青年が住んでいるのは、その青年がまだ少年と呼ばれていた頃からの話だ。
白一色でこれといった装飾のない古びた塔は、町外れの丘にあるので人が立ち寄る事は疎か目に止まる事すら滅多に無いが、古い建物特有のおどろおどろしい雰囲気を持ち合わせておらず、寧ろ塔の一番下の窓から覗く、淡いオレンジ色の明かりが稀に通る旅人達の心を和ませた。
塔の中は少し変わっていて、壁には所々小さな窓が取り付けられ、一面をぎっしりと本が埋め尽くし、白い階段がずっと長く、塔の天井まで続いている。その階段が全て伸びきる前に、塔の円柱形に沿った半円を描く、箱にも見える部屋が幾つか突き出ている。その突き出た部屋は、上から順に仕事部屋、青年の自室、リビングやダイニングの代わりとなる部屋の三部屋だ。
塔の最上階で、青年は一体何の仕事をしているのかと言うと、一言では伝わり難いなかなかメルヘンな仕事をしている。
何故なら彼は『色つけ屋』からだ。
一言で伝わるわけが無いのだ。『色つけ屋』はこの世に一人しか存在せず、その当人は自分の仕事を誰にも話していないのだから。
彼の仕事は、色に名前を与える事。与えた名前とその色の詳細を、分厚いノートに書き留める事だ。このノートに書かれた内容は、雲よりも上にある不思議な世界で言葉の神様が、新たな言葉としてこちらの世界中にばら撒く。青い光となって天から放たれた言葉は、こちらの世界ではこの青年にしか見ることが出来ない。
この仕事は、特に意味を成さないだろう。
誰にも影響する事無く、誰にも気付かれず、誰にも褒められず、認められず。
勿論、彼の人生にも大して得は無いだろう。強いて言うならば、仕事であるからお金になると言う位である。
しかしながら、この青年にとってはなんとも魅力的な仕事だった。
意味の無い事は、ある時には優しさを、またある時には感動を、そしてまたある時には閃きを与える。
意味の無い事とは彩だ、と青年は言う。
自分はノートに色の名前を書き付けて、世の中に優しい色を付けるのだ、と。