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をのこ戦記  作者: 逸亜明
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スマートフォン2



 現実世界に戻ってきた俺は、身支度を済ませるとすぐに中隊長の元へと向かう。今日は朝一番から重要な作戦会議(ブリーフィング)だ。


この日本列島と呼ばれる島々でも昔から機甲兵と刀銃兵の小さな武力衝突はあった。だが、今回はどうやら本腰を入れて機甲大隊が進攻してきたので、こちらも全力を持って対処しなければならない。具体的な作戦概要は、敵が築いた簡易拠点を探し出し、本格的な基地を建設する前に追い払う事と聞いている。



 作戦会議室(ブリーフィングルーム)に小隊長が二十人揃うと、この基地の司令官である魚住(うおずみ)中隊長がその前に立ち、作戦の詳細について説明をする。


ちなみに空席になった十九番隊だが、訓練中の予備兵を早期昇格することで補充された。本来なら俺達二十番隊が繰り上がる所だが、作戦行動直前と言う事で、混乱を来たさないように先延ばしになった。


「…………で、志願する小隊はいるか?」


 室内に沈黙が広がる。小隊長達は、視線だけを左右に動かし、周りの様子を探っている。


そんな中、一人の男がすくっと立ち上がった。


「山側は、うちがやりますよ。ご安心あれ」


 その男は、薄笑いを浮かべながら皆に向かって小さく両手を広げて見せた。


 四番隊の隊長、畑山(はたけやま)輝彦(てるひこ)だ。死を連想させる『四』を好んで背負う奴で、実力ならこの基地で随一と噂されている。奴の副官である木部と言う男も規格外の強さらしく、中隊全滅の危機を、しんがりとなった四番隊だけの奮闘で切り抜けたと訓練兵時代に聞いた事がある。


 二箇所の内のどちらにするか決めあぐねていた俺は、片方が決まった事で立ち上がる。


「じゃあ、俺達二十番隊が盆地のポイントへ行かせてもらう」


 小隊長達がざわついた。まさか二桁ナンバーの、しかも最後番の小隊が名乗り出るとは思わなかったのだろう。だが、俺としては背後や側面を急襲されるより、自ら索敵して正面の敵に突っ込むだけの方がやり易い。


「ま、いいんじゃないの。どうせそっちは外れだ。名を上げたな、隊長さん」


 畑山はそう言って座ると、背中を向けたまま「やれやれ」と聞こえるように呟いた。



 今回の我が中隊の作戦は、北関東山中にある二拠点を同時索敵し、敵拠点を発見次第攻撃する。当然部隊を二つに分けるため、先鋒となる隊も二つ必要だ。


 俺が名乗り出るのに躊躇したのは、索敵場所の『山』と『盆地』、どちらにするかぎりぎりまで悩んでいたからだ。通常の考えなら、機甲兵達はガトリング砲を撃ち下ろせて有利な山中に拠点を築くと思われるのだが……、どうにも盆地が俺にはキナ臭く感じてしまう。


と言うより、地図上で盆地の北側に密集する等高線が気になっている。大昔に軌道上を周回していた衛星から撮った写真だが、地形はそれほど変化していないだろう。




 作戦会議(ブリーフィング)が終わると、俺はその足で訓練場へ向かう。現時刻は、二桁ナンバー部隊の訓練時間なので、サボってなければ裕也達がいるはずだ。


 扉を開けると、浮遊装置(ホバー)を使って遊んでいるかのようにその場でぐるぐると回転している奴がいた。だが、顔は真剣そのものだ。俺に気がついて慌てたのか、そいつの回転は一層速くなった。


「すっ…すみません隊長っ! 止まろう、止まろうと思うほど……っつ!」


「健太郎、左ひざから出血しているぞ」


「えっ?!」


 健太郎が左足に意識を集中させると、ようやく回転は止まった。無論、血などは出ていない。人は、右に傾けば右足で踏ん張ろうとし勝ちだが、浮遊装置(ホバー)を使った空中では、逆側の足の力を抜いた方が上手くバランスを取れる事が多い。


グラウンドに着地した健太郎は、右手を後ろに隠して胸を張る。


「神志那小隊長、失礼しました!」


 俺相手に軍の正式な敬礼などいらないと日ごろから言っているのに……。まったく、俺が言うのもなんだが、固い奴だ。


「同い年なんだから敬語はいらないって。それに、隊長はくすぐったいから、法次と呼べば良い」 


「そんな訳にはいきませんっ!」


 そう言うと、健太郎は一層と胸を張った。


そこへ、健太郎を止めあぐねて周りで見ていた裕也と正人、そしてもう一人の小隊員の本多(ほんだ)弘明(ひろあき)が、浮遊装置(ホバー)で空中を歩いてやってきた。


「すまんなぁ、法次。俺達のダンス指導が未熟でよ」


 裕也はそう言うと、浮かんだ状態のまま、正人と二人でヒップホップダンスを踊り始めた。弘明だけなぜかロボットダンスだが、これは裕也達ほど浮遊装置(ホバー)を上手に使えないからで、狙ってやっているのではないのかもしれない。


 一見して遊んでいるように見えるが、浮遊装置(ホバー)を精密に扱えねば出来ない芸当だ。実際、裕也達の顔に笑顔は無い。


 

 俺は、一旦全員をグラウンドに下ろさせると、作戦会議(ブリーフィング)での決定事項と作戦開始日時を皆に伝えた。


「やったぜ! 久しぶりのボス狩りだ! おまけに先陣なんて、Mob(ざこ)を蹴散らし放題じゃんっ!」


 諸手を挙げて喜ぶのはもちろん裕也だ。その横では、正人も笑みを浮かべながら眼鏡を指で押し上げている。


 しかし、健太郎と弘明はやや不安気な表情をしている。二人とも、偵察任務で全滅をした前十九番隊を思い出しているのだろう。


「安心しろ。いつも通り、俺に任せていれば良い」


 二人の肩を叩くと、体から力が抜けていくのを感じた。


 俺達の小隊は、戦力的に抜きん出ている俺を突出させる『凸陣』を頻繁に使用する。俺を囮にする陣形で、正面および左右前方からの敵襲に非常に強固だ。だが、左翼後方の健太郎、右翼後方の弘明を狙われると脆いので、真横と後方から攻撃されるのは避けたい。


だからこそ俺は、殲滅作戦で先鋒を志願し、出来るだけ二十番隊の被害を抑えられる位置につくことにした。


「法次、そろそろ……」


 裕也が、訓練場のモニターを指差す。


 時刻は午後六時で、訓練終了時間となっている。これから夢想世界へ行くまでの二時間で、夕食を食べてシャワーを浴び、就寝の準備をしなければならない。


「よし。今日はこれで終了……ん?」


 俺の前で敬礼しているのは三人しかいなかった。振り返ると、閉まる扉の向こうに裕也の背中がちらりと見えた。


「ふう。……解散だ」


 ため息をつく俺の横を、正人が猛ダッシュで駆けて行った。





 兵士食堂にて、食事を載せたお(トレイ)を手に俺が着席すると、正面に健太郎が座った。


「笹柿軍曹や、吉岡軍曹は、どうしていつも訓練を終える時は急いでいるのですか?」


 健太郎が首を傾げながら尋ねて来る。今はいないが、どうやら弘明も同じ疑問を持っているとの事だ。


「夢想世界が楽しみで仕方がないんだろう。だが、どんなに早くベッドに入っても、始まるのは午後八時からと言うのにな……。まったく」


 そう言ってから俺がシチューを口に運ぶと、健太郎は眉をひそめながら俺に聞く。


「もしかして……笹柿軍曹達には、お気に入りの女子がいるのでは……?」


 俺はシチューを飲み込むと、頷いてみせる。すると、健太郎は笑顔で手をぽんと一つ打った。


「なるほど!」


 そして、微笑みながらスプーンでシチューすくって食べた。


「理解出来るのか?」


 俺が尋ねると、健太郎は大きく頷く。


「もちろん! 僕も彼女いますしっ!」


「彼女?」


 健太郎の発言の意味が分からない。俺の知らない所で、健太郎は何かしら経験を積んでいるようだ。


 健太郎は、恥らう表情を見せながら俺に答える。


「彼女……ですよ。あの……二人で手をつないだりする間柄の女子と言うか……」


「なんだ、握手か。そう言ってくれれば納得が…」


「違いますよっ! 小隊長!」


 健太郎の剣幕に俺がシチューから顔を上げると、顔を赤くした健太郎が俯きながら言う。


「ぼ……僕の彼女は、すごく蜜柑(みかん)が好きなんです……。だから、オレンジケーキをプレゼントする作戦が功を奏して……仲良くなりました。え、えへへ……。おそらく笹柿軍曹や吉岡軍曹も、何かしら相手の気を引く作戦をベッドの上で思案しているんじゃないですかね……」


「特定の一人に絞ると、どんなメリットが生じるんだ?」


「いえ、あの……先輩風を吹かすつもりは無いのですが、……遠くないうちに、隊長にも彼女が出来て、理解されると思います。だって隊長は背が高いし、ハンサムだし、決断力があるし……、きっと女子の中にもうファンがいると思いますよ」


 健太郎は遠慮がちに言うと、はにかみながらシチューを頬張った。


 残念ながら健太郎は、俺や裕也達とは別サーバーの高校へ通っているために、その彼女との関係及び儀礼について見せてもらうことが出来ない。まあ、これから裕也や正人を観察していたら、同様の現象が起きる訳だな。どうせ現実世界に関係が無いし、急ぐ必要は無いか……。


「あれ? 小隊長、呼び出しが……」


 健太郎が、俺の左手首を(テーブル)越しに指差している。


 俺が腕端末(リストバンド)を確認すると、赤いランプと文字が浮かんでいた。技術部からの連絡のようだ。例の拾った端末の電源系(バッテリー)が用意出来たのだろう。


 俺は食事を早めに切り上げ、技術部へ寄ってから夢想世界へ向かうことにした。




次話、2015/07/04 21時に追加されます。

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