神の住む町
ずっと書きたかったお話です。
神の住む町
「おい、お前さん。こンなとこで何してンだい?」
そんな声に、真壁夏彦は目を開けた。気付けば、蝉がうるさく鳴いている。皮膚が焦げてしまいそうな、まさに刺すようなという形容が似合う夏の日差しは燦々と照り付けており、湿気のある暑さがむわりと彼を覆っていた。そしてそんな彼を訝しげに見る一人の青年が前に立っていた。番傘を日傘代わりに差し、その陰の中で涼しげな表情を浮かべている。長い黒髪は一つにくくられており、風にさらりと揺れた。夏彦は彼を見上げ、そしてあんぐりと口を開けた。その表情に彼は眉間に皺をよせ、軽蔑するかのような口調で言う。
「なンだい? 人の顔見て変な顔して。あたしの顔すら忘れちまうほど、熱で頭やられちまったンじゃあないかい」
「……すず?」
夏彦がその名を呼ぶと、彼は少し目を細めて笑った。そして傘をくるりと回し、肩を竦める。
「なンだ、覚えてるじゃあないか。久しぶりだね、なつ」
すず、こと梅宮涼夜は夏彦の幼馴染だ。ここから離れていた夏彦と彼が会うのはかなり久しぶりのことで、「久しぶりだなぁ」と夏彦は破顔する。そして立ち上がると大きく伸びをして、首の関節をぽきぽきと鳴らした。その動作に涼夜は呆れたように息を吐く。
「折角あんたが久しぶりに帰ってくるってンで、迎えに来てやったのに。当の本人はベンチで昼寝かい、良いご身分だねぇ」
「いや、お前が来るって知ってたら起きてた。乗車時間が長いんだな、これが」
夏彦はそう言って笑った。涼夜は肩をすくめて歩き出す。夏彦がその背を見ていると、彼は徐に立ち止まって振り返った。傘の陰から訝しげな目を覗かせ、ちょい、と手招きをする。
「ちょいと、何してンだい。おいてっちまうよ」
「なんだよ、素直じゃないなぁ、すず」
夏彦はけらけらと笑って荷物を背負い、彼を追った。隣に並んでから、涼夜は歩き出す。彼が歩く度にからん、ころん、と下駄の良い音が響いた。夏彦からすれば無駄に良い姿勢も、下駄の音も、揺れる髪も、全て記憶と同じで、それに懐かしそうに笑みをこぼす。そして不思議そうに見てきた涼夜に笑みを向けて言った。
「いや、何でもない。お前は変わらないなぁと思っただけだ」
「そういうお前さんこそ」
「いや、俺は筋肉もついたぞ」
夏彦はそう言って着ていたシャツの袖をまくり、力こぶを作った。涼夜はそれを見て肩を竦め、わざとらしく一歩彼から遠ざかるように移動する。
「あぁ、暑苦しい」
「ひでぇなぁ、おい」
「こンな暑い日に暑苦しい物見せるンじゃあないよ。やめとくれ」
「それなら家から出なければ良かっただろ」
夏彦が言い返すと、涼夜は肩をすくめて首を傾げた。そして何も答えずに歩き続ける。その表情はいつも通りの涼しげなものだったが、夏彦はそれに笑った。そして自分を手で扇ぎながら言う。
「わざわざ俺を出迎えにくるなんて、可愛いとこあるじゃねぇか」
「うるさいやつだねぇ、沢にでも飛び込ンどいで。暑さで頭がやられちまってンだ」
「お前って昔からそういうやつだよなぁ」
あっけらかんと夏彦は笑う。涼夜はそれに「どうだか」と笑い、それから蝉の合唱につられるかのように上を見上げた。それと同じように夏彦も上を見上げる。どこまでも青い空と、白い入道雲。燦々と照り付ける太陽は眩しく、それに顔をしかめて前を向き直す。涼夜もほぼ同時に視線を下げ、嫌そうに息を吐いて言った。
「今年の夏は暑くってねぇ。あたしらまで干物になっちまいそうだよ」
「お前がぁ? そんなん食う部分ねぇだろ」
「頭まで肉が詰まッてるお前さんに比べたら、そうだろうよ」
「ひ」の発音が「し」になる独特の訛りで呟いた涼夜に夏彦が言うと、彼は肩をすくめて言い返した。その言い合いも昔から彼らの間にある物である。夏彦は少し楽しそうに、或いは懐かしそうに笑う。涼夜は訝しげな表情だったが、少しだけ口元は緩んでいた。
駅から家までの道をゆっくりと歩いているが、その景色はあまり昔の記憶とは変わっていなかった。ここは元々人の少ない町であり、電車の利用客もほとんど居ない。近所の住民は全員知り合いで、噂話など一瞬で広がる。そんなこの町が子供の頃の夏彦はあまり好きではなかった。
しかし、変わらない、という部分はここが自分の生まれ育った場所だと言うことがわかる気がして、今思うとそこまで悪くないと彼は思った。道の両脇の生け垣や、砂利が混じる舗装されていない道。町の東側には神社があり、北側には川がある。駅は南側、涼夜の家は神社と川の中間地点辺りであり、以前はよくどちらかで遊んだものだ。それを思い出しながら、夏彦は涼夜に話しかけた。
「なぁ、まだ神社の祭りってしてるのか?」
「あぁ、やっているよ。花見祭りも、盆の祭りも、収穫祭も」
「なんだ、全然変わんないんだな」
夏彦は腕を組んで言った。涼夜は吹いた風に乱れた髪を片手で軽く押さえながら、「そりゃあそうさ」と涼しげな笑みを浮かべる。
「この場所は変わらンよ。文明の恩恵を全く受けない寂れた町だ」
「ま、それがいいんだけどな」
「おや、あれだけ嫌だ嫌だと言っておいて」
「大人になったんだろうよ」
夏彦は苦笑してそう答えた。涼夜は「そうかい」と言う。相変わらず蝉の声がうるさく、それは更に気温を高めているような歌声だった。しかし、子供の頃はこの声に気分が高揚したものだ。夏彦はそれを思い出す。朝、この声で目を覚まし、朝飯をかき込んで、虫かごと虫網を持って家を飛び出る。そして日が暮れるまで蝉を捕り、沢に飛び込み、夏という夏を謳歌した。それは一人の時もあれば涼夜を引っ張っていくこともあり、子供らしい夏の過ごし方をしていた、と今の夏彦は思う。彼らだけでなく、子供たちは皆そうだ。春には桜並木に遊びに行き、秋には落ち葉を集めて焼き芋をする。そして冬になれば雪で遊ぶ。この町の子供は季節と遊ぶのが得意だ。
「そういや、すず。お前体調はいいのか、よくぶっ倒れてただろ」
ふと、思い出したように夏彦は問いかけた。涼夜はそれに彼を横目で見て、そしてまた呆れたように息を吐いた。
「今更かい。最近は調子もよくて、だからこうしてお前さんを迎えに来てやったンじゃあないか。手前の気分が悪かったら、あたしは家から出ないよ」
自己管理くらいしてるさ、と涼夜は言った。そうか、と夏彦は返す。同年代の子供たちの中で一番大人びているのは涼夜であり、そして一番体が弱いのも彼だった。夏彦はよくその見舞いと称して色々な物を持って行った。セミの抜け殻や、野良猫や、雪で出来たウサギなど。涼夜は迷惑だと言いながらも少し嬉しそうにそれを受け取り、夏彦もまた、それを大人たちからすれば迷惑な物だと知りながらも笑顔が見たくて見舞いを続けていた。
性格も好みも何もかも正反対な彼らは、正反対だからこそなのか、他のどの子供たちよりも仲が良く、そして喧嘩もする二人組だった。
「そういえば、なつ。お前さん、まだ結婚はしてないのかい?」
ふと、思い出したように涼夜は問いかけた。夏彦はそれに言葉を詰まらせる。その表情にまた深く息を吐いて、涼夜はまるで説教をするかのように彼に言った。
「全く、親御さんが心配してたよ。あんたはいつになったら嫁さんを連れてくるンだってね」
「ううう、うるせぇな。俺だってその気になれば……」
「その気になるのはいつなンだい? このままじゃお前さん、爺になっちまうよ」
涼夜はせせら笑うように口元を隠しつつ言った。「うるさい」と夏彦は言い返し、そして頭をがりがりと掻く。汗に湿った髪の先から滴が垂れた。
「あーあーあー、聞こえねー。お前は俺の親かよ」
「あんたの親ぁ? ふざけたことぬかすンじゃあないよ。気持ち悪い」
「言葉の綾だ、言葉の綾。それを言ったら、すずだっていつ結婚するんだよ」
「あたしは結婚する気はないもンでねぇ」
「うっわ、人のこと言えねー」
「やかましい」
涼夜はそう言って溜息を吐いた。そして夏彦を見て、ちょうど角を曲がりながら言う。
「あたしは結婚する気がないが、あんたは違うだろう?」
「ま、嫁さん欲しいとは思うんだけどな、いい出会いがない」
「秋穂や晴美がいるじゃあないか」
「あいつらは違うだろ」
友人の名前をあげた涼夜に、夏彦は大きく首を横に振った。それに呆れたように肩を竦め、涼夜は黙る。そして夏彦はしばらく空を見上げて黙っていたが、ふと息を吸ってから口を開いた。
「なぁ、すず。ここはまだ昔と変わらないのか」
「変わンないよ。ここはそういうところだ」
涼夜は何でもないように言った。そしてふと、足を止める。夏彦も足を止めた。そして彼が見ている方を向く。そちらは田畑が広がっており、その一角に向日葵畑が、まるで高級な宝石のように輝いている。その黄金色の花の中に、一人の少女が立っている。彼女は楽しそうに駆け回っていたが、二人の視線に気付いたのかくるりと振り返り、そして笑みを浮かべて駆け寄って来た。長い栗色の髪が風に靡き、裸足で駆けてくるその様子を夏彦は笑みを浮かべて見つめる。
「すずさんに、なつさんも!おはようございまーす!」
「あぁ、おはようさん」
「よう、嬢ちゃん。相変わらず元気そうだな」
夏彦はそう言うと少女の頭をわしゃわしゃと撫でた。それにくすぐったそうに少女は笑う。涼夜は呆れたように夏彦に言った。
「なつ、年頃の娘さんの髪をそう雑に扱うんじゃあないよ。髪が傷んじまうじゃないか」
「いいんですよー、すずさん。ひまわりは、なつさんの撫で方、嫌いじゃあないです!」
少女はそう言って明るく笑った。大体、夏彦の胸くらいの身長の彼女は撫でやすい高さに頭がある。更にその明るい性格や人懐っこい笑顔から他の住民からも愛されている存在だ。涼夜は「そうかい?」と首を傾げる。それに対し、夏彦は笑った。
「すずは女子供の扱い方が昔の価値観のままだからなぁ、爺だ」
「黙りやがれ、この」
涼夜はイラついた表情で夏彦の頭を軽く叩いた。「いてぇ」と言う夏彦に少女はにこにこと楽しそうに笑う。それから、彼女は涼夜を見上げて言った。
「もう夏ですねぇ」
「ま、そうだろうね。夏彦も向日葵も居るンだから。もうちょっとしたら、とんぽや夕立さんも来るだろうよ」
「わぁ、とんぼさんや夕立さんに会えるの、楽しみです!」
少女はそう言いながら踵を返し、再び向日葵畑の中に走って行った。涼夜と夏彦はそれを見送ってから再び歩き出す。そして角を曲がったところで夏彦は黒い何かとぶつかりそうになって慌てて後ろに飛び退いた。涼夜は少し歩いていたルートが違ったためにそれとぶつかることを回避し、夏彦に呆れた目を向ける。
「何やってンだい、さっさと行くよ」
「うるせぇ、突然いるから驚いただけだ」
夏彦は言い返してから自分の前にぼんやりと佇んでいるそれを見た。大体腰の位置くらいの大きさの、まるでハロウィンの幽霊の仮装のような、上から布を被せたようなそれ。日陰のようにむらがある黒いそれには細いくちばしが生えており、皿のように大きな両目の中にはいくつもの小さい目があり、ぎょろぎょろと周囲を見回している。夏彦が道を譲ると、それは足音も立てずゆっくりと動き出した。背中に生えたガラス片のような羽根が風鈴のような音を鳴らし、そしてそれは角を曲がって消えていく。夏彦はその様子を見送ってから息を吐いた。
「あのからす、まだ居るのか」
「言っただろ、ここはそういうところだ。夜になりゃあ、いつものクジラが空を泳いでるよ」
「とばりくじらまで居るのか。変わらねぇなぁ、ほんと」
夏彦はそう言いながら歩き出した。涼夜もそれを見て歩き出す。そこから少し歩いたところが夏彦の家だ。古い門を開けると、少し雑草が茂っている庭がある。夏彦はそれを避けながら玄関の鍵を開け、扉を開いた。
「おいおまえら、家主様のお帰りだぞー」
「うるさいねぇ、大声出すンじゃあないよ」
夏彦が中に向かって大声を出すと、涼夜は嫌そうに両耳を塞いで抗議した。夏彦はそれにけらけらと笑う。すると奥からトタトタと軽い足音がし、廊下の奥から二人の小さな少女が駆けてきた。今時珍しい和服に身を包んだ二人はおかっぱを揺らしながら笑顔で手を振る。
「わぁ、死に損ないだー! おかえりー!」
「わぁ、おかえりー! 死に損ないだー!」
「うるせぇよ、梅子、小梅。お前ら養ってやってる家主様だぞ」
満面の笑みで酷いことを言い放つ二人に夏彦は呆れた顔をしてその額にでこピンをした。梅子と小梅は「あいた!」と口をそろえて言い、額を押さえる。その様子を後ろで見ていた涼夜は呆れた顔をした。
「なつ、子供に手をあげるなンざ、最低だね」
「あー? こいつらが変なこと言うからだろ」
「ちがうよー、夏彦が最低なんだよ」
「夏彦が最低なんだよ、ちがうよー」
それから、涼夜を見た二人はパッと顔を輝かせた。その場で笑顔を浮かべ、大きく手を振る。
「すず様、こんにちはー!」
「こんにちはー、すず様!」
「あぁ、こんにちは。今日も元気そうで何よりだ」
「えへへ、私達元気だよ!」
「私達元気だよ、えへへ」
涼夜が近寄って頭を撫でると二人は嬉しそうに笑った。それを見た夏彦は靴を脱ぎながら口をとがらせる。
「なんだよ、この対応の差は」
「お前さんの顔が怖いからだろ。それに暑苦しいし」
「「そうそう、夏彦、暑苦しい!」」
「んだと、このやろ、おらっ」
夏彦が梅子と小梅の頭がかき混ぜるようにぐしゃぐしゃにすると、二人は「きゃー」と少し楽しそうに悲鳴を上げながら廊下の奥に逃げて行った。靴を脱いだ夏彦が立ち上がると、涼夜は踵を返して玄関の扉を開く。夏彦はそれに首を傾げた。
「なんだ、上がってかないのか?」
「生憎と、龍にお呼ばれしてるンでね。先約が優先だ」
涼夜は振り返ると肩をすくめて笑った。かろん、と下駄が鳴る。夏彦はそれに「ふぅん」と相槌を打って、それから軽く片手を上げた。
「んじゃ、また空いてる日にでも来いよ。酒飲もう」
「いーよ。そういうのも悪くないね」
涼夜はそう言うと後ろ手に扉を閉めて出ていった。夏彦も廊下の奥へと歩いていく。随分と長く留守にしていた家には埃一つ積もっておらず、まるでついさっき掃除をしたかのようだった。居間に入ると、その正面の縁側に小梅と梅子が左右対称になるように座ってお手玉で遊んでいる。夏彦はそれを見ながら座布団に座った。
「お前ら、変わらずずっとここに居たのか?」
「うん、いたよー」
「いたよー、うん」
二人は笑顔で答える。そして顔を見合わせてから、また笑った。
「だって、ここが私達の家だもん。出ていく気はないよ」
「だって、出ていく気はないよ。ここが私たちの家だもん」
「他の家を繁栄させる気はねぇのかよ、さぼりだろ」
「「さぼってないよー」」
二人は顔を見合わせて楽しそうに笑った。夏彦は胸ポケットから出した煙草に火をつけ、深く紫煙を吐き出す。ゆらりと立ち上る紫煙に、二人は眉間に皺を寄せて夏彦を睨む。とはいえ、小さな子供の睨みなのでそこまで怖くもない。むしろ可愛らしい表情だった。
「夏彦、くさーい」
「くさーい、夏彦」
「うるせぇ、家主様に口答えするな」
夏彦はそう言ってわざとらしく二人の方に煙を吐き出した。それにきゃあきゃあと二人は立ち上がって逃げる。しかしその悲鳴も楽しそうで、夏彦はそれに笑った。美味そうに煙草を吸い、胡坐をかく。
「にしても、あいつ未だ龍の爺に気に入られてんだな」
「すず様、優しいから」
「優しいから、すず様」
「難儀な奴だな、全く。俺だったらさっさと縁切ってる」
夏彦はそう言いながら天井を見上げた。年季の入った木造のこの家はまだ朽ちる様子はない。縁側に戻って来て座った二人は顔を見合わせて笑った。
「すず様は夏彦とは違うから」
「そうだね。夏彦みたいに夏に好かれてるわけじゃないから」
「秋穂ちゃんとも晴美ちゃんとも、向日葵ちゃんとも違うよね」
「そうだね、秋にも春にも花にも好かれてないもんね」
「とばりくじらとか、あけがらすとか、龍神様に近いよね」
「すず様は、忘れられた神様だもんね」
「そうだよね。この町にしかいられないもんね」
私達と一緒、と二人は声を合わせて言った。夏彦はそれを黙って聞いていて、深く息を吐く。そして灰皿に吸殻を押し付け、ごろりと畳に寝転んだ。少しだけ香る畳独特の匂いに深く呼吸し、つまらなそうに、或いは呆れたように言う。
「信仰ってのは、怖いよなぁ」
「そりゃあそうだよ、信仰は力だもの」
「信仰は力だもの、そりゃあそうだよ」
二人はそう言って笑った。夏彦の元へと駆け寄り、頭の脇に座って顔を覗きこむ。おかっぱの髪が揺れた。
「夏彦は運悪く愛されたの。すず様は運悪く忘れられたの」
「すず様は運悪く忘れられたの。夏彦は運悪く愛されたの」
「忘れられたのはお前らもそうだろ」
夏彦はそう言って二人の頭を雑に撫でた。二人はそれに楽しそうに声を上げて笑う。それに少しだけ目を細めた夏彦は目を閉じ、深く息を吐いた。
「ま、こうして戻ってきたわけだし、少しの間よろしくな、座敷童」
「「よろしくねー」」
頭の両脇から二人の声がして、それから何処かへ歩いていく足音を聞く。夏彦はそれを聞きながら家の外で鳴く蝉の声を聞いて、静かに息を吐き、そしてなにもするでもなく、寝転んでいた。
ここは神代町。
忘れられた神様と、自然に愛されてしまった者たちが行き着く町。
夏に愛された夏彦、神に愛された涼夜。忘れられた梅子と小梅、”からす”に”とばりくじら”。向日葵、夕立、とんぼ、秋穂、晴美。
信仰は力と申しますが、その信仰がなくなった、忘れられてしまった神様が居たら。
人でありながら人でなく神でもない中途半端な存在が居たら。
そんな中途半端な存在達がいる場所があったらいいなぁ、と。
そんな感じのお話で御座いました。