スマートフォン4
さて、現実の世界へ戻ると、俺達は酒を盗みに行く暇など無い。今日は大作戦の決行日だ。拾った端末も気になるが、優先度が違う。
ベッドから跳ね起き、兵器庫へ行って装備一式を身に着ける。防弾防刃迷彩ジャケットの色は茶褐色に合わせ、ワンタッチで草原迷彩、森林迷彩へ色を変えるように設定する。
そして刀銃を持ち、内臓プラズマ機関の出力計をチェックする。ひっきりなしに兵器庫へは兵士達がやってくるので、俺は浮遊装置を履き次第、第二格納庫へ走った。
格納庫で待っていると、すぐに裕也、正人、健太郎、弘明がやってくる。
左腕の多機能端末で時刻を確認すると、午前五時半だ。これから基地を出て、初期配置場所で待機する。そして午前六時丁度に、俺達を先鋒として作戦決行だ。
基地を出た俺達は、浮遊装置を唸らせて初期配置場所へ荒野を移動する。
途中、何やら俺の後ろでぼそぼそと話し声が聞こえてきた。振り返って確認すると、俺の少し後方で裕也達の四人が、睨み合うように顔を寄せて話しをしている。
「こんな時の慰め方は、相手の女を悪く言うに限るぜ」
「法次君にべた惚れだと思っていたんですが……」
「奥手過ぎたんじゃないですかね?」
「隊長……無念……」
一体、何の話をしているんだ? まあ、戦闘を前にして硬くなっているよりは良いが……。
前を向き直って走っていると、裕也の奴がすっと俺の横へ来て並び、話しかけてきた。
「花音ちゃんってよぉ、なんつーか、……八方美人だよな! 気を持たせると言うかさ、小悪魔的と言うか……」
「尻軽ですよ、尻軽! それに引き換え、美樹ちゃんはああ見えてガードが固いんですよ!」
気がつくと、左には正人がいた。
二人の話は理解しがたいが、どうやら花音の事をあまり良く思っていないようだ。いつの間に嫌いになったんだ?
俺はそのまま三十分、花音の悪口を左右から聞かされながら走った。
午前六時、作戦開始の時刻となった。
俺の小隊は、待機位置から俺を先頭に全力で北へ向かう。少し距離を取り、九つの小隊が三列になって追従している。
地球の表層、いたるところに埋められた電波妨害装置のおかげで、敵の電波探知機は無効化出来ているが、こちらの電波探知機も当然効かない。頼りになるのは二つの目だけで、目視同士の策敵合戦となっている。発見されても、長距離に電波は飛ばせない世界なので、そいつを逃がさなければ何とかなるという寸法だ。
携帯電話も使えない電波妨害装置だらけの世界は不便かと思うかもしれないが、誘導兵器の類も無効化している。これにより、ここ数十年間は弾道ミサイルなどの大量破壊兵器は使用されていない。
一時間ほど浮遊装置を無理させると、目的の盆地が見えてきた。四番隊を先鋒にした別働隊も、そろそろ山岳地帯に到着している頃だろう。
俺が通信兵を兼ねる弘明を見ると、奴は顔を横に振る。どうやら作戦に変更無しのようだ。
電波が飛ばせない世界だと先ほど言ったが、実は弘明が腰に装備している強化出力装置を使えば短距離通信が可能だ。それでも限界は30キロメートルで、今回のようにそれ以上二者間が離れている場合は、信号音のみしか伝えられない。そして100キロメートル以上離れている時は、完全に連絡手段は失われる。
俺達は一つ斜面を駆け上がると、正面にある盆地を見下ろす。山間にある半径10キロほどの盆地には、動くモノは無く、姿を隠せるような大きな瓦礫も無い。当然、簡易拠点の欠片も無い。
……とすると、別働隊が向かった山岳地帯が当たりなのだろうか?
だが、敵の進軍ルートから割り出したコンピューター予想なので、どちらも外れの可能性も当然ある。
俺は弘明に合図を出した。すぐに弘明は、他の小隊へ連絡を送る。右の山に四小隊、左の山に四小隊、退路に一小隊。俺達を頭に、盆地へ向かって鳥が羽を広げている配置を取る。
敵哨戒兵がいないとなると、この先にある渓谷にも拠点は無いのかもしれない。だが、ここまで来たことだし、念のために確認しておきたい。
「あれっ?」
声を出したのは弘明だった。腰にある通信機のスイッチを何度も入り切りしている。
「故障か?」
俺が近づくと、弘明は首を傾げて見せる。
俺の目視では、全小隊が適切な位置についているようだ。通信は届いるはずなので、どのような症状なのだろうか?
「通信を切ったはずなのに、出力系に妙な揺らぎが出ていて……」
屈んだ俺が弘明の腰の液晶パネルを見ると、確かに微小な上下動が確認出来た。だが、すぐに消えていく。
「……通信が出来ているなら良い。それよりも、前方の警戒を怠るな」
俺は全員に注意を促し、立ち上がった。
すると裕也は、退屈だと言いたげに、わざとらしく欠伸をしてみせた。
「ふわぁ~あ! 気合入ってたってのに、何事もなさそうだな。健太郎、今晩も彼女といちゃいちゃすんの?」
それにくすりと笑った正人は、肘で健太郎を突っつきながら言う。
「うらやましい、ああうらやましいなぁ」
すると、健太郎は顔を真っ赤にして俯いた。
敵と遭遇する気配が無いとは言え、まだ作戦は終わっていない。和やかな雰囲気に水を差すのもなんだが、俺は浮遊装置を作動させ、地面から浮き上がる。
「他の隊を待たしている。進むぞ!」
小隊員達もすぐに浮上するが、裕也は正人に耳打ちする。
「法次って、花音ちゃんに振られたばっかだから妬んでるよな」
それが聞こえた俺は、小隊員全員に聞こえるように声を張り上げる。
「早めに終わらせるから、今晩も女子と楽しんで来い!」
言い終わると、浮遊装置を全開にして斜面を駆け下りる。後ろから四人の浮遊装置の音と、なにやら会話がついてくる。
「法次君って、大人ですよねぇ」
「ヤケクソなだけだって!」
裕也の言葉に舌打ちだけ返し、俺は盆地へ下りると北に走った。
盆地北側の山のふもとをを少し回り込むと、やはり深い渓谷があった。俺は谷の手前で小隊全てを横一列に並べて待機させる。
下を覗くと、崖と言っても反論が出なさそうな程の急な斜面だ。
「法次よぉ、この下に拠点なんか作ったら、奴らはすげー不利じゃん?」
腕組みをした裕也が渓谷を見下ろしながら言うと、隣で正人も同意する。
「確かに、戦いは常に上方を取った者が有利ですもんね。銃弾は放物線を描くから、下から撃っても当たり難いですし」
正人の意見に健太郎も弘明も頷くが、俺は首を横に振って答える。
「それは一概には言えない。この斜度なら…」
その時、他の小隊の誰かが叫んだ。
「機甲兵だっ!」
瞬時に俺達は浮遊装置を作動させ、戦闘態勢に入る。
「法次っ! あそこっ!」
裕也は崖下を指差した。遠かったが、確かに木の隙間で見え隠れする黒い鉄巨人がいた。
「法次ぃ! 俄然有利な地形だから、頭上から真っ二つにしてやろうぜぇ!」
崖を下りようとする裕也だが、俺は大声で止める。
「行くなっ! 全員後退を念頭に置きつつ、現状維持! 弘明、他の隊にも伝えろっ!」
裕也は、慌てて渓谷の淵で急停止した。
弘明は、他の隊に伝えるために急いで左手首のコンソールを指で叩く。
ブォン!
左から浮遊装置の唸る音がした。見ると、最左翼の小隊から二人が渓谷へ飛び出した。
「迂闊なっ! 行くなっ!」
ガガガガガガ
俺の声が、ガトリング砲の炸裂音でかき消された。
渓谷の中腹で草木が飛び散り、二つの死体が崖を転がり落ちていく。
それを唖然と見送った裕也は、口を開く。
「何してんだよ……。どうしてあいつら、あんな所で止まったんだ? あれじゃ、的になりに行ったようなものだぜ……」
「違う。こんな急斜面を下りるとなると、慣性と重力で体重は十倍以上となる。出力が低下した浮遊装置では、左右に動く余裕などありはしない」
俺の言葉を聞いた正人は、たじろいで後ろへ一歩下がった。
「そ…そんな……。敵にとって不利に思える渓谷が、巨大な防御壁のような存在に?」
「おそらく、さっきのはわざと姿を見せたんだ。誘うためにな」
言いながら俺が微速後退すると、裕也や正人も同じく下がる。それを見た他の小隊も、渓谷から十分な距離をとった。
「どうすんだよ、法次ぃ?」
裕也の言葉で少し考えた俺は、弘明に言う。
「弘明、山岳へ向かった別働隊に連絡して援軍をこちらへ…」
「たっ…大変だっ! 別働隊が敵と交戦に入ったみたいだっ!」
弘明の報に、俺達は顔を見合わせる。
ここと別働隊が攻めた山岳地帯とは、50キロメートル離れている。通信は不可能な距離なので詳しくは分からないが、弘明の操作端末に交戦通達信号が届いているのには間違いない。
……盆地にも、山地にも敵拠点があるのか? そんなまさか。近すぎる……。
なら、どういうことだ?
どちらか一方に拠点があったとしても、五十キロも離れた場所で部隊を展開するなんてありえない。
……まさか……罠か? 待ち伏せされた?
次話、2015/07/05 06時に追加されます。